3-6 ”僕を男にしてください!”

「お、俺は一年A組、一堂龍馬だ。この学園の覇王になった。俺に逆らうやつは潰す」


 出だしで息が詰まるなど僕的にはちょっとハプニングが起きたが、これが僕の考えに考え抜いた最強で最恐の内容だ。どう、簡潔にしたほうが寡黙って感じをアピールできるし、怖いよね! ねっ!


 僕は一礼せず舞台袖へと戻るため、東皇四天の方を振り返った。僕が「よかったですよね」みたいな表情を向けると、口パクではあったが「短すぎるわアホ」と師匠に言われてしまった。なんで⁉


 僕はポケットに手を突っ込んでどたどた歩く。しかしその五歩目くらいで、足に違和感を覚えた。咄嗟に足元を見た。


 紙? 


 僕の足に丸められた紙が当たったのだった。覇王に怖気づかない勇者が投げてきたのだろう。僕だったら絶対無理。よく投げる勇気があったなー、と。この学園にそんな男気があるやついましたっけ?


 でも感心はしないな。この後体育館掃除をする人がかわいそうじゃないか。


 僕はそれを拾って舞台袖へと下がっていった。ついでに丸められた紙を開けることにした。どうしてかは知らないが僕は『丸められた紙の中を見たい』という衝動が他人よりも湧きやすい。そんな衝動の話はとてつもなくどうでもいい。


「は……?」


 拾って開けたのは正解だったようだ。中には石が一つ入っていて、紙自体にはとある文章が書きなぐってあった。


『めちゃくちゃにしてやる。口外するな』


 ということは東皇四天でなく僕だけが狙いなのか? そりゃ好感度的に当たり前だけど……。


「おい龍馬ちん、いくらなんでも短すぎるだろ」

「でも杏先輩結構びっくりしてませんでした?」

「し、してないわ!」


 師匠はむきになって綾芽さんに反抗する。ってことはびっくりしてたんですね。


「それで……飛んできた紙、大丈夫でした?」

「……ああ大丈夫です。まあ僕は嫌われていますからね、これくらいは当然だと思います。あとでごみ箱に捨てておきますね」


 僕はそれをもう一度丸めると、ポケットの中にしまう。


「まあ学園の代表になるってことはそーゆーこったな。部室にもたまに怪文書とか送られてくるし」

「どんな感じのですか⁉」

「……やたら食いつきがいいな。龍馬ちんは『怪文書マニア』か何かなのか?」


 だってここに怪文書みたいなものがあるんですもん! ……あと怪文書マニアってどんなマニアですか。


「で、どんな内容だったんですか?」

「そうだなー、『めちゃくちゃにしてやる』とかそんな感じかな?」


 イットイズディィィィッス! それだよそれ! まさしくそれ! なんで師匠知ってるの、やっぱりエスパータイプなんじゃ……。


「そ、そうですか。それは怪文書マニアにとって有益な情報です。ありがとうございます」


 とりあえず話を合わせておかないといつか図星を突かれそうなので、今は『怪文書マニア』という意味の分からない趣味を僕の属性に追加しておく。


「やっぱり龍馬ちん怪文書マニアだったのかよ」

「まあそれなりには……」


「そうだな、怪文書に入るかはわからんが、個人に送られてくる『ラブレター式』もあるぞ」

「ラブレター式……?」

「ほら、オレたちってかわいいだろ? それで『俺とデートしてください』って来るんだよ。超怖くね?」


 それは普通に愛のささやきとかそんな奴だと思うんだけど……。東皇四天はラブレターをしらないのか?


「自分で言っちゃうんですね。……まあ、そうですね」

「かわいい……?」


 王華院さんの頬が近くで赤くなる。おっとっと、てっきり怒り心頭で『それは口説き文句か、ああ⁉』とか言われて手刀で首を切り捨てられる方かと思っちゃった。素直に照れてるのね。


「純恋ちんなんて毎月何通か来てるぞ」

「……ああ、そうですね。しかしそんなものはすぐに切り捨てています」


「首を?」


 おっと失言。僕は咄嗟に口を押えた。王華院さんの辞書には『切り捨てる(物理)』しかないと思っていましたよ。


「でも結局何もなかったんだけどなー。まあこの学園はいい子ちゃんたちが集まってくるよーな学校だし。内申を気にしてるんだろ」


 ただ、どうしようか。これをそんな感じに甘く見ていていいのだろうか。


『めちゃくちゃにしてやる』


 師匠が言うようにこの怪文書も『ラブレター』だったりするのか? まあ深読みすればそういうことととれるけどねこの文章も。……ってばりばり下ネタじゃねーですか。


 しかもこれ字体が完全に男だし。これがもし熱烈なラブレターの方ならば、僕は何かをウホッと失うではないか……。だめだ、そんなことを考えている自分も気持ち悪い。


 僕を脅迫しているのは確実だ。明らかに僕に恨みがある人ってことだ。もしかしたら何かされるのかもしれない。そんなことになってしまったら無力な僕は対抗すらできないだろう。覇王の化けの皮がはがれてしまう。張子の虎だとわかってしまう。


「それでは帰りましょうか」


 僕たちの会話にひと段落つくと、鈴蘭先輩が僕を含めて四人に声をかける。


 しかし僕はまだ行かない。


 僕は、決意した。


「ちょっと待ってください」

「あ、どした龍馬ちん?」


 声をかけたのは師匠だった。わが師なら何かしてくれるかもしれない。



「師匠! 僕を男にしてください!」



 …………。


 静けさだけが時間の上を歩く。


「下ネタ?」

「違うわ!」


「じゃあなんだよ」

「僕を稽古してほしい、ってことです。特訓してほしいんです」

「どうしたんんだよ急に……」


 僕はとても弱い。なにせ人生で腕相撲に勝ったことのない鈴蘭先輩に負けてしまうくらいだ。せめて対抗できるくらいには……。


「ほら……正式に覇王って宣言したわけですし、これから喧嘩とか売られてもおかしくはないですし」

「まあそうだな――」


 そうなの⁉ 覇王って喧嘩売られるの? 僕超平和主義者なんだけど!


「ちょっと考えてやるよ」


 師匠はそう、言ってくれた。

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