第14話 悲しい音

 いつも使う駅を使って、いつも通る道を歩いて、俺とユナさんは今日も学校に登校する。クラスの皆もその光景に慣れたのか、とやかく言ってくる連中も減ってきた。ただ、いなくなった訳では無い。


 前日図書館で女の子にボコボコにされたのがまるで嘘の様に、日常の光景がここにはある。しかし、どことなく違和感を感じる。その違和感の原因はもうすぐ朝のホームルームが始まるというのに、六人程登校していない生徒がいるという事かもしれない。電車でも遅延しているのか、そんな事を考えていたら鐘の音と共に担任の魚沼先生が真面目な表情で教室に入って来た。


「ほら、席つけ。」


 気のせいだろうか、声色がいつもより低い。魚沼先生はちらりと空席を見てから俺達の方を見ずにこう言った。


「落ち着いて聞いて欲しい。一昨日から欠席している天野さんだが、親御さんと連絡が取れた結果、行方不明となっている事が分かった...」


 魚沼先生の口から出た聞き慣れない言葉に、クラスの皆がざわついく。


「落ち着いて、落ち着いて聞いてくれ!警察には捜索願いを出しているらしく、家族総出で天野さんを探しているらしい。だから、数日で見つかるだろう...。だから、皆は心配しないで普通に生活をして欲しい。いいか?」


 心配するなというのは、この場合無理だよ先生。クラスの一人が行方不明なんて、ドラマの中だけの話じゃなかったのかよ。


「待てよ、今日休みの奴らももしかしたら...」


 一人の生徒がぼそっと放った言葉にクラスの皆が動揺し始めた。


「落ち着け!確かに今日休みの奴が何人かいるが、それがそうとは限らないだろ!いいか!勝手な事を言って皆を混乱させる様な事は一切口にするな!お前らは、いつも通り生活すればいい!分かったか?!」


 珍しく声を荒げる担任の姿に一同不安を感じていた。




 聴く話によると、他のクラス他の学年でも同じ様な生徒が出ているらしい。その上、欠席している生徒も多数いるとの事で、根も葉もない噂が学園中に広まっている。


「あれじゃない?連続誘拐犯の仕業とか!」


「これはまさかの、神隠しか!」


「集団ボイコットにしては、規模がでかいよな...」


 一日中この話題で持ちっきりだった為、教師もまともに授業が出来ない一日となってしまった。



 *****



「ユナさんはどう思う?」


 帰りのホームルームで魚沼先生から、帰宅の際十分注意して帰れよと散々言われ、一人で帰らないよう釘を刺された直後、俺はユナさんの元に行っていた。


「どうって何が?天野さんって人が行方不明だって事について?確かに少し心配だけど、私たちには何も出来ないでしょ」


  随分とはっきり物言いをするな。


「それもそうだけど、俺この後委員会があるんだけど、一人で帰るの?」


 俺は純粋にユナさんの事を思ってそう言った。なのに当のユナさんから返ってきた言葉は


「何、気持ち悪い…。」


  酷くないか?俺はユナさんの心配をしてるんだぞ。


「大丈夫よ。鍵は預かってるし、一人で帰れるわ。」


 そう言うと、椅子から立ち上がり鞄を手にすると


「じゃあね」


 それだけ言って帰ってしまった。


「ユナさんって、か弱い女の子ってイメージじゃないよな...」


 彼女の姿が見えなくなってからそうボソリと呟いた。





「あっ!トーマさん!今日もいらしてたんですね!」


 両手に外国の歴史書を抱え二階に上がると、金髪の女の子に声を掛けられた。


「えっーと...」


 名前は出てくる。しかし、年下であろう女の子をどう呼んでいいのか、咄嗟には分からないのだ。


「シルビィでいいですよ。トーマさんは今日は何しに来たんですか?」


 何って、仕事ですけど?そもそも俺はここの生徒だし、図書委員会などと呼ばれる役職に就いているが為に、ここには定期的に来なくてはならないのだよ。そんな事より、どうして君は普通にここに侵入できているんだ?君はここの生徒じゃないだろ?


「今日は本を片しに来たんだよ。」


「そうなんですか!お疲れ様です!」


 いや、本当にお疲れだよ。昨日ここで起きた事を思い返すだけで正直足が震えるからね?


「シルビィは、今日も魔道書探し?」


 この時生まれて初めて女の子を呼び捨てで呼んだかもしれない。


「そうですよ。あの本を見つけない限り、私は本国に帰れませんからね。誰かさんのせいで。」


 綺麗な心で見れば天使の様な微笑みなのだろうが、俺にはこの笑みが悪魔の怒りにしか見えない。


「そんなにその魔道書って凄いものなの?」


 シルビィには俺が魔道書を知っている事を話していないし、それを話す事を止められている。ユナさんいわくこの子を利用して魔道書を手に入れるつもりらしいが、それってつまりシルビィが見つけた魔道書を奪うって事だよな。正直に言おう、無理だろ。


「はい。魔道書というのは、本来誰の手にも届かぬ様、封印されていなければならない程の代物なのです。それも魔道書に書かれている、つまり封印されている魔法が世の理を捻じ曲げる程危険なものだからなのです。もしそれが悪い事を考えている者の手に渡りでもしたら...」


 予想はしていたが、そういう事なのか。でも、その”世の理捻じ曲げる”魔法というのには少し気になるな。よく考えたら、そんな危険な物がこの図書館にあるかもしれないんだろ?ますます信じれないな。


「魔道書はその特異な魔法のせいから、特殊な魔力反応が感じられるのです。その反応がここにあるんですけど、どこを探しても見つからないんですよね。どういう事なのでしょう?」


 いや知らねえよ。前にユナさんが、見れば分かるって言ってたのはそういう事か。でもよ、俺は魔力を感じた事なんて一度も無いし、そもそも魔力ってどうやって感じるの?そういう肝心な事を教えてくれないよなあの子。


「って、そんな事トーマさんに言っても分からないですよね!」


 本当は分かってる。でもそこで分かってると口にしてしまったら、俺はまたボコボコにされるに違いない。いや、今度は確実に殺されるだろう。我が身の為にも、ここは黙っておこう。


「ところで最近奇妙な音を聞くんですが、トーマさんは聞きました?」


「音?」


「はい。どこか悲しいハープの音なんですよね。私の記憶が確かならそのハープはとんでもない物なんですけど、”こっち”の世界にあるはずないですからね。そうそう!丁度今流れているこの音!」


 そう言われて耳を澄ますと何処からともなく音が聞こえてくる。それがハープの音なのかどうかは、ハープの音をよく聞いたことがないから分からない。だだ、悲しい音なのは分かる。


「これが、“ダラルの竪琴”な訳ないですもんね。」


「シルビィ、その何とかの竪琴って何だい...?」


 妙な胸騒ぎがする。俺の日常が崩れていく、そんな感覚が俺を襲う。


「“ダラルの竪琴”ですか?魔道具ですよ、聞いた者に催眠効果を与える。たしか昔の大戦で奴隷の調達に用いられたとかいう危険な竪琴ですよ?それがどうかしまた?」


 どういう訳か、俺の頭に天野さんが浮かんだ。

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