伊坂先生の結婚

オレンジ11

第1話 電話

 伊坂和哉は市庁舎でのレセプションを途中で退席し、足早に中央駅に向かっていた。


 二月のA市。

 空気は澄み、月明かりが降り積もった雪を青白く照らしている。刺すような冷気が身体を包む。


「産んじゃったの。でも早産で。すごく小さいの。障害が残るかも」


 レセプションの最中にかかってきた電話に出ると、理世が唐突に言った。

 声が震えていた。


 この三か月ほどの間、伊坂は多忙を極め、理世に会っていなかった。電話で何度か話してはいたが、特に変わった様子はなかったはずだ。それなのに――。


 理世とはもう六年も付き合っていて、でも最初から、伊坂は結婚するつもりはなかった。はっきり伝えてあった。自分は、家庭を持つとか子供を育てるとか、そういうことには向かないのだと。


「気にしない。一緒にいられればいい」


 理世がそう答えたので、今の関係に納得しているものとばかり思っていた。 

 それが、まさか自分に隠して子供を産むとは。


 電話を切る間際、理世は嗚咽しながら、絞り出すような声で言った。


「罰が当たったかも……」


 色々言いたいことはあるが、放っておくわけにはいかない。最終便で東京に戻った方がいい。そう伊坂は判断した。


 面倒なことは避けたいはずなのに、問題が起きると関わらずにはいられない―そういう矛盾したところが伊坂にはあった。

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