第17話「魔王の記憶を知りたいと思った」


「こうやってお会いするのも、これで最後になるかもしれません」


 いにしえの大樹の下、鮮やかなエメラルドグリーンの髪の女性は、愁いを帯びた顔で呟いた。

 白いドレスを纏い、気品の溢れる所作は、まるでどこかの王女のようだった。


 ――いや、実際に王女なのだ。巨大な神木に城を構えた、神秘の王国。


「隣国からの協力要請を断るのが難しくなってきました。この国は永世中立国、戦いの行方を見守ることしかできませんと、伝えてきたのですが……」


 女性は申し訳なさそうにこちらを向く。


「魔王相手に中立もなにもないだろうと、隣国からだけでなく、国内からもそういった意見が出るようになりました。今まではなんとかそれを抑えていましたが……そろそろ限界なのです」


 少しの。吹いた風に美しい髪をなびかせ、女性は儚げに微笑む。


「構わない、ですか。そうですね、貴方は……そうなのでしょう。私だって、本当ならあの剣士様のように、国を飛び出して貴方の側にいたいのです。ですがそれは……」


 頭上の神木を一度見上げ、女性は小さく頷いた。


「……はい。そのような無責任なことはできません。王女としての誇りが、私の中に流れる古の血が、それを許さないでしょう。なにより……」


 女性――王女は、遠くを見る。


「勇者となった彼女の側にも、いてあげたいのです。たった独りで走り続けている、彼女の隣りに」


 王女は再びこちらに向き直り、神妙な顔で頷く。


「はい。彼女はいつも独りです。……知っていますか? 彼女はあの光の槍を手に入れたそうです。貴方の前に現れるのも、近いかも知れません」


 王女と目が合うのがわかった。瞳に浮かぶ、僅かな驚きと……悲しみ。


「貴方は、嬉しそうな顔をするのですね。……え? あの、なにを――」


 王女の顔が驚愕の表情に変わっていき、ついに声を上げる。


「それはっ……! ……いえ、わかりました。彼女のことは、私に任せてください」


 腕を伸ばし、王女はそれを受け取る。魔王が創り出した――。




                  *




「狙い澄ましたかのような夢だったな」


 3回戦の日の朝に、俺はそんな夢を見た。

 さすがに二度目だ、それがなにを意味する夢なのか、わかっている。

 剣士の時と同様に魔王の声は無かったが――魔王が王女になにを授けたのか、はっきりわかっている。


「どうしました? 晃太先輩」

「いいや、なんでもない」


 キャストマジシャンズ、トレーニングモードに俺と知奈は2人だけで入っていた。


 午前中に行われた、大会の3回戦――。

 今までにない、圧勝だった。

 ラウンド1、ラウンド2で敵の全滅を取り、ゴーレムも半壊状態。迎えたラウンド3ではさすがに警戒され迂闊な突撃はしてこなかったが、それを逆手に取り、ロッドである知奈が極大魔法で勝利を決めた。


「今日の知奈は、本当にすごかったよな」

「いいえ、みなさんがお強いからですよ」

「謙遜すんなって」


 3回戦のMVPは、間違いなく知奈だろう。敵に2人キャストがいたが、ほとんどの魔法を知奈が阻止していた。

 驚くべきは、その集中力と――ロッド魔法のエイム力。前から綺麗に当てるなとは思っていたが、今日は一発も外さなかったんじゃないか? というくらい正確な攻撃を見せていた。

 おかげで俺たちは安全に呪文を唱えることができ、敵の全滅を取ることができた。


「謙遜しているわけではないですが……。でも、そうですね。昨日のことで、私の中でなにかが吹っ切れた感じがするんです。私は、堂々とキャストマジシャンズをやっていいんだ。胸を張って戦っていいんだ。そう思うと、いつもより集中してバトルをすることができたんです」

「……そうか。ならよかったよ」


 女子中学生の米川、柏田ペア。彼女たちは家でダイブゲームを禁止されているだけで、嫌ってなどおらず、むしろ興味津々だとわかったのが、知奈にとって心を軽くする要因となってくれたようだ。

