第23話 愛を乞うフール

「ファウスト様、報告致します」


 執務室に籠って仕事を淡々とこなしていると、急に焦ったような顔をしたラウルが隠し通路から現れる。いつもと違った表情をして膝をつく彼に僕は一抹の不安を感じながら、何があったの?と尋ねる。


「クラリーチェ様に付けていた護衛がやられました……!クラリーチェ様は現在行方不明となっております」

「は?!」


 驚きの声と共に手に持っていた書類が折れ曲がる。流石に冷静にならねばと思い、書類を執務机の脇に押しやって僕は頭を抱えた。


「出し抜かれたね……!相手は分かっているのかい?第二王子派?」

「いえ、まだ調査の最中です。夜会の最中に攫われたのではないかと……。ですが、アウレリウス公爵からクラリーチェ様に関してレオーネ男爵家に使者を遣わせているそうです」

「アウレリウス公爵が?第一王子派が何故?」

「どうやら侍女もレオーネ男爵家に帰宅していないようです」


 その言葉にクラリーチェの侍女を思い出す。

 僕とクラリーチェが会っていることを知っているだろう女は、ただ無表情にクラリーチェと僕の関係を盗み見るだけで、主であるレオーネ男爵には何も報告していないらしい。


 バレたと分かってからは、監視を付けていたのだけれど。


「クラリーチェの侍女の方の監視は?」

「そちらもやられました」

「なるほど……。分かった。最優先で調べてクラリーチェを保護してくれ。早くだよ早くして」

「はっ」


 ラウルは頷くなり、再び隠し通路の中へと消えていく。

 第一王子である僕が表立って動く事は出来ない。それがとても歯がゆい。


 前世も今世も、僕は立場に縛られてばっかりだ。

 クラリーチェ、お願いだからどうか無事でいて。


「ただいまー!あれ、ファウスト殿下だけ?」

「そうだよ」


 身代わりをしていてくれたシストは、部屋に帰ってくるなり首を傾げる。それに応じながら、僕は内心とは裏腹にゆっくりと立ち上がった。


「あ、ファウスト殿下!今日の議会で北部に反乱の兆しがあるって議題が上がったよ」

「北部で反乱?それはまた穏やかじゃないね」


 反乱とは珍しい。

 しかし、大規模な反乱が起こった場合、間違いなく中央から兵を送る事になるだろう。率いるのは将軍……規模が大きすぎる場合は、王族の誰かが行く可能性が高い。


 跡継ぎの王太子である僕が行くよりも、多分第二王子であるアルフィオが出ることになるだろう。

 アルフィオが出ると言っても、王族なので安全な場所にいるだろうが。


「反乱の兆しがある北部はウルヘル辺境伯の領土だよ。今の将軍はパオロ・クラウディウス。グローリア王妃様の弟だけれど、これと言ってまだ功績の挙げられてない新米の将軍……まあ、お姉さんのコネで将軍になれたから仕方ないよねー!」


 執務机の上に地図を広げて、国土の上の方にあるウルヘル辺境伯の領土をトントンと指差しながら、無邪気に語る。

 ウルヘル辺境伯領は元々70年程前は違う国だった。反乱が起こってもおかしくはない地域である。


 けれど、シストの無邪気な言葉に隠された意味を理解できない程僕は愚かではない。


「第二王子派の仕業の可能性があるということだね……」

「まあ、今の時期かなり疑わないと駄目だよね!アウレリウス公爵のオリアーナ嬢が成人間近なんだもの。成人したらファウスト殿下と結婚って国王陛下とアウレリウス公爵が乗り気なんだから、ファウスト殿下が強固な後ろ盾を得る前に何とか名前を挙げて、第二王子の評判を良くしたいって所なんじゃないかな。無駄な足掻きだよねー!」


