第20話勝負の結果、得たもの

心地よい風と温かさを感じて、ゆっくりと目を開けてみた。


「あっ、気が付いたみたい」

すぐ目の前に、心配そうにのぞきこむ春陽はるひの顔があった。


「ああ、大丈夫みたいだ……」

不思議とまったく痛みはなかった。

頭と首と背中に、ひんやりとした感覚がある。目の前にいる精霊たちのはるか先に、闘技場コロッセオの天井が見えた。

どう考えても、私は今、地面に寝かされている。


「何があった? どのくらい寝てた?」

まだはっきりとは思い出せない。

でも、ここでこうしているということは、意識を刈られるほどの攻撃を受けたという事だろう。

あれだけ集中してたのに……。

比較的意識がはっきりした今でさえ、全く思い出せない。そうなると、動きそのものを完全に知覚できなかったという事になる。


上体だけ起き上がり、改めて状況を確認した。

頭の上にあった氷は、その役目を終えて消えていた。


しんと静まり返った闘技場コロッセオには、私以外に人はいない。そしてその事が、より一層敗北感を味あわせてくれる。


負けたんだ……。

多分、自分の力を出し切ったと思う。それでも、かなわなかった。


そうか、これが負けたという気持ちなんだ……。

公式に、本気に、勝負したことは今までなかったから、負けたことなんて一度もなかった。


落ち込む気分は視界を狭くしていった。


「んとね、あっという間だったよ」

いきなり目の前に、春陽はるひが現れた。

どこまでも、明るい調子のまま、春陽はるひが全く分からない解説をくれた。


「まさしく、風のごとしだな」

春陽はるひを押しのけるようにして、前に出てきた風の精霊の鈴音すずねは、満足そうに頷いている。


「いや、影に隠れたのだ、我の眼はごまかせん」

その隣で、闇の精霊の咲夜さくやが、知った風な口をきいてきた。


「記録しているけど、あたしのいう事聞いてくれたら見せて、あ・げ・る!」

後ろから鈴音すずねを飛び越えるようにして出てきた泉華せんか

水の精霊らしく水球を目の前に漂わせてきた。何かが映っているのが分かる。でも、それを見ようとすると、途端に遠ざけて、艶めかしく自らの唇をなめていた。

一体何をさせられるんだか……。

でも、その記録には興味がある。思わず、顔をあげていた。


「俺を使う間もなかったな! 次は最初から俺を頼るんだ!」

自信たっぷりな紅炎かれんが、炎の精霊にふさわしく闘志を燃やしている。隣の咲夜さくやは、明らかに迷惑そうな顔をしていた。

それだけ高い声で、男言葉を使っても無駄な気がするけど、それを言うと怒られるからやめておこう。


「ヴェルド君、本当に大丈夫? でも、本当にいきなりだったね。最初の手刀の一撃で、すでに意識なかったみたいだけど、実はその後も殴られてたよ」

鈴音すずねの横に出てきた土の精霊の優育ひなりが、大体の事情を伝えてくれた。泉華せんかの非難の声は無視しよう。

なるほど、手刀か……。首を刈られたのか……。それで、いきなり意識を飛ばされてたんだ……。そう言われても、思い出せない。

なるほど、その一撃を感知できなかったんだ。だから、その後も思い出せない。


「治療……。済み……。大丈夫……。です」

優育ひなりの隣で、氷の精霊、氷華ひょうかが、言葉少ないながらも、今に至る流れを説明してくれていた。

マリウスは一応宣言通り治療はしてくれたんだ……。だから、それほど痛みはないんだ……。

ただ、首と頭のひんやりとした感覚は、氷華ひょうかの氷だったんだ。

お礼を言うと、黙って頷いている。

表情は変わらないが、何となく嬉しがっていることは分かった。


「ふん、さっさと立ち上がれ、馬鹿者。かっこつけるから、そうなんねん」

一人だけ少し離れた場所に雷の精霊、美雷みらいがいた。向こうを向いているくせに、時折こちらをちらちらと見ていた。

その口調は天然なのだろうか? 似非関西人も真っ青な話し方だ。


体長十五センチメートルの小さな精霊たち。戦いに負けた私を、この場所で見守ってくれていた精霊たち。まだ、知り合って間もないけど、なんだかいろいろ知っている気にもなっている。そして、この子たちを見ていると、なんだか元気が湧いてきた。