 怯えられた甲斐もあったってもんだ。


「それに、晃太先輩とのもありましたから」

「約束っていうか……まぁ」



『私にも、呪文を教えてください』



 別れ際に言われた、意外なお願い。

 聞けば、未咲先輩から魔王の水刃のことを聞いたらしい。

 誰にも言わないだろうと、口止めはしていなかった。まさか知奈に話していたとは。


 もちろん、そんな都合良く呪文は作れないと答えたのだが……。


 あんな夢を見ちゃったからなぁ。

 どうせまた、あの王女と知奈の魂が似ているとか言うんだろ?


(その通り。転生ではないが、魂の形が非常に似ている)


 雰囲気は似てないと言えなくはないが……見た目はだいぶ違ったけどな。いやそれ言ったら剣士の方は性別から違ったが。

 知奈はしっかりはしているが、やはり幼い印象がある。あの王女は、だいぶ大人っぽかった。主に体付きが――なんて、言わないぞ。絶対に。


「未咲さんに話を聞いた時に、私も是非そんな呪文を教えてもらいたいと思いました。ですが……なかなか言い出せなくて。図々しいなと、思っていたのです」

「図々しいって、そんな遠慮をすることはないけどな」


 とはいえ、魔王の魔法のことをあれこれ突っ込まれると、答えることができなくて困ってしまうが。


「そう……ですね。私たちは、仲間なのですよね」

「おう、そうだぜ」

「だからお願いすることにしたのです。チームが強くなるために。呪文を――授けて欲しいと」

「なるほどな。……そう言われちゃあ、もう絶対断れないな」

「えっ、こ、断るつもりだったんですか?」

「はは。さすがにここまできて、それはないって」


 3回戦が終わって、トレーニングモードに誘ったのは俺の方だ。

 あの夢を見た時から、授けることは決めていた。


「ちなみに、3回戦の後にしたのは?」

「はい。未咲さんはまだ、くだんの魔法を使っていません。私も、今のままで3回戦を突破できないようでは、魔法を教えていただく資格はないと思ったからです」

「ストイックだな。未咲先輩に魔法は見せてもらったのか?」

「いいえ、それもまだですが……」

「そうか」


 なら、かなり驚くことになるかもな。

 これから授ける呪文の、とんでもなさに――。


「わかった。それじゃ、これから知奈に、呪文を授ける」

「は、はい。よろしくお願いします」


 俺がそう告げると、知奈はぴんと背筋を伸ばして俺の前に立つ。


「先に言っておくぞ。俺が使っている魔法は……だ」

「魔王の魔法、ですか?」

「ああ。魔王が生み出した、規格外の魔法」

「……あのヴォーテックスハンマーの呪文のようになる、ということですね?」

「さすがだな。わかっているならそれでいい。知奈、俺に続いて呪文を唱えてくれ」

「……はい」



(――すまない。彼女のこと、よろしく頼む。これは、そのために使って欲しい)



 王女との会話の夢。いつの間にか、魔王がなにを言ったのかわかるようになっていた。

 もちろん、あの時唱えていた呪文の内容も。


 王女は魔王に付きたがっていたが、立場がそれを許さなかった。

 そして魔王もそれを理解していたし、なにより王女は――彼女の側にいたいと言った。


 ……彼女? 剣士の時にも出てきたな、勇者になったという女性の話。

 それぞれの――魔王を含めて、共通の知人のようだが。

 魔王は、その彼女に倒されたのだろうか?