 確かにそれは言えている。何としてでも自分の息子を王位に付けたいグローリア王妃様にとって、オリアーナ嬢も僕も邪魔で邪魔で仕方ないだろう。


「ウルヘル辺境伯はどうしているんだい?」

「ウルヘル辺境伯は反乱の兆しがあるって知らせをこちらへ寄越して、鎮圧に向かったみたいだよ。争いの芽は摘まなくちゃ」

「なるほど。つまり現状では辺境伯の軍勢で事足るという事だね」

「そうそう!だから要注意だよ、ファウスト殿下。……いつ何を第二王子派が起こすか分からないから」


 声のトーンを低くして、シストは僕に忠告する。僕は分かってるよと頷く。

 もう何度も暗殺されそうになったし、今更だ。


 椅子に掛けていた上着を羽織ると、シストは目を瞬かせる。


「あれ、ファウスト殿下どこかに出掛けるの?」

「ああ。少しアルフィオの所にね」

「りょーかい!僕は大人しくここで待ってるよ」

「ありがとう」


 執務室から出た所で侍従を呼び、付き従わせる。王城内とはいえ、王太子があまり1人でフラフラと出歩くことはない。そして、アルフィオの部屋へと向かった。



 僕の部屋からさほど離れていない所にあるアルフィオの部屋のドアをノックすると、フィリウス侯爵家のサヴェリオはおらず、代わりに違う侍従が出た。

 アルフィオは僕の姿を見るなり、何となく事情を察したのか侍従に人払いを命じる。


「どうなさったのですか、兄上」

「ウルヘル辺境伯の反乱の話は知っているね?」

「ええ……、今日の議会でその話題が出ましたから……」


 アルフィオの執務室にあるソファーに腰掛けると、アルフィオは怪訝そうな顔をしながら自らいれた紅茶をテーブルに出し、向かいのソファーに座った。


「反乱自体珍しい。しかも僕の婚約者であるオリアーナ嬢がもうすぐ成人というこの時期に反乱だ」

「……つまり、第二王子派が関わっていると?」


 ハッとした顔をしたアルフィオに、僕は忠告する。


「まあ、あくまでも憶測に過ぎないけどね。それでも様々な可能性は視野に入れるべきだ」

「……分かりました。注意しておきます」

「それと……、覚えているかい?」


 第二王子の母親であるグローリア王妃が第二王子を王位につかせたい思っているが故に、王太子である第一王子と第二王子が仲が悪いと世間で思われているらしいが、実はそんな事は無い。


 消そうと思っても噂などどこからでも湧いてくるし、現にグローリア王妃は僕の事を邪魔で邪魔で仕方ないのだから、訂正するつもりもない。


 けれど、僕達異母兄弟は協力関係を結んでいる。

 次代の王位に関して。


「覚えています。忘れる筈がありません」

「うん。どうやら、を変更する必要がありそうだ」

「……というと?」


 僕はクスリと微笑む。

 きっと誰から見ても完璧な王太子とは程遠い、悪人みたいな表情なのかもしれない。


 それでも僕はこれから先ずっと、沢山の人を騙すをつくのだから仕方ない。


「反乱を上手く使えば、僕達のは少し早めることができる」

「そんな……!まだクラウディウス家とアウレリウス家の力を削ぐことは出来ていません」


 第一王子派と第二王子派の中心にいる両家。

 第一王子の婚約者の実家であるアウレリウス公爵家も、グローリア王妃の実家であるクラウディウス公爵家は今や貴族で2大派閥を作る位、大きなものとなっている。


 その力を削ぐのが安定した次代の政権を築く為に必要な事だ。


「一気に削ぐ。僕にも悠長に事を構えていられない事が起きてね」


 苦笑すると、アルフィオは分かりましたと諦めたように納得した。


「兄上は優秀ですから、が上手いこといきそうな気しかしませんよ」


 むしろ、失敗する気がしないというか、と肩を竦めるアルフィオに、僕は首を振った。


「いや、そうでもないんだけどね。あんまり僕を過信しすぎない方がいい」


 ……現にクラリーチェはどこかに攫われた。

 本当は安全な場所で、僕の目の届く所で、ゆっくり穏やかに過ごしてほしい。


 ガチガチに囲い込むつもりなんてない。王妃だった頃と同じような境遇にさせたくない。自由に、無邪気に微笑む彼女が見たい。彼女が望む通りに生きてほしい。


 それでも、僕の側にずっといて欲しい。


 相反する想いが胸を焦がす。

 行き場も、答えも見つからない気持ちに蓋をして、僕はそっと後悔するように目を閉じた。

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