精霊契約の不思議なところだ。


不思議な事といえば、ミストの精霊とは明らかに違う姿をしている。その姿をあらためて眺めてみた。


巫女の衣装を着た鈴音すずねは、ベージュ色の髪を肩まで伸ばしている。同じ色の特徴的な弓をもつ、凛々しい顔立ちの少女。


黒いダブダブのコートに、何故か短めのスカートをはいている咲夜さくや。黒い髪をポニーテールのように横で結っている。サイドテールというんだっけ? 口調もそうだけど、服装まで特徴的だ。しかも、童顔なのにいかつい蛇の杖を持っている。


まるで水着を思わせるような服装の泉華せんか。長くうす紫色の髪が軽やかに風に舞っている。同じ色の槍を持っていなければ、おとぎ話に出てくる人魚のように思ってしまうだろう。ただ、それだけに艶めかしく、目のやり場に困ってしまう。


部分鎧に、真紅のマントがよく似合う紅炎かれんは炎の精霊にふさわしく、炎の大剣を持っている。燃えるような赤く長い髪は後ろで無造作に束ねてある。自信に満ちたその表情は、美少年といってもいい。ただ、本人にそのつもりはないにせよ、その言動は、とても男らしい。


地味なフード付コートに隠れているが、青く長い髪の優育ひなりは不似合いなほどの漆黒の大剣を背負っている。あまり表情を見せてはくれないけど、仕草がそれを補っている。さっきもそうだったけど、ここぞという時には饒舌になるみたいだ。でも、基本無口のようだった。


氷の扇にロングスカート。良家のお嬢様のような装いをみせる氷華ひょうか優育ひなりとは違い髪を短くそろえている。二人は同じように、口数が少ないが、氷華ひょうかはとびぬけて少なく、表情もあまり変わらなかった。ただ、表に出さないだけだというのが、何となくわかってきた。


一人だけ離れている美雷みらいは全身鎧に雷剣とその鞘盾を装備している。長い金髪を兜の中に押し込めているが、納まりきれてはいなかった。しかも、顔にはかかるのだろう。顔の横だけは束ねている。無骨な鎧を着ているが、兜につけてある一輪の花が、彼女の性格をよく表している。一人で離れていることが多いけど、仲が悪いというわけでない。春陽はるひによれば、孤高を演じているのだという。


そして、春陽はるひ


あの時、春陽はるひと契約した後に、いきなりやってきた精霊たち。たぶん、召喚の時にもいたのだろう。私と共にあることを選んでくれた精霊たち。今も互いに何かを話している姿に、少し気分が和らいだ。


「まあ、いいか。今のままではマリウスには勝てない。今度はみんなの力を借りて再戦と行こう!」

結局、この世界にやってきて初日にマリウスの洗礼を受けたということだ。

悔しいけど、これが現実。

そして、私一人の力では今はまだかなわない。


精霊たちが小さな体を寄せあって、私の両腕を引っ張っている。

私を立ち上がらせようと、お互いに掛け声をかけ合って、懸命に引き上げている。


これまでの私は、何となく生きていて、最後は親友に殺された。そして、この世界に連れてこられた。

そして、何となく戦いに身を投じた結果がこれだ。

自分の力を過信して、忠告を聞かず、助けを求めなかった結果がこれだ。


でも、私は一人じゃない。そして、今は何となくじゃない。


まずは、この世界を知ろう。この世界を感じよう。この世界を生きてみよう。

そうすれば、何かが見えるかもしれない。

少なくとも、精霊たちがついてくれている。

情けない姿を見せても、そばにいてくれている。

そして、私に立ち上がる力をくれている。


「よし、まずは装備を見に行ってみよう」

今度は負けない。

引上げられる力を利用して、私は再び立ち上がった。

座っていた時とは明らかに違う風景。闘技場コロッセオ全体が、なんだか違うように見えていた。


何となくじゃない。

流されているんじゃない。自らの意志を、あらためて精霊たちに伝えた。


「そして、次は勝ってみせる」

相変わらず、勇者が何かは分からない。

目的のない勇者に何の意味があるのかもわからない。

でも、分からないことだらけのスタートだけど、初めて真剣に立ち会って、そして負けた気分を味わった。


だったら、次は勝つしかない。


歩き出した私の前に、闘技場コロッセオの扉が見えている。扉のこちら側は、入った時には見ていないけど、入った時とは全く違う扉に思えた。


精霊たちは、皆私と共に歩んでくれている。

小さな精霊たちだけど、本当に心強かった。


その先には、ここに来るまでに見たものとは、違う景色が広がっているに違いない。確信をもって、そう言える自分が誇らしかった。

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