第38話 愛を捧ぐフール
「見て見てー!クリストフォロス様!エレオノラ様!近くの農家の人のお手伝いしてきたら野菜もらったよ!」
泥のついたままの頬を緩めながら、ファウスト様とそっくりな顔のシストは無邪気に貰った野菜を見せてくる。
「とても美味しそうだね。立派な野菜だ」
「ええ。新鮮ですし、そのまま食べても美味しそうだわ」
初めて会った時はファウスト様そっくりでびっくりした。今はシストの方が若干身長が高くなって大人びてきて、顔立ちが変わってきてしまっている。ファウスト様よりもほんの少し暗い金髪だと思っていたのは、地毛が黒だったかららしい。
私が囚われている間に起きた反乱では、終戦間際に戦場のどさくさに紛れて第一王子ファウストは死んだ事になった。
私を迎えに来たファウスト様によると、シストと共に折を見て行方不明になる予定だったそう。
怪我して医者とファウスト様と3人きりになった方が医者と数少ない護衛を気絶させるだけで、脱出する手間が掛からないし、長い間医者が診ていると周囲が思ってくれるので時間稼ぎにもなると。
ファウスト様が大怪我を負ったと言われているが、実は敵の返り血を浴びたと同時に怪我をしたらしいので、大怪我に見えただけなのだと。念の為に傷を見せてもらったが、もう切り傷らしき跡しか残っていなかった。
私達は王都や街から少し離れた場所にある、こっそりファウスト様が買っていた屋敷に住んでいる。
第一王子であったファウスト様はあの怪我では生きていないだろうと判断されて、遺体のない葬儀が執り行われた。そして現在第二王子のアルフィオ様が王太子となっている。
第一王子がいなくなったので、自然と第一王子派は勢いを失った。そして、戦いの時ならともかく、みすみすと自営陣で第一王子を奪われたグローリア王妃様の弟であった将軍にも罰が与えられた。役職が下がるだけだったが、そのお陰で第二王子派筆頭のクラウディウス公爵家の力も弱まったそうだ。
ファウスト様が居なくなった影で、1人の男爵令嬢も居なくなったが、そちらも両親が病死として届けをもう出している。聞けば、まともに捜されもしなかったようだ。
そうして私とファウスト様は世間から離れて、昔の名前を名乗って生活している。
勿論、前世も今世も筋金入りの貴族なので、ラウルとシストに力を借りているし、生活するお金はファウスト様がアルフィオ様に送るように頼んでいると聞いた。それがなくとも、ファウスト様自身かなり財産を貯めていると、以前にこっそり教えてもらっている。
アルフィオ様は、ファウスト様が生きているのを知っている為、時折手紙のやり取りをしているみたいだ。
フォティオスお兄様はあの後すぐに回復したと聞いた。かなり苦しそうだった。それもそのはず、飲んだのはただの睡眠薬ではなく、興奮剤のようなものも含まれていたらしい。
こちらも後々大騒ぎになり、違法薬物として指定されたり、捕えられたりする人も出た。勿論、その中にはセウェルス伯爵も含まれていた。
フォティオスお兄様は後遺症もなく、薬が抜けると体調も戻ったそうだ。
「では、今日は私がシストが貰ってきてくれた野菜で晩御飯を作りますね!」
「え、エレオノラは料理出来るの?」
「ラウルに教えてもらいました!」
目を見張るファウスト様にグッと握り拳を見せると、ファウスト様は柔らかい顔をして、それは楽しみだと言ってくれる。
貴族令嬢らしい肌荒れのない綺麗な手だったけど、最近はかなり色々なものも、冷たい水も触るのでやはり荒れてくる。
この足は沢山地面を踏むようになった。自身の足で、気の赴くままに作られた庭ではなく、色々なものや人、自然を見て回れる。
さすがに一人では危ないらしいので、外出はさせてもらえない。
それでも男爵家の屋敷に閉じこもってばかりの生活をしていた頃より、世界が輝いて見える。
ファウスト様は相変わらず、私が死んだ後のクリストフォロス様については語ってくれない。
シストがこっそり教えてくれた、ファウスト様が
もしかしたらファウスト様は壊れたまま、アルガイオの滅亡していく様を見ていたのかもしれない。
握り拳を作った私の手をそっと包み込んだファウスト様は、本当に穏やかで幸せそうな笑みを浮かべた。
「クリストフォロス様。弟君からお手紙が届きましたよ」
「アルフィオから?また催促の手紙かなあ……?」
