第二章 第一節 世界はゆっくりと確実に動き始める
第47話情勢
数日後、日課となった村の周囲の探索を終えた後、村の中ですっかりおなじみとなった冒険者の一人に呼び止められ、組合長が呼んでいることを知らされた。
なんだか悪い予感もしたけど、行かないわけにもいかない。あれこれ迷っているところをルキとロイとロキに見つかり、四人で組合長の家に向かった。
どうやら、三人も呼び出しを受けたようだった。
私だけでなく、この三人も呼ばれたのはどういう事だろう?
ますます、嫌な予感しかしないけど、すでに選択権はない。
相変わらず、私は組合長の掌にいる気がする……。
村長宅に近づくにつれ、私の警戒心はどんどん膨れ上がっていった。
*
「まあ、そんなに身構えないでくださいよ、ヴェルド様」
勧められるままに、テーブルの前に腰かけた。
すでに飲み物と名札が置かれており、それぞれが好きな席に着くわけにもいかなかった。お誕生日席に座っている組合長の両脇に私とロキが向かい合って座り、ロイがロキの隣に行き、最後にルキが私の横で立ち止まった。
一瞬、気まずい空気が左側を駆け抜けていく。しかし、それもつかの間、何事もなかったようにルキは私の隣に座っていた。
小さな息が、自然と口からこぼれ出た。
元々、ビヌシュさんが使っていたのは、大人数で食事を楽しめることのできるテーブルなだけに、少人数だと違和感がある。それで片側によっているのだろうけれども、逆に小ぢんまりとしすぎて寂しさを感じてしまう。
これだけのテーブルだ。大勢で楽しんでいる姿が目に浮かぶようだった。
でも、その主人はこの世界にいない……。
ここであの人は、どんな笑顔でいたのだろうか……。
少なくとも右側の胡散臭いじじいの笑顔ではなかったことだけは確かだろう。
「嫌だなぁ、そんな身構えないでくださいよ」
組合長はなぜか私の考えを読んでいるようだった。
「身構えないといけないような感じがする人がいるもので」
憮然とした私の言葉に、そんな人いるのかと周囲を見回す組合長。
白々しい事この上もない。
ルキとロキが苦笑していた。
「そう言えば、ヴェルド様もルキちゃんとは久しぶりに会うのでしたね、しかも隣同士で座るなんて、偶然とは恐ろしいですね。それだけに、緊張する気分は分かりますけど、もう少し態度を和らげて頂けるとありがたいです」
「いや、それ誰のせいか分かって言ってますよね? あと、
「いえいえ、ヴェルド様。そんなことをしたら、掃除をしてくれているマーサが必ず悲しみますので、やめてあげてくださいね。それと、戦いの中で、何かまずい事でもありましたか? 命がけで戦い、そして懸命に助けようとするヴェルド様の姿には、私も感動いたしました。私はただ、それを克明に記録しただけです。いや、偶然とは恐ろしいものですね」
本当に、ぬけぬけという爺さんだ。いったいどこでどう記録していたんだか……。
王城が攻められたときに、一瞬でも身を案じた私の心を返してほしい。
そして、それを私が意識を回復する前に、ルキ達に見せていた。
目を覚ました日に、
あの時、ルキに薬を飲ませたのは、そうするしか仕方がなかったのだけど、組合長はそれをわざわざ記録していた。
元々ここは、娯楽の少ない世界だ。
私とジェイドの戦いを記録したから、冒険者に見せてあげたいという組合長の提案は、純粋に後学の為だと言っていた。
それに、これは一部だと言って見せてもらった記録映像は、私とジェイドの戦いのシーンばかりだった。
だから、あんなみっともないやられ方も余すところなく見てもらった。
でも、それが奸計だと見破れなかった私もうかつだった。
いつの間にか、大上映会となって村中の人を集めたものは、私の指示によるものとなっていた。
たしかに、私とジェイドとの戦いは、村の復興支援に来ていた冒険者たちに大興奮で受け入れられた。
そして、その一部始終が終わった後、私はルキの家から追い出され、それ以後、口もきいてもらっていない。
あれから数日たっていても、冒険者たちからは囃し立てられ、ルキからは無視され続けていた。
今も、背中に視線を感じる……。
「いやいや、若いっていいですなぁ」
「組合長もやり直してみますか? 保証はしませんが、何ならお手伝いをしてもいいですよ?」
「いやだなぁ、ヴェルド様。それ以上怒ると、皆が怖いからやめてくださいね。ヴェルド様の性質『嘘』のおかげで普段は
「怒らせる方が悪いんでしょうが! ていうか、組合長はそれ何で知ってるかな? それになんか楽しんでるよね?」
思わず両手をテーブルにたたきつけた。加減はしたから、もう依頼の口実にはならなかったけど、私のお茶がこぼれてしまった。
「あー、マーサが――」
「自分でやりますよ!」
テーブルを拭きながら、組合長を睨みつける。幸い、床にはこぼれていなかった。