 今はわからない。

 魔王の記憶はそのほとんどが蓋をされている。

 だけど、こうやって魔法を引き出していけば、いつかはわかるかもしれない。


 魔王の魔法はキャストマジシャンズで再現される。俺は最強の魔法を手に入れた。

 前世が魔王だと理解した時はそれくらいにしか思っていなかったが、今は……。


 。少しだけ、そう思うようになっていた。



 俺は頭の中にある呪文を口にする。


「古の霊木は万物の象徴、緑の力」

「……古の霊木は万物の象徴、緑の力」


 知奈は杖を両手で抱えて、呪文を唱える。

 やはり不安があるのだろう、緊張し張り詰めた表情で、じっと杖の先を見つめている。


「永遠を刻む十の星は」

「永遠を刻む十の星は」


 知奈が僅かに顔を上げて、俺と目が合う。

 その瞬間、なにかが繋がったのを感じる。


「我が意のままに……」

「……我が、意のままに」


 俺と知奈の間で繋がったなにか――魔力を通じ、呪文が流れ込んでいく。

 知奈は苦しそうな顔をするが、それでも杖から手を放さなかった。


 未咲先輩の時と同じだ。俺はもう、呪文を唱えられない。

 緑の力は、黒の力の導きで杖に宿る。呪文は知奈のものになったのだ。


 剣士には魔剣を授けた。そして、王女には――。


 知奈が、その名を叫ぶ。



「魔王の宝杖ほうじょう! ロッドオブエメラルドスター!」



 ズンッ……。


 低い地響きと共に、知奈の足下に黒い輪が現れる。

 俺が一歩引いて輪の外に出ると、瞬間緑色の光が天まで立ち上った。


 光の中で、知奈のロッドの形状が変わっていく。

 杖の柄に樹が生まれ、ぐるんと円を描く。幹と根が杖を這い、ぶつかりあって光球を生み出していく。

 十の光球が出現すると、今度は足下の黒い輪が浮かび上がった。

 輪は杖の柄、樹が円状になっているところで止まると、ゆっくりと収縮していく。

 円の中で球となり、それでも尚、収縮を続け――。


 バンッ!!


 破裂音が響き渡り、黒い球も緑の光も消え去った。

 杖に力が宿り、完成したのだ。


 夢の中で魔王が王女に渡した、宝杖が――。



「……どうだ、知奈」

「は、はい……えっと……光弾タイプ、です。それから」


 知奈が離れた木に目がけて、ドドドッと魔法を撃つ。

 いつもの緑色より濃い色の光弾が3発。


「弾数は10ですね。弾速はシュート・オブ・ウィルより速いですが、威力は……どうでしょう、低いかも知れません。いえ、これはもしかしたら……」

「ま、その辺りの検証は後でじっくりやろう。知奈自身には問題ないか?」

「あっ、そうですね。……私は、問題ないと思います。少しだけ頭がクラクラしていますが……」

「無理はするなよ?」

「はい……。でも、これはいったい、なんなんでしょうか? 自分が唱えた呪文なのに、内容がわかりません。わかるのは魔法の名前だけです。それなのに……私は、いつでも唱えられる……」

「言っただろ。これは魔王の魔法だ。俺、前世が魔王だからさ」

「ま、魔王? ですか? ええと、それは」

「ああ、どう思ってもらっても構わない。冗談みたいなもんだから」


 本当に、前世が魔王なんて、冗談みたいな話だからな。

 でもそれは真実なんだ。知奈が知ったのは、本当の、本物の魔王の魔法――。


「……正直、よくわかりません。ですが、魔王の魔法というのは……強そうです」

「はははっ! だろ? そうとも、魔王の魔法は最強だ。――知奈、次も行けるな?」

「もちろんです。魔王の魔法があれば、準決勝も必ず勝てます」


 大会はトーナメント形式。3回戦を勝利した俺たちは、準決勝に進出。このまま午後に戦うことになる。

 魔王の魔法を使うかはわからないが――準決勝、さすがに一筋縄ではいかないだろう。もしもの時は、躊躇わずに使う。勝利のために。


「よし。最強の魔法で、勝つぞ! 知奈!」

「はい!」


 知奈は元気よく返事をし、ロッドを胸に抱く。

 仮面で隠れているが笑顔で――頬を赤く染めながら。


「……ありがとうございます、晃太先輩」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る