深海姫
くらい海を前に、私は一人立つ。
車を使いたくないから舟出勤したいと言っていた彼が、スーツ姿で白い舟の縁にいて、
まぶしい空の下で風を受けている姿を幻視した。
忙しいと言い続けたあの人は今、どこへ向かっているのだろう。
二人の冒険はいつまでも始まっていなかった。
私は波の打たない海面を眺めた。砂を踏む、踏む。
晴れやかな酩酊、どこまでも沈んでいけそうだ。
海面に映る夜景は、二人で行った遊園地のイルミネーションを思わせた。あの灯りに吸い込まれてしまえば良かった。
いったい何人をあの遊園地に誘い込んだんでしょうね。
話題に出た変なホテルの方には結局行けなかったね。
代わりにたどり着いたのは……。
海水が足にふれる。思ったよりもぬるい。
さあ、海の弁天さんとやら、私を受け入れてください。
深呼吸をして、一歩二歩、海の中へ踏み出していくにつれ、感覚が鈍くなっていく。
最後に一度だけ、砂浜を振り返る。
次の夏も、街の子供たちと一緒にサンドアートを作りにここに来るのかなあ、
いつかは自分の子を持ち家族だけで来ることになるのかなあ。
向き直ると私の下半身がもう海に潜り尾ひれになっていた。憧れの人魚姫だよ。
結ばれなかった者の最後……。
でも私は光は目指さない。ひたすら海の底へ、底へ沈んでいく。
腰から上へうろこが生えていく。目がもう何も見なくてもよくなる。
私の想いは深海魚、あなたの海の底を這うように漂い続ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます