1月24日
目を覚ますと、私は私だった。
「あれ? もう交代した? てことは今日は25日? 何だか早いなぁ」
Bが寝るのが早かったのかな?
もしかして、私が仕事の資料作成を振ったのに怒って不貞寝しちゃった?
それはあまりBらしくはないけれど、いきなり仕事振られたら誰だって良い気はしないか。そりゃそうだよね。
スマホの液晶で時計を確認する。
午前9時。
今日は昼から仕事なので、まだ時間に余裕はある。
資料の確認しておくか。
テーブルの上にあるノートパソコンを開き、立ち上げる。ノートパソコンの横には私が残した書き置きのメモが置かれていた。一昨日のままである。
USBを読み取り、資料ファイルを探す。タイトルは『日付け+評価』になっているはずなのだが……おや?
ファイルが見当たらないな。
ファイルを入れてるフォルダが違うのかな?
……おやおや? 関連フォルダの何処を探しても無いぞ?
おやおやおやおや? まさかこれって、作ってないパターン? ボイコットってこと?
何てことだ。資料が出来てないのは別に良いとして(会社で作るから)、Bが私のお願いをボイコットするくらい怒ってしまったというのは大問題だ。
これは三つ指ついて謝る案件だぞ。面と向かって三つ指なんて出来ないから(物理的に)、また明日書き置きを残して謝るしかない訳だけれど。
Bを怒らせることはとても珍しいことなので、何て謝れば良いのかよく分からない。
「怒っていても表に出さない性格だからなぁ」
……何かサービスしてあげると喜んだりしてくれるのだろうか。
「『好き』って伝えるとか……?」
やぁぁぁ! それは恥ずかしいなぁ!
暗に告白した私だけれど、そう表立って伝えるのはまだまだ抵抗がある。
もちろん、伝えることはやぶさかではないけれど、こういう言葉ってタイミングが大事だと思うし、このタイミングで伝えるのは体の良い誤魔化しみたいにも取れちゃうし、あまり誠意があるやり方とは言えないよね。
気持ちの伝え方としても良くないんじゃないか。
何かもっと、誠意が伝わるやり方で謝ろう! うん、それが良い。そうしよう。
普段怒らないBと、普段謝るようなことにならない私たちだから、こういうやり取りをすることがない。
それに私たちは同じ身体を共有して日替りで意識が交代するっていう特殊な二重生活を送っているから、私たち自身が会話をするということが極端に少ない。
私から書き置きを残すことはたまにあるけれど、Bからは引継ぎくらいのメモがあるかないかだし、Bの記憶は私がほとんど引き継いでいるから情報共有には困っていない。
要は私的な会話がほぼ皆無ということである。
何かあれば、私はBの記憶を読み取ってその続きをすれば良いと思っているから、私からBに催促するようなことも無いしなぁ。
「あれ、そう言えば、昨日Bはどんなことをしてたんだろう?」
資料作成をボイコットしたのはそれはそれで構わないけれど、じゃあその時間をBは何をして過ごしていたのだろう。
普段なら交代した時点でBの記憶が残っていて記憶が頭をよぎるし簡単に思い出せるのだけれど、今日はその感覚がない。
てっきりギャルパンを観るのだと思っていたけれど、それも思い出せない。
「? 何でだろ?」
窓の外を見る。
お日様は昇っているし、日付が変わっていることは間違いない。
「んん? 日付け変わってるよね?」
ノートパソコンのツールバーに表示されている日付けに視線を移す。
「24日? 24てことは……あれ? 今日はBの番じゃ……」
手元に置いていたスマホの液晶を点け、日付けを確認する。
「24だ……何で? Bは?」
昨日は、23日は私の番だった。仕事が休みで、やらなくちゃいけない資料作成をサボってずっとギャルパンを観ていた。
だから24日のBの番に資料作成を無茶振って……。
「え? Bは? 何で? どうしちゃったの?」
スマホの液晶画面とパソコンの時計を何度も何度も見直す。
何度確認しても変わらない。今日は1月24日だ。
「どうして交代してないのよ……」
