第15話 浅村咲 VS 斎藤一(後)

 生まれ持った剣士としての魂と呼ぶべきものだろう。心でも体でも恐怖を感じながら、それよりもっと深いところで、咲はまだ一矢報いようとしていた。


 咲がうつむきながら見ていたのは、斎藤の足だ。


 両の足、そのけんや筋肉がどう動いたとき、自分の体のどの部分を、どんな角度で打ってくるかということを痛みと引き替えに確かめようとしていた。


 咲が今狙っているもの……それは「相討ち」だ。

 自らがトドメを刺されることを許す代わりに、こちらも相手を打つ。


 壁際まで追い詰められた咲は、ガクンと腰を落とすようにして左足を引いた。


 斎藤の猛攻が一瞬やんだ。


 左足の腱が浮き上がり、かかとが上がった。

 右足が床をスーッと低く滑ってくる。極限まで研ぎ澄まされた意識の中で、咲にはそれがスローモーションのように見えている。


 咲は顔を上げた。


 思った通り、斎藤は竹刀を大きく振り上げて面を打とうとしている。


 咲の左足はすでに床を蹴っている。

 上体を水平移動させ、その勢いを竹刀に載せて、両腕を絞り込むようにして剣先を斎藤の喉めがけて一気に突き上げる。


 閃光のようなもろき!


 突きは最短距離で相手の体に届く攻撃であり、竹刀を大きく振り上げた状態でそれを迎撃することは絶対にできない。


 斎藤の喉は今、れで守られていない。しかも、打ちに行こうと飛び込んだところへ突きを返される「むかき」という危険な攻撃になっている。


 竹刀とはいえ、直撃すればタダでは済まないはずだ。


 ***


 しかし、咲の最後の一撃も斎藤には当たらなかった。


 捻挫している右手が思いがけない強さで竹刀を引っ張ってしまい、突きが狙いよりほんの少し右にずれた。斎藤は上体をわずかに傾けて、その剣先を紙一重でかわすと、振り上げた竹刀でそのまま咲の脳天を強打した。


 それでも、まだ立っている。その咲に斎藤は一言、

「良い突きだ」

 と言うと、火の出るような片手突きをお返しした。


 ズドンッ!


 衝撃が首の裏まで突き抜ける。

 咲の体は吹っ飛び、壁に叩きつけられた。


「だが、それじゃ人は殺せねぇ」


 と言うと、斎藤はさらに、引いた竹刀を再び咲の喉に突きつけ、そのまま串刺しにするように壁に押しつけた。


 咲の面の下にある突き垂れは、現代のような厳重なものではなく、布を何重にも重ねて縫い上げた程度のものだ。斎藤がそこに剣先をめり込ませていく。


「あ……ああ……」


 咲は竹刀を捨て、両手で斎藤の竹刀を掴んで、どかそうともがいた。しかし、それはビクともしない。


「今、楽にしてやる」


 咲がさっき、剣を構えた斎藤と対峙したときに感じた「底なしの闇」。


 それは斎藤の「気」そのものではなく、その気に含まれる殺気の凄まじさとの圧倒的な力量差を読み取ったがゆえに予感した、自らの「死」だった。


 やがて、もがいていた両腕がだらんと垂れ下がった。

 薄れゆく意識の中で、咲は土方の声を聞いた。


「斎藤、やめろ。その女は人質だ。殺すな!」


 フェイドアウトするように、視界が暗くなっていく。


 咲は闇に落ちていった。

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