第29話 愛を乞うフール
ウルヘル辺境伯が討ち死にしたという知らせが朝から入り、それは瞬く間に王城内に駆け巡った。
ここ長い間起きていなかった反乱。ウルヘル辺境伯領だけでなく、他の領地にも飛び火しては不味い。
予想以上にウルヘル辺境伯が苦戦を強いられているとして、国王は近々増援を送る予定だったが、急遽王都に集まっている貴族の招集が掛かった。
僕の予想は当たった訳である。
緊急で開かれた大貴族と王国軍の隊長達と国王から成る集まりで、クラウディウス公爵家出身の将軍と王族の誰かを鎮圧に向かわせるという話し合いに落ち着いた。これも予想済み。
「陛下、アルフィオに向かわせてはどうでしょうか?ファウスト殿下はもうすぐ結婚を控えた身。何かあっては婚約者のご令嬢が悲しまれるわ」
「ふむ……」
グローリア王妃は無理を言って色々な場に姿を見せている。それが女性の身でありながら、政治に参加するのは立派だと賢妃として名高い一方で、面白くない者達は女の身でと蔑む。
実際、グローリア王妃はかなり賢く、色々謀略を張り巡らせるだけの事は出来ると僕は思っている。
この反乱鎮圧にアルフィオが出ても、王太子は僕なので王位には直接関係はない。
しかし、アルフィオに対する国民のイメージはかなり上がるだろう。その後で僕個人を秘密裏に殺しても、順番でアルフィオが王太子になる。
アルフィオが王太子になった後を考えると、アルフィオにとってこれはとても良い話なのだ。
そして、僕が出ることになっても、戦場で僕が殺されたらアルフィオが王太子になる。戦場なら殺せる機会は沢山あるのも大きい。
王国軍が負けることがないという前提だけれど、グローリア王妃にとってはどちらでも勝算がある筈だ。
というか、自分にとってどのような利益に繋がるかという考え方をしなければ、貴族社会はやっていけない。すぐに追い落とされてしまう。
煮え切らない父上の返事に、グローリア王妃は痺れを切らしたようにアウレリウス公爵に話し掛ける。
アウレリウス公爵が僕とオリアーナ嬢を結婚させたいと願っているのなら、僕が兵を率いる事になったら結婚が延期になる可能性があるから、頷くであろうとグローリア王妃は踏んだのだろう。
「ねぇ、アウレリウス公爵もそうでしょう?」
「そうですな」
アウレリウス公爵も王太子である僕に何かあるよりは、と考えたのかグローリア王妃の言葉に頷いた。
「……だがなぁ。アルフィオは今軽い怪我をしておるのだ」
サヴェリオに話した日から、アルフィオには宮廷医と示し合わせて臥せって貰っている。怪我の理由は無難に落馬にしておいた。
アルフィオは格好が悪いと大層不満そうだったが、それを理由に国王である父上に誰にも言わないでおいてくれと頼んだら快諾してくれたらしい。まさかグローリア王妃にまで言っていないとは、思っていなかったけれど。
難しい顔で短い
「ファウスト、行ってくれるか?」
「御意」
例をする僕だったが、王妃を含む貴族達は騒然とする。
「ちょっと待って下さい!アルフィオが怪我をしたってどういうことですの?!」
「……まあ、そう突っかかるな。少し油断したみたいでな。すぐ治るものだが、大事をとってという事だ」
父上の様子に他の貴族達の騒ぎは収まったが、グローリア王妃だけは顔色を真っ青に染めていた。自分の子供が怪我をしているのだ。やはり母親としては心配だろう。
「反乱鎮圧の指揮は王太子ファウストに任せる。将軍のパオロ・クラウディウスは補佐に。皆もそのつもりで」
父上の命令にその場にいた全員が礼をとる。僕も父上に礼をとって、グローリア王妃の弟である将軍のパウロ・クラウディウスに声を掛けた。
「僕の補佐官としてよろしく頼むよ。なにせ出兵は初めてだからね」
「はっ。誠心誠意務めさせていただきます」
30代前の金髪金眼の男は、その地位に相応しい筋骨隆々で逞しさを兼ね備えていた。それが見掛け倒しなのかどうかは、平和な時代に発揮されたことはなかったが。
対する僕はというと、前世を含めて兵を率いて戦うということは初めてだ。一応習ってはいるが、空論に近いものでしかない。
計画が無事にいくかどうか、不安を感じながらも僕は出兵の準備を進めた。
その2日後、国王に命令された王国軍は王太子である僕を筆頭として、ウルヘル辺境伯領に派遣された。一糸乱れぬ軍の騎士達を見て、人々は流石鍛えられた王国の騎士達と讃えた。
「……ウルヘル辺境伯領まであとどのくらいかい?」
「このまま行けばあと1日程で到着予定です」
「うん。いい調子だ。兵達は疲れていないかい?」
「大丈夫です」
時々野営だが、今日は大きな街で宿を取る。街の中で1番高い宿で、僕とラウルとシストはテーブルの上の地図を広げて議論を交わしていた。
実は将軍と兵を率いる隊長達とも先程議論を交わしたばかりなのだが、隊長達から聞く兵の様子と本当の兵の様子が違う事がないようにとラウルに探ってきてもらうよう頼んでいた。ラウルの報告と隊長達の報告は一致していたので問題はないだろう。
「やっぱり5日かかったかー!長かったなー」
「こら、シスト。はしたない真似は辞めなさい」
「ラウルのけちー」
椅子に座りながら、ぶらぶらと足をばたつかせるシストにラウルが小言を言う。シストはずっと進軍の間、別行動をしてもらっていた。
「ウルヘル辺境伯領の状態ですが……、ウルヘル辺境伯家が現在反乱軍を食い止めているようです。ウルヘル辺境伯家の婦女子は既に領地を脱出済み。国王陛下が受け入れるとの事ですので、王都へ向かっているようです。今は……この辺りかと」
「ラウル、ありがとう。ウルヘル辺境伯の婦女子が人質になるような事がなくてよかったよ」
ラウルが地図で指し示した辺りは、もう王都に近い場所だった。ウルヘル辺境伯が討ち死にした直後に脱出したのだろう。少し行動が遅かった気もする。
「ウルヘル辺境伯領は元々70年ちょっと前は他の国だったからねー。いざという時どう動くかっていうシナリオは一応あったんだろーけどね」
「まあ、70年も何もなかったら、警戒を
「それもそうかー」
手を後頭部で組んで、シストはふわっと小さく欠伸をした。そして、ラウルに再び
「まあ、僕の出番はまだだろーし、ゆっくりしてたっていーじゃん」
「気を抜いては駄目ですよ。シスト」
「はーい」
くるくると僕は地図を丸めながら、2人の光景を見て緩く微笑む。丸めて筒状にした地図をパンッと手のひらに打って、2人の視線を集中させてた。
「クラリーチェは無事なんだね?」
「はい。アウレリウス公の別邸で軟禁状態です。部下を付けているので問題ありません」
「ありがとう。引き続きよろしく頼むよ」
本当はすぐにでも彼女を迎えに行きたい。
ラウルからの報告によれば、彼女は軟禁状態の部屋から脱出を試みているらしい。彼女の軟禁は彼女の父親であるレオーネ男爵も認めているという事だから、異様である。
部下を付けているけれど、やはり心配なものは心配だ。
だけれど今はこの王国の第一王子として、動かなければならない。
王国が荒れない為に。
「さあ!いよいよ命のかかった仕事だ。気を引き締めていくよ!」
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