第一章 第四節 魔王斑の子供たち

第36話出会い

恐らく最悪な目覚めというのなら、今この瞬間がそうなのだろう。


意識を深淵の闇の中に閉ざしていたはずなのに、何の準備もなく、一気に引き上げられたような気がした。


「おはよう、ヴェルド。気分は……、最悪だよね……。でも、こうしてまたお話しできて、私はうれしいよ」

目の前にとんできた春陽はるひの優しい笑顔がそこにあった。


心地よい風が、頭の上から吹いている。足元はほんのり暖かく、頭の方はほんの少しだけひんやりとしている。

体のあちこちがぷよぷよした何かにくるまれていて、気持ちいい。


「皆、そなたの起きるのを待っておった。もちろん、この私もだ」

鈴音すずねが頭の上から、ひょっこりと顔を出してきた。


「汝が我が元にあるのを感じておった。どうだ? 我とあるのは心地よかろう? だが、いいかげん我も飽きてきた。汝を皆にかえしてやろう。クックック」

相変わらず、咲夜さくやのいう事は分からない。でも、闇の中だから、そうなのか?

しかも、お腹にかかっている毛布の間から、ごそごそと這い出してきたってことは、咲夜さくやの方こそ闇の中にいたんじゃないのか? 


「何があったのか見ますか? あなたの意識がなかった時のことは、しっかりと記録させていただきましたわ。ええ、もちろんあなたの恥ずかしい姿もごらんになりますか? うふふ、もちろん、あたしのお願いを聞いていただけたらですけどね、ふふふ」

「よし、起きるんだ! お前のそんな姿をもう見飽きた。起きたらすぐに、特訓だ!」

足元から泉華せんか紅炎かれんが飛び出してきた。


「いや、まずは体力の回復だよ。それに、傷の治りは問題ないけど、いきなり起きたらびっくりするよ。ここでは、ヴェルド君は勇者であることを隠した方がいいと思う。そのために、ボクらは隠れてたんだからね」

私に背を向けながら、二人の目の前に優育ひなりが現れた。

すかさず目の前にやってきた優育ひなりは、無言の圧力を放っていた。

思わず、首を縦に振る。


「簡単に言うと、ヴェルド君は森で少年とその姉弟に助けられて、ここで看病を受けている。ボクが探ったところによると、この村はちょっと特別な事情があるようだよ。あの布と関係があると思う。おそらくだけどね。それに、あの犬がこの家にいたからね。確か布は持ってたよね。持ち物の大半はあの時置いてきちゃったけど……」

泉華せんかは頬をふくらまして何か言いたそうだったけど、優育ひなりとは意外と仲がいい。

一種の漫才のような雰囲気だ。

紅炎かれんのそれは、一種の元気づけだとわかっている。今もさわやかに笑っていた。

そして、優育ひなりはやっぱり頼りになる。


勇者であることを隠すか……。隠すも何も……。


「よかった……」

さっきからおでこをぺちぺちと叩いてアピールしている氷華ひょうかは、ただそれだけを告げてきた。

そんな姿に、つい頬がほころんでしまった。


「なに、ニヤついてんねん。ほんま、そんなんで嬉しがって。ウチらがどんだけ心配したか、あんたわかってんのか?」

声の方に顔を向けると、窓際で美雷みらいが外を眺めていた。相変わらず、一人だけ違うところにいる姿に、ますます目じりが下がる思いだった。


皆がそばにいてくれる。

こんな私でも……。

今はただ、その事がとてもうれしかった。



その時、足元の方――玄関を抜けたその先から人がやってくる気配がした。

意識しなくても、警戒をしている自分に思わず苦笑する。


ここは室内で、周りに人はいないことはすでに把握していた。


「体に染みついたものって、なかなか取れないものだな」

たった半年のことだけど、それでもそう感じてしまう。


やってくるのは一人、子供だ……。しかし、この感じは……。


一斉に消える精霊たち。

優育ひなりが言うように、ここでは勇者であることは隠すべきなのだろう。


そう、それこそが嘘つきの私にはふさわしい。


再び目を瞑って、様子を見るのは簡単だ。

でも、さっきとは違う。

皆がそばにいてくれるのを、今の私は感じている。


ただ、それだけで自然と心は落ち着いていた。

落ち着いた心は、周囲の状況をさらに探っていた。


この周囲には、他に人はいない。もう少し意識を拡大すると、それなりに人はいた。

たぶん、村のようなものなのだろう。

でも、得られたその感じでは、かなり不自然な気がする……。


なんだ、この村は?

意識をもっと外に向けて拡散したかったけど、もうそこに接近する人がきている。

それは後で探ってみよう。

とりあえずは、目の前の問題を片づけなくては……。



扉が開く音がしてから、ゆっくりとその方を見た。

まだ相手は気付いていない。

肩まで伸びる銀色の髪が、汗で顔にまとわりついている。


恐らく私よりも年下。

小柄で痩せている感じから、この村の生活がうかがい知れた。


重そうな荷物を床に置き、額の汗をぬぐいながら、一息ついたところで、その少女と目があった。


「あ、起きたんだ! よかった! 君、二日も起きなかったから心配したんだからね!」

まだ幼いながらも、はっきりとした口調の少女だった。


逆光の中、その表情は見えないけど、優しさを感じる。

そして、とても温かで強い光が、淡く少女を包んでいた。

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