第28話冒険者として

「はい、結構です。相変わらず、ヴェルド様には恐れ入ります。さすがです。感動です。もう、この国にいる魔獣もほぼ狩られたんじゃないですか?」

笑顔の受付嬢。この顔に癒されると評判の看板娘。

冒険者の間でも人気の娘がやたら私を褒めてきた。

半年前は緊張して声も出なかった人が、今ではこんな軽口をたたいてくるようになった。私もずいぶん冒険者になじんだものだと、少し感動を覚えていた。


「うーん、実際まだ奥には行けてないんだよね。往復で最大六日しかないから、その範囲内でしか活動できないからさ」

週末には帰ってこないといけないから、最大片道三日までが活動限界だった。

走ればもう少し伸ばせるだろうけど、せいぜい一日の距離を伸ばせるくらいだ。安全とは言えない森の中。疲労が重なって、思わずおくれを取ったのでは意味がない。

でも……。

たしかに、最初はその範囲でも問題なかったけど、今では少し物足りなくなってきているのも事実だ。戻ってくるのを、二週間に一回に出来ないだろうか……。


「そうですよね! 愛の決闘でしたよね! 愛を叫んで自分を求める。実力が上の自分を乗り越えるために修行して、命がけで戦いを挑んでくる。ああ、私もそんな風に命がけで愛されたいですぅ」

目の前でうっとりされても困る。しかもそれ、かなりの部分間違ってるだろ?


「いや、そんなじゃないからね。あれ、本気で死ぬ寸前まで行くからね。先週なんか、腕がちぎれそうになったんだから。いつ、首が飛ぶかわからないんだよ?」

最近は待ってるのが退屈だからと、二人同時に攻撃するようになってきていた。

私が強くなっているのではなく、本当につまらないからそうしているだけだろう。


前衛のマリウスと後衛のミスト。

普段仲が悪い癖に、こういう時だけは見事な連携を見せてくる。

ことさらに、実力の違いを見せつけられた。

しかも、マリウスはまだまだ早くできるとか言ってたし、ミストも上位精霊は三体出せるとか言ってた。

その証拠に、連携した二人は、余裕で私に致命傷を与えてくる。ていうか、最近は全部致命傷だった。一瞬の油断もできない。



「ああ、そんな困難な目にあっても、二人のことを愛してやまないなんて、すごすぎます。愛の剣士ソードマン、ヴェルド様。私だったら、もう即O.Kしちゃいますよ! ヴェルド様は他の勇者様と違って優しいですし」

なんだか、その気になっているのが申し訳なかった。ていうか、二人同時に愛してもいいんだ、この世界……。


「あはは、私はまだ十二歳だから、愛なんて、子供には早すぎる話題ですよ」

でもアンタ、最初結婚してると言ってなかったっけ?


それ以前に、なんで二人のことを愛しているなんてことになってるんだ?