こんなこといつ以来? 思い出せない。当たり前だ。思い出せないくらい昔から私たちは二人で生活してきたのだから。
こんなこと、これまで一度もなかったんだから。
「Bは? 何で私のままなの?」
なぜ? どうして? が頭の中でグルグル回る。
分からない。今まで一度もこんなこと経験してないから。
私たちは二人で一人で、私たちの一日は二日分が1セット。それがこれまでの常だった。
今日が終ると次は明後日が訪れる。私たちの明日は明後日が普通なのだ。
辺りを見渡して確認する。何か変わったりしていないか。私が寝ていた数時間の間に何か変わっていないか。もしかしたらその間にBと交代してまた私に交代した可能性はないか。
テーブルの上、ノートパソコン、見返したブルーレイディスク、着ているもの、部屋干ししていた洗濯物、パシャパシャと水音を立てるカメと肺魚が生活する三つの水槽、Bに残した資料作成の書き置き。
何もかも変わっていない。
やっぱり、交代してないんだ。
何で? 何が原因で?
私にも、Bにも、特に変わったことはなかった。
体調だとか習慣だとか、これまでと変わったことはなかったはずだ。
どうしていきなりこんな……。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
私は何はしたら良い?
何をしたら戻れる?
Bと交代できる?
Bはどうなってしまったの?
ただ交代しなかっただけ?
ちゃんと生きてる?
ちゃんと私の中にいる?
分からない。
分からない。分からない。分からない。
私が彼の為にできることは。
分からない。
ずっとこのままなのだろうか。
ゾッとして両肩を抱いた。
ずっとこのまま?
それってどういうこと?
Bと交代できないってこと?
Bが私と交代しないってこと?
交代しないってことは、Bはどうなるの?
私はずっと私のまま?
じゃあ、彼の存在はどうなってしまうの?
ずっと私のままだとしたら、彼は?
彼は? 交代しないなら、表に出てこないのなら彼は?
消えてしまうってこと……?
狂いそうだ。いや、もう狂っているのかも。
私はおかしいんじゃないか。
私がおかしいから彼と代われないんじゃないだろうか。
そもそも今までどうやって代わっていたのか、それすらも解っていないのに、何故明日になれば彼と代われると思っていたんだろう。
こんなふうに、突然変わってしまうことだってあると、そんなこと想像できたじゃないか。
交代する条件やメカニズムが全然分からなくて、でも時間がくればいずれ代わるから、なんて高を括って。
それ以上調べるのを止めてしまった。
どうせ一生こうなのだから、分からないなら分からないままでも構わないと諦めてしまった。
そのツケを、その代償を今払わされているのではないか。
彼を失うという最悪の対価を支払う羽目になっているんじゃないか。
どうして、どうして一生私たちはこうなんだと信じることができたのだろう。たった10年20年30年そこら生きてきただけなのに。
どうして私たちはずっと二人で居れると疑わずにいれたのだろう。
こんなふうに別れが来ることだって、想像できた筈なのに……。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だーー。
彼を失うなんて。
私は嫌だ。
彼と一緒に生きていた。
ずっと彼と生きてきた。
彼のことを愛している。
彼だけを。
ずっと好きでいると決めた。
彼が私のことを愛していると知ったあの日、私は彼を好きでいると、好きで居続けると、愛すると決めたんだ。
だから。
諦めない。信じる。
彼のことを、私のことを、信じる。
このままの筈がない。
このままでいい筈ない。
きっと大丈夫。
明日になれば代わる筈。
きっと、きっとたまたまだ。
長い人生の中でたまたま起きた偶然。
明日になれば代わる筈。
信じるんだ。
疑うんじゃない。
諦めるんじゃない。
彼のことを、私のことを信じろ。諦めるな。
明日になればーー。
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