第9話
翌朝。いつもの作業と平行して、パンの仕込みも進めた。時間をさいてしまうけど、兄さんとリージュのためだから罪悪感はない。
焼きあがったパンに野菜や果実をはさんで完成。2個のカゴにつめる。
1個は自宅用。もう1個はリージュの。
いつもより多めに作った。少年にもあげるため。
兄さんの言葉が響かなかったわけではない。少年に料理を届けるのは、兄さんの言いつけにそむくことになるのかもしれない。
それでも『よそ者だから』という理由だけで、少年を放ってもいい考えに至れなかった。
悪い人だとは思えない。記憶が欠けて、どうして島にいるのかもわからなくて、困っていると思う。
困っていて、心細い思いをしているのに。よそ者だからというだけで放置はできないよ。してはいけないよ。
間違っていない、と思う。
「兄さん、好きな時間に食べてね」
調合を始めようとする兄さんにそっと声をかけて、自宅用のカゴを置いた。
多めにいれたリージュに渡すカゴに、布を2枚乗せる。腕に抱えて、自宅を出た。
物置の近くで、少年の姿を見かけた。声をかけるより先に気づかれて、少年の視線が向けられる。
「きのうぶり」
片手をあげて、笑顔で挨拶してくれる。きのうも『きのうぶり』って言われたな。少年の定番挨拶なのかな。こっちでは、そんな挨拶は使わない。
「よろしければ、少しどうぞ」
カゴの布をめくって、適当な数を布にくるんで少年に渡す。
うちに残ったのは、ほどよい量の入ったカゴと、かけられた1枚の布。
これなら兄さんは『リージュに渡すだけ』と考えて、自然に運べる。布を2枚かけたのには、さすがに気づかないよね。気づいたとしても、うっかり2枚重ねてしまったのかと思う程度で済むよ。
リージュも、いつもと変わらない品と思うだけ。
リージュより少年に先に渡すことになるのは、心苦しいけど。怪しまれないで渡す方法は、これしか浮かばなかった。ごめんね、リージュ。
「作ってくれたの!? ありがと」
「ついでに、多めに作っただけです」
目を輝かせてくれた少年を前に『ついで』と言うのは、少し冷たかったかな。『少年のために作りました』と言って、恩を売る理由もない。実際、ついでのほうが事実。遠慮させる心配もない。
「正直さ、もう終わりかなともよぎったんだ」
はさまれた具を確認しながら、少年は口を開いた。好物とかの記憶も残っているんだよね? 苦手なものがないか、確認しているのかな。
「ここにオレを閉じこめて、安全確保完了的な意味かなって」
作りがいいとは言えない物置だから、閉じこめられないと思う。外からふさいだとしても、体当たりとかで扉は開きそう。
「君や住民を不安にさせたい思いは一切ないから『それが目的なら、素直に従うか』とね」
少年の瞳がうちに向く。
「杞憂だったね。オレを売るつもりはなかったんだ。疑っちゃって、ごめん」
「そっちにも『よそ者は助けるな』という風習があるのですか?」
それなら、この考えにも納得できる。
少年からしたら、うちのほうがよそ者だ。うちからの行為を前に、疑念しか生まれなかったんだ。それがこの考えを作ったの?
うちの問いに、少年は力強く首を横に振った。
「全然! むしろ『無償の愛は美徳』って考えが強いよ。君の行動はありがた――ってか、君って呼んじゃってごめん」
「ラヤです」
まだ名乗っていなかったっけ。名前を教えるのが遅れたのもあって『閉じこめようとしているのかも』って誤解させちゃったのかな。
「こっちもまだ教えてなかったよね? エグナーってんだ」
本当に名前は忘れていなかったんだな。
「申し遅れて、ごめんな、ラヤ……ラヤって呼んで、平気?」
「お好きにどうぞ」
どう呼ばれても気にならない。『君』のままでも構わない。
「こっちも、好きに呼んで」
『少年』のままだと失礼だし、これからは名前で呼ぼう。
「わかりました」
「敬語じゃなくてもいいよ? オレも使ってないし」
初対面だったから、自然に敬語を使っていた。
「そう……ですか?」
敬語を使われたら、心細さが強まっちゃうのかな。よそよそしさも『閉じこめられる』って誤解をされる原因になったのかな。
「同年代くらいだろうし、フランクでいいじゃん?」
人なつこい笑顔を前に、小さく点頭を返す。
名前に『さん』とかの敬称もいらないんだよね? うちも『ラヤ』って呼ばれたし。
「改めて、よろしく」
「こちらこそ」
さっきまで敬語を使っていた相手に軽い口調を返すのは、少しこそばゆい。
「本当、助けてくれてありがと」
そう思ってもらえているなら、よかった。『よそ者を助けるのは間違っていない』という、うちの考えを賛同してくれる意見があってよかった。
「この島は『よそ者を助けたらいけない』って決まりがあるの?」
エグナーには、まだ詳しい事情を話していなかったな。エゴで話せなかったんだっけ。
説明、するべきかな。隠していたら、エグナーに不安を与えてしまうのかもしれない。記憶を戻すきっかけになるかもしれないよね?
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