でも、愛の剣士ソードマンか……。こうして面と向かって言われると、ますますいらない称号だ。

最初、それを聞いた時は、哀の剣士ソードマンだと思ったんだけどな……。


訳の分からない、いらない称号だけど、状態は表している言葉だと思った。

そもそも、それが悪かったかもしれない。

今では、こうして訂正できないほど広まってしまった。


こういう時、漢字がないと不便だと思う。

哀と説明したところで、それはこの世界の人たちには伝わらない。


昔の勇者に、その漢字だけでも導入してほしかったと文句を言いたいところだ。


話しの区切りよさそうだったので、笑顔で受付嬢に手を振って、外に出ようとしたとき、いきなり頭の上から名前を呼ばれた。


「愛の剣士ソードマン、ヴェルド様。少しお待ちください」

特徴のある朗らかな声。

明らかに組合長の声だった。



頭の上から聞こえてくるということは、二階から呼びかけているのだろう。

半年前は平伏して話していた人だけど……。

でも、私も、組合長とは仲良くなったと思っている。だから、向こうもそういう風に呼びかけているに違いない。


ただ、今は状況が違う。その呼び方に振り向く必要はない。

無視して扉に向かって歩いていくことにした。


「愛の剣士ソードマン、ヴェルド様。伝説の愛の剣士ソードマン、ヴェルド様。お待ちくださいって、究極の愛の剣士ソードマン、ヴェルド……」

「いえ、それは誰の事か知りませんが、あまり大声で叫ぶと、他のお客様のご迷惑になりますので!」

春陽はるひ鈴音すずねの力を使って、一気に二階まで駆け上った。そして背後から拘束し、片手で口をふさぐ。首だけで了解を伝えてきた組合長を一睨みしてから解放した。


静まり返った冒険者組合のロビーが、再びにぎわいを取り戻す。

笑顔の組合長が、奥の部屋を指さしていた。


言われるままに、組合長の部屋に行き、いつものソファーに腰かけた。

組合長も、おくれて私の前に座る。


そのまま無言でしばらく待つと、秘書さんがお茶をもってきてくれた。

今では当たり前の光景。

お茶を一口飲んで、なんだか落ち着いた気持ちになっていた。



***



「組合長! だから、その呼び方はいやだって言ったでしょう。それになんですか、最後の究極って」

一息ついたところで、あらためて文句を言わせてもらおう。


大体、何時からついたんだ、その呼び名。そもそも、究極の愛ってなんだ? 永遠の愛っていうのは聞いたことあるけど、究極ってなんだ? ひょっとして至高も出てくるのか?


「あはは、今さっきですよ。なかなか振り向いてくださらないから、私がつけました。でも、いいですね。究極の愛の剣士ソードマンって響き」

「いや、そんなのいらない。そもそも、愛ってなんなのかもわからないのに」

「いやだなぁ、ご謙遜を。ヴェルド様は究極の愛の伝道師じゃないですか」


なにそれ? そんな布教、した覚えないぞ?


「伝道師って……。いったい私が何を、誰に布教したんですか?」

この王都だって、週末だけしかいないのに……。


それに、王都では冒険者組合と王城しか行ってない。

結局、王都観光もほとんどせずに終わっている。いや、買い物はしてるから、それを観光と言えばそうなるのか?


いずれにせよ、布教する相手なんていない。

だいたい、私が相手している大半は魔獣だぞ? しかも、殺してるし!


はっ! この世界での究極の愛情表現は相手を殺すことなのか?

だから、愛の剣士ソードマンなのか?


「まさかこの世界の愛情表現が、殺すことだとは思わなかった……」

となると、私は二人に愛されているという事なのか?

たしかに、愛情と憎悪は裏返しだと聞いたことがある。

なるほど、愛するあまり、相手を殺すのか……。

ああ、難か聞いたことがある。

愛する人を殺して、自分も死ぬってやつだ! なんか読んだことあるぞ、それ!


「何、バカなこと言ってるんですか。ヴェルド様は、他の勇者様と違って皆の人気者だからですよ。しかも、知ってますか? ヴェルド様のいる週末は、王都の住人にとって安息の日なのですよ。週末になると、他の勇者様はヴェルド様が帰ってくる前に、マリウス様の準備運動という憂さ晴らしでやられるので、自分たちの住処から出てこないのです」

バカって……。

人が悩んだ挙句に出した答えを、ため息交じりのバカの一言で否定された……。


「まぎらわしいわ!」

それ、伝道師でもなんでもないでしょ!


「まあ、まあ。伝道師と言われる理由はですね。そのマリウス様たちを相手にして愛を叫んでいるからですよ。ヴェルド様は、王都の女性にとっても憧れなのです。信じられませんよ。私も長いことこの仕事していますけど、勇者様が冒険者になったのもそうですが、国民から慕われる勇者様なんて歴史上一人だっていないですよ。しかも、結構な数の人が、ヴェルド様の奥さん候補に名乗りを上げているらしいですよ。王国の方でも、ライト様の希望の娘でない限り、ヴェルド様に輿入れしたいと言えば、それを通すようですから」

何、その話題? そんなこと聞いてないよ?

