魔王になると言うこと
荒野に、殺気が渦を巻く。
アレクセイの周囲で赤い魔力が奔流のように渦巻き、両手の掌に凝縮していく。
シルヴィアの体からは紫黒の魔力が立ち上り、短剣を握った手がゆっくりと持ち上がる。
二人の視線が交錯した瞬間――同じ呪文が、ほぼ同時に口をついて出た。
「魔王の威光――!!」
赤と紫、二つの奔流が荒野を裂いて正面衝突する。
衝撃波が大地を抉り、岩が粉々に砕け散り、空気が焼けるような熱を帯びた。
ヴェルサリウスの血が、最も濃く、最も純粋にぶつかり合う瞬間。
互いの魔力が拮抗し、どちらも一歩も引かない。
だが――
シルヴィアの背後には、テンペスタの家紋を刻んだマジックアイテムの軍団が、無音で迫っていた。
機械仕掛けの魔導兵、浮遊する魔力砲台、鎖で繋がれた自動人形。
数十、いや、百を超える数の影が、紫の魔力の奔流を援護するように一斉に砲門を開く。
対するアレクセイの側には、ただガジュだけ。
「レクス……!」
ガジュの巨体が、アレクセイの前に躍り出る。
四本の腕を広げ、長い鼻を鞭のようにしならせて、迫る魔導兵を薙ぎ払う。
だが、数が多すぎる。
一匹倒せば二匹、三匹が代わりに襲いかかる。
ガジュの巨体に、無数の刃と魔力弾が突き刺さり、血のような黒い体液が飛び散った。
「ぐっ……!」
アレクセイは歯を食いしばり、炎の槍を連射して援護する。
だが、過剰ヒール――自慢の再生能力すら、追いつかない。
傷が癒える速度を、敵の攻撃が上回る。
赤い上着はすでにボロボロになり、血と埃にまみれていた。
「……くそっ、姉貴……!」
アレクセイの叫びが、荒野に響く。
その時――
空気が、甘くねっとりと震えた。
「ふふふ……素晴らしいショーだねぇ」
声は、どこからともなく響く。
ルチアーノの声。
マジックアイテムの一つ――浮遊する水晶球のようなものが、ゆっくりと回転しながら光を放つ。
その中に、ルチアーノの顔が浮かび上がっていた。
いつもの甘ったるい笑みを浮かべて。
「シルヴィア殿は、私と組むことにしたんだよ。
面白いものを見せてもらった!
仮にも魔王戦争の参加者なのに、『シルヴィアの応援だって?』
おかしなことを言うね、アレクサンダー・ベール!」
アレクセイの瞳が、燃えるように赤く染まる。
「ルチアーノ……てめえ……!」
「ガネーシャの子諸共、ここで脱落するがいい」
水晶球が嘲笑うように輝き、軍団の動きが一気に加速した。
魔導兵が一斉に突進し、魔力砲台が最大出力で砲撃を開始。
ガジュの巨体が、悲鳴のようなうめき声を上げてよろめく。
「レクス……ごめん……私、もう……」
ガジュの四本の腕が、力なく垂れ下がる。
長い鼻が、地面に落ちた。
アレクセイは、血を吐きながら立ち上がる。
赤い瞳に、涙が滲んでいた。
だが、それは怒りの涙だった。
「……姉貴」
シルヴィアは、魔王の威光を放ち続けながら、静かに弟を見つめていた。
紫の瞳に、感情の色はほとんどない。
ただ、冷たく、決意だけが宿っている。
「これが……魔王になるってことよ、アレクセイ。
血縁なんて、ただの足枷。
私は、それを断ち切る」
アレクセイは、ゆっくりと拳を握りしめた。
体中から、赤い魔力が爆発的に溢れ出す。
限界を超えた、過剰な再生。
傷が癒えるどころか、肉体が膨張し、炎が皮膚を突き破って噴き出す。
「……なら、俺も」
声は低く、震えていた。
「――お前を、止めてやる」
ガジュが、ゆっくりと体を起こす。
血まみれの鼻が、ぴくりと動いた。
「……レクス……私も、まだ……戦えるよ」
二人の視線が、シルヴィアとルチアーノの嘲笑に向けられる。
魔王の威光が、再び激突する。
今度は、ただの姉弟の衝突ではない。
――魔王の座を賭けた、血の儀式。
荒野に、赤と紫の光が、永遠に続くかのように交錯した。
ルチアーノの笑い声だけが、甘く、残酷に響き続ける。
「さあ、もっと暴れておくれよ……!
僕の最高のコレクションになるんだからねぇ!」
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