「ふふ、相変わらず、お二人は仲良しですね」
目の前のロキは、相変わらず笑顔を絶やさないでいた。その笑顔は、私の反論を押さえつけるものだった。
そう言えばロキともしばらく会ってなかったっけ……。
今のロキから受ける感じは、あの戦いの時にいたロキのように感じられる。
いつか、聞いてみよう。
拭きながらそう考えていると、今までずっと黙っていたルキが話を進めてきた。
「シン様。あたしたちを呼んだのは、何か用事あったからじゃないのですか? 今の村のことを考えると、くだらないことを話す暇はないはずです」
背中からは、何とも言えない感じが伝わってくる。弁解するつもりはないけど、正直怒られた方が気分的に救われる。
「まさか、ルキちゃん。痴話げんかはミリンダちゃんもルアンダも食べませんよ」
「組合長?」
「シン様!」
思わず反応してしまったことに、ロキの笑い声が部屋中に響き渡った。
「まあ、ヴェルドさんも姉さんもそのくらいで。お師匠様もおふざけはそれまでにしてくださいね。二人とも、若いんですから。で、ご用件は? この国の状況ですか?」
話を進めるのはいいけど、この中で一番若い人間に若いと言われるのは多少抵抗がある。でも、ロキの言葉に組合長も素直に頷いていることに驚かされた。
二人の関係性は、一応師匠と弟子という事だったけど、なんだかそれ以外にもあるような気がする……。
不思議な二人だ。
いや、ロキが不思議な感じがするから、余計にそう思うのだろう。
「そうですね、悪ふざけはここまでにしましょうか。ヴェルド様」
「おい――」
「お願いしますね、お師匠様」
色々言いたいことはあったけど、ロキの言葉にかき消されてしまった。
でも、その方がいいかもしれない。さっきから左隣がうつむいたまま固まっている。視線をロイに向けると、にっこり笑顔で返されてしまった。
「で、どうしたんですか?」
改めて、組合長に向きなおって尋ねてみた。
「一応、王都の方を警戒していたんですけどね、ハボニ王国の後続はあれから来る様子もなく、むしろ勇者たちも撤退しているようでしてね。王城陥落後も、本格的に他の街にいくわけでもなく、どうも様子が変なんですよね」
気になっていた王都のことは、組合長から聞いて安心していた。
ハボニ王国は、芸術の都と言われたこの国の王都をできる限り破壊することなく占領したかったようで、王都から攻め込まずに、王城を奇襲したようだった。
王を抑えることによって王都から王城に勇者を集める。その上で、王城内で戦いが行われたようだった。
そのおかげで、王城は破壊されても、王都は無事だった。
王城の裏に屏風のように広がっていた山が、王都を守ったのかもしれない。ハボニ王国にとっては、この国はすでに地方都市みたいに思っているのだろう。海を隔てている分、この島はそれほど重要に感じないのかもしれない。離れている分、領土的にも魅力がないのかもしれない。真相は分からないけど、結果論は、この島からの撤退に違いない。
「それって、
ロイの質問はある可能性を考えた結果だろう。
司祭の修行をしているからか、いつも落ち着いている感じがする。いざという時に行動できる芯の強さは、この間知る事が出来た。
「ロイ君の考えがたぶん正しいのでしょう。再び、この世界が戦いを選んだように思えます。長い沈黙を破って、あの戦乱の世の中に戻ろうとしているようです」
組合長はどことなく悲しそうだった。
星読みの魔術師として、どれだけ未来が見えているのだろう。その世界は、どんな世界なのだろう。
聞いてみたいその誘惑に負けそうになった時、ロキの声が静かに響いていた。
「いつの時代も、人間は愚かな選択をしてきている。今回もまた、同じことを繰り返すのだろうか?」
一瞬、その雰囲気が少年のそれとは異なって見えた。
しかし、それは一瞬の出来事だったかのように、ロキ自身の言葉で打ち消されていた。
「と、師匠の文献には書いてましたが、そういう事ですか」
意外にも真顔で組合長は頷いていた。
私の視線に気が付いたのだろう。私に向けてほほ笑んできた。
「この子は年の割に古代語もしっかりマスターしてますので、私の部屋に勝手に入って読み漁るんです。本当に困ったものです……。そうだ!ヴェルド様もロキ君に古代語を学ぶといいですよ。きっと役に立つはずです」
今日は割と真剣な顔つきになることが多いなと考えてしまうくらい、組合長の顔つきは真剣だった。
しかし、部屋に勝手に入るのが困っているのか、本を読み漁るのか困っているのか定かではない。しかし、組合長の言葉で、そんなことはどうでもよくなってしまっていた。
「まあ、ロキ君は古代語魔法も使いますから、簡単な物なら教えてもらってもいいかもしれませんね」
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