ひょっこりと窓から庭に顔を出したラウルが、ひらひらと手紙をファウスト様に見せる。
ファウスト様は一度私の手を離してから、ラウルから手紙を受け取って私の隣まで戻ってくる。
封を開けて、ざっくり中に目を通したファウスト様は眉間に深い皺を刻んだ。
「なんて書いてあるんですか?」
「うーん、なんて言うか……」
歯切れの悪いファウスト様は、しばしの間悩んでいるたのか黙り込む。
「……戻って来いだって。王都に」
「え……?」
「僕の優秀な頭脳が惜しいって書いてある。……まあ、一度国王やっていたし……政治的な仕事には慣れてるといえば慣れてるし、専門ではあるんだけど……」
「戻るんですか?」
「まさか!もう僕の葬儀は済んでいるのに。……それに僕はもうペルディッカスーーじゃないな、アウレリウス公爵には絶対に関わりたくない」
大袈裟に肩を竦めるファウスト様に王都に戻る意志はないらしく、そのまま封筒を上着のポケットにしまう。
ファウスト様の事を最後の最後まで、探していたのはアウレリウス公爵だった。傍から見れば、自分の支持していた王子を探す部下ーーあるいは、自分の娘の婚約者を探す義父のように見えたであろう。
前世を知っている面々から見れば、薄ら寒いものを感じたけれど。
「あら、奇跡的に生きていた王子様っていう筋書きでもいいじゃないですか」
「それなら君は、その王子を献身的に介護した娘だ。王子様は娘の献身的な介護に心打たれて、結婚を申し込むんだ」
「1つおとぎ話が出来そうなシナリオですね」
クスリと私が笑うと、ファウスト様は唇の端を下げた。
「またおとぎ話みたいになるのはなんか嫌だなあ……」
「イオアンナに言ってくださいよ」
「うーん。そうじゃなくて……、おとぎ話では幸せになれるだろう?」
「ええ……」
私が頷くと、ファウスト様は足元に視線を落とした。彼の碧眼が翳(かげ)る。
「その幸せが綺麗事だけじゃないって、沢山の何かを犠牲にして、何か1つに必死に縋って掴んだものだって、誰も知らない」
「クリストフォロス様……」
声をかけると、ごめん、湿っぽくなっちゃったねとファウスト様は苦笑した。
「そういえば、フォティオス……サヴェリオとオリアーナ嬢が結婚するんだって」
「素敵!フォティオスお兄様とイオアンナまた今世でも結婚するのね!」
「なんだかんだ、フォティオスはオリアーナ嬢の事を気にかけていたみたいだったしね」
「フォティオスお兄様、前世はイオアンナと子供が出来てしまったから結婚したとイオアンナが言っていたから、ちゃんとイオアンナの事好きみたいでよかったわ」
「そんな経緯で前世は結婚してたんだ……」
なんとも言えない顔をしたファウスト様は、そのまま微妙な面持ちで続ける。
「君の侍女だったビアンカ嬢は、オリアーナ嬢に引き取られた後、今はアルフィオの元で侍女として働いているんだって。そこですごい勢いで昇進しているみたい」
「そう……。彼女には最後助けられたわ……。あの人も今世は幸せになって欲しいと思うのだけれど」
「そうだね……」
ファウスト様にはテレンティア様がビアンカだとは思わなかったらしい。ビアンカはファウスト様の部下のラウルの部下だったのだと。つまりファウスト様の直属部下ではないけれど、立場的には部下だったらしい。
彼はなんとも言えない顔をして、そうかと呟いただけだった。クリストフォロス様も半ば無理矢理だったが、昔結婚した元妻だからだろうか。
「……クリストフォロス様は、これからアルフィオ様にずっとお願いされたら戻られるんですか?王都に」
「うーん、どうしようか……。でも……」
ファウスト様にとってアルフィオ様は、可愛い弟なのだという。前世で兄弟のいなかった彼には新鮮なのだろう。身内として助けたい思いはあるらしい。
ファウスト様は私の腰に手を回し、グッと自身の方へと引き寄せる。そして、私のおでことくっ付けて艶やかに微笑んだ。
「誰もが僕の事を女に溺れた愚か者と呼ぶだろう。事実その通りだ。
ーーでも、前世は国の為に我慢したから、今世は我が儘に生きても……いいよね?」
そう言った彼は、ゆっくりと私の唇にキスをした。
愛を捧ぐフール 天織 みお @kaisky0730
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