第16話

 掃除用具と、数少ないエグナーの荷物を手に、3人で自宅に帰った。

 この島のちゃんとした住居に入るのは初めてのエグナーは、家内を珍しそうに見回していた。

「許可なく、ものにさわらないでね」

 兄さんの心配は理解できる。薬品を作るために、毒を含まれる素材も使う。特定の素材と調合したら薬効成分に変わるけど。無知で素材を口にしたら、エグナーが苦しむことになる。

「その程度の良識はあるって」

 返答を信用できないのか、ただ心配性なのか、兄さんの視線からエグナーが消えることはない。

 2人の様子を横目で見つつ、ご飯の準備を始めた。


 食事を終えて、それぞれ床についた。エグナーは物置になっていた空き部屋を使わせることになった。結局物置で寝させることになって、内心申し訳なかったけど。本人は気にしていない様子だった。うちも気にしないでおこう。


 翌朝。朝の採取に出た。エグナーも外に出るみたいだから一緒しようかと思ったら、断られた。一緒にいるのを他の人に目撃されたら厄介だし、兄さんからの『1人では会うな』の警告を気にしてのことだったみたい。1人で自由に見るほうが、記憶の刺激になるとかもあるのな。

 赤い上着は着たままだった。指摘はしたけど、愛着があって脱ぎたくないみたい。『見つからないように気をつける』って返されたから、それ以上は言わなかった。

 いつもみたいに1人での採取を終えて、自宅に戻って朝ご飯を作る。まだエグナーは帰ってなかった。『帰ったら朝ご飯を作る』と伝えてなかったし、朝ご飯はないものと誤解されたかな。いつも朝ご飯は食べないタイプ? 果実とかを食べて、おなかを満たしているのかな。

 戻る気配のないエグナーを諦めて、兄さんと2人で先に食べた。兄さんの薬と料理を手に、リージュの家に行く。

 まるでいつもと変わらない日常だな。家にエグナーが来ただなんて思えないよ。

 エグナーの記憶が戻ったら、いつまでも不変ではいられなくなるのかな。なにがどうなるかわからない。うちたちにどんな変化をもたらすのかわからない。

 でもエグナーにとってはきっと、とても大きな変化になる。

 エグナーが、全員が笑顔でいられる未来があればいいな。

 リージュの家でリージュと話をして、他の用事を済ませて帰路についた。

 家の扉を開けたら、いつの間にかエグナーが帰っていた。兄さんから任されたのか、素材の皮をむいている。

「おかえりー」

 出迎えられる声があるなんて、新鮮だな。

「ただいま」

 改めてこの言葉を返すのは、少してれくさい。少しのうれしさもあるのは、出迎えてくれる人がいるって実感をくれるからかな?

 兄さんは調合に集中していて、うちに背を向けたまま。この姿にすっかりなれちゃったから、正面から出迎えられるなんてなつかしい。

 リージュの様子に変化はなかった。いい意味でも悪い意味でも。

 新しい薬でも完治は見込めなかったわけではなくて、使ったばかりだから効果が出ていないだけだと思おう。変化がないから、兄さんに伝える必要もないよね。言わないのは、つまりはそんな意味だってわかるだろうし。

「それは? 採ってきたの?」

 手に抱える素材をエグナーに指された。

「島の人からもらったの」

 兄さんの調合した薬をあげる代わりに素材をもらうのは、よくある。今回もそれ。

「ありがとう。それも皮をむいてくれるかい?」

 話は聞いていたのか、振り向いた兄さんから声が飛んだ。エグナーからしたら意外だったのか、小さな驚きをのぞかせられたけど。

 もらった素材はかたい皮におおわれている。調合に使うのは皮の中だけだから、いつもむくのに苦労する。

「オレ、やるよ」

 とりかかろうとしたら遮られた。エグナーの皮むきはもう終わりそう。次の作業を欲しているのかな。

 記憶と向き合わなくてもいいのかな? 単純作業中に思い出せることもあるのかな。ここは甘えちゃおう。

「ありがとう。任せるね」

 笑顔で返したエグナーをあとにして、自身の作業に移った。

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