でも、それで一つ納得したことがある。

前までは通りをわがもの顔で歩いていた勇者たちが、ここ最近見かけなかった。

五千人が一体どこに消えたのか気になってたけど、いないのはこの街の人たちにとってもいいことだから、詳しいことは聞かないことにした。


正直言って、今は巻き込まれるのが嫌だから……。


でも、最近街の人たちがやたら笑顔なのも、そういう事か……。

なんだか、視察に行ったときに通った街の人たちの表情と同じに感じたのは、そういうわけだったんだ。


頭の隅でくすぶっていた疑問の一つが、一気に解決した気分だった。


「でも、愛なんて叫んでないですよ。それに、私はまだ十二歳です。成人までまだ三年あるから……」

でも、冗談じゃない。


この三年の間に対策を取ろうと思っていた。

それに、あと二年した時に、もしも真の勇者が召喚されたら、私の役目は一気に無くなる。

悠々自適の冒険者生活が待っているはずの計画が……。


「あ、それですね。まだこれは極秘事項なんですが、なんだか特例でヴェルド様の成人については十三歳になるようですよ。最近ヴェルド様と知り合いになりたいって人が、ウチに依頼として出すほどですから、極秘事項もあったもんじゃないですね。まあ、適当に間引いていますけどね、そんなのは!」

なんだそれ?

ニヤリと笑う組合長の口を、一度横に引っ張ってやりたい気分だった。

でも、余分な雑事を減らしてくれているのは感謝しよう。


っていうか、私が受けなきゃいいだけなんだけどね!


「それに、愛を叫んでいないなんてことは、ないでしょう? 聞いてますよ、ボロデット老師から。冒険者になるために、言ったんでしょ? 『冒険者となって修行して、マリウスとミストを超えて最強になる。そして、二人を妻にする』でしたっけ? とうぜん、お二人もそのことはご存知ですよ。あ、ライト様も知っています」

あのじじい! 余計なことまでペラペラと! しかも、微妙に脚色を加えてるじゃないか!

思わず拳に力が入った。


「そんなに睨まないでください。本気じゃないとわかっていても、やはり怖いのですから」

あくまで余裕の表情を崩さない組合長に感心した。アンタに言ったんじゃないけどね……。


でも、それは正直な感想に違いない。

勇者は知らず、知らず、そういう雰囲気を持っている。

勇者は例えるなら明るい光を放っているのに対して、そうでない人はくすんだ光だ。これが何だかわからないけど、確実に圧迫感と関係あるようだった。


「すみません」

少し取り乱してしまっていた。

元々、色々と制約がある上で成り立っている、今の自由だ。


「いや、さすがはヴェルド様。素直なところがすばらしい」

「いや、それはいいです。それより、用件は何だったんですか?」

組合長からは色々と教わったけど、褒めはじめると止まらないのが難点だ。


「あはは、そうですね。本題に入りましょう」

今までと違って、真剣な表情で私を見つめてきた。

よほど重要な件なのだろう。

こんな表情をしているのだ、さぞ難敵に違いない。


もしかしたら、ドラゴンか何かが出たのか?

それとも、アンデットの大軍が押し寄せたのか?


一体何を言うつもりだろう。


静まり返った室内は、防音の魔法が効いているからだろう。普段にぎやかな組合のロビーの喧騒も聞こえてこない。


相変わらず、だまって見つめてくる組合長。

この人もボロデット老師と同じ真の勇者との間に生まれた子供の一人だ。ただ、国民との間の子供なので、普通の勇者と同じ能力になる。

それでも、この人は冒険者として長年過ごしてきたから、その実力は並みの勇者では太刀打ちできないだろう。


「実は……」

やけに前置きが長い。思わずつばを飲み込んでいた。

普段歯切れがいいだけあって、こんなことは初めてだ。


これは、よほど重要なことに違いない。


何が言いたいのかわからないけど、何を言われても答えれるだけの心の準備はしておこう。

この後マリウスとミストと戦うことになっているけど、それと同じくらい緊張してきた。


「実は、ウチの曾孫のミリンダちゃんがですね……」

「帰ります!」

思いっきりテーブルをたたきわって、部屋を出た。

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