第26話 美しき

 満開の桜は、由原を包み込んだ。そんな由原を表す言葉は、吾輩は「美しい」しか知らない。そして吾輩は、この「美」を今から破壊しようとしている。胸が熱く、苦しくなった。

「綺麗じゃの」

「そうだな」

 君の方が綺麗だ、と言ってしまいそうになる。

 ダメだ、殺せない。こんなところでつまづくとは……。そう思っていた時だった。

「お主、ここで我を殺そうと思っておったじゃろ」

「!? ……バレてたのか」

「どれほどの付き合いじゃと思っておる。お主の考えていることなど、なんでも分かるわ。今お主が我のいやらしい姿を想像したこともな」

「そこまでは考えてねえよ」

「今は殺そうとは思っとらんじゃろ?」

「聞けよ」

「じゃからな」

 由原様は立ち上がり、微笑んで行った。


「我はもう少し、月と桜を楽しませてもらうからの」


 吾輩はその瞬間、下克上なんてどうでも良くなった。同時に、いやらしい姿を想像した。自分でも愚かで、恥じるべきだと思った。

 そして気がついた。


「月が、落ちてきてる……?」


 やけに大きな月だと思えば、その月は地面に向かって落ちてきていたのだ。気づいた時には、逃れようのないほど近くまで迫って来ていた。

 本来、星は降るとき、燃えて形は小さくなる。しかし月は、燃えてはいるものの大きなままだ。あんなものが落ちて来たら、この辺り一帯だけではなく地球そのものが危ういかもしれない。

「由原! 逃げろ!」

「今更遅いじゃろうが!」

「いいから!」

 吾輩は覚悟を既に決めていた。先程まで殺す気でいたこの人を、今は助けたかった。

 俺の声で由原様は逃げ出した。村の住民も皆、月と反対の方向に走って行っている。

 月の着地点は恐らく、この桜並木の中だ。吾輩にはどうすることもできないとわかっていた。しかし、どうにかしたかった。

 無理だとは知っていた。しかし、無理だと思わなかった。

 無謀であった。しかし、勇敢だと誇れた。

 今までの自分を否定し、今の自分をめいっぱい褒めたたえた。

 とてもいいとは言えない、残酷だと言っても自信過剰な、くだらない人生であった。


 着地点で立ち止まり、刀を抜く。

「エルフの魔法で打たれたこの刀であれば、或いは……」

 構え、刀を握りしめる。

 月が近づいてくる。正直、恐ろしい。


 ✳――――――✳


「ああもういい。わかった。全部わかったから」

「いいから聞けと言っておるじゃろうが! クライマックスを止めるな!」

「小吉、そりゃないで」

「別に聞かなくていいだろこれ!」


 ✳――――――✳


 今までになかった程に刀を振りかぶった。これまで感じたことの無い重さだった。

 ここぞと言うところで思いっきり振り下ろした。初めてな程に風が強かった。


 先端が炎に触れる。

 刀身が月に触れる。

 抵抗を受ける空気が月を二つに切り裂く。


 月は切れた。それが最後の記憶。


 ✳――――――✳


「気がつけばその時の刀に、吾輩が――――」

「うん。知ってた」

 予想通りの話に、俺は頭を抱えた。

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