一日三善の殺し屋
平野武蔵
一日三善の殺し屋
8月10日 午後6:30
殺し屋だからって俺を悪人だと思っちゃいけない。
殺しは仕事だからやってるだけで、別に好きでやってるわけじゃない。
多くの人は仕事のために自分を偽るはずだ。
黙りたいときにしゃべり、泣きたいときに笑い、悪態をつきたいときにお世辞を言い、座りたいときに走り、恋人とおまんこしたいときにオヤジとゴルフをする。
それと同じだ。殺したくないけれど仕事だから殺す、ただそれだけのことだ。
悪人じゃない証拠に俺は一日三善を心掛けている。
一善じゃない。
二善でもない。
三善だ。
それでは、俺が今日した三善を第3位から発表しよう。
第3位。
道端のごみを拾った。
マクドナルドの紙袋だった。
ちなみに俺はバーガーキングがキングだと思う。
第2位。
泣いていた猫にコンビニのツナマヨおにぎりをあげた。
どうも俺は泣いているものに弱い。人間だろうと動物だろうと。
あ、殺しのときは大丈夫だ。泣いて命乞いをされる前に殺してしまうから。
泣く前に殺してしまえホトトギス。
そして栄えある第1位は・・・
・・・交番に財布を届けた。
ターゲットを抹殺した直後のことだった。
ボスに完了報告をしようと電話ボックスに入ると緑色の電話機の上に女物の長財布が置いてあった。中を見てみると現金が15万2千円とキャッシュカードやクレジットカードや美容院のメンバーズカードなんかが入っていた。
あまりにも善人の俺はその財布を見つけたとたん、こりゃいかん、忘れたた人はさぞお困りのことだろう、と財布の持ち主に同情してしまい、急いで近くの交番に届けた。
ボスに電話するのも忘れて・・・
「あのう、あそこの電話ボックスに財布が置いてあったんですけど」
交番に入るなり俺がそう言うと、警官は黙って俺を見た。
見るというよりは観察するような目つきだった。
あるいは俺がそう感じただけかもしれない。
殺し屋を生業にしていると警官の前に出るのはたいへん居心地が悪い。疑心暗鬼になりもする。
それでも、警察に届けたいと思うほど、俺は善人であり、一日三善に命をかけてるくらいなのだ。
「それはどうも」
怪訝なまなざしを向けたまま警官は言った。
「
警官は俺を引き留めようとした。
俺が暗殺集団
身体のどこかに血がついているだろうか。俺はとっさに自分の手や身体を見渡したがクリーンだった。遠距離から銃で仕留めたのだから血がついているはずはなかった。
「あ、書類はちょっと・・・」
「すぐに終わりますから」
「字が書けないんです」
これは本当だった。
「こちらで書きますから大丈夫ですよ。いつどこで拾ったか詳しく教えてくれませんか」
面倒なことになった、と困り果てたそのとき交番の電話が鳴った。
「はい、黄昏のレンガ路交番です。…え?」
警官は言葉を切って俺を見た。
目に浮かぶ疑いの色が濃さを増していた。
受話器を耳に当てたまましばらく黙っていた。
そのあと俺に背中を向けて何やらひそひそと受話器にむかってささやいた。
何を言っているのかは聞き取れなかった。
一般市民である俺に聞かれてはマズイ内容なのか。
それとも殺し屋である俺に聞かれてはマズイ内容なのか。
警官が話している間に駆け足で逃げてしまおうかとも思ったがそれは善人のやることではないと思いとどまった。
落とし物をまた拾ったりしたら警察に届けなくてはならない。
ここで逃げたら警察に今後、落とし物を届けることができなくなってしまう。
通話を終えた警官は一枚の紙を手に俺のところに戻って来た。
「お待たせしてすみません。どうぞおかけください。すぐに終わりますから」
俺は仕方なく腰をおろしカウンターを挟んで警官と向かい合った。
「女性物の財布ですね。そこの電話ボックスで見つけたんですね?」
俺は頷いた。
「何時ごろでしょう」
「たった今ですよ。見つけてすぐに来たんだから」
「ところで、電話ボックスには電話をかけるために行かれた?」
「当たり前でしょ? 電話ボックスに風呂入りに行くやついますか?」
「ははっ、確かに。ちなみにお仕事の電話ですか?」
「それって関係ありますか」
「いや、もし差支えなければ」
「答える必要ないでしょう」
「ええ、もちろん答えてくださらなくてけっこうです。ちなみに電話ボックスに入る前はどちらに?」
やはり、こいつは俺を不審者だと疑っているのだ。
だが、まさか俺がたった今、人を殺してきたことまでは知るはずがない。
「それも関係ないでしょ?」
「いや、ほら、例えば来る途中で財布の持ち主かも知れない女性とすれ違ったとか」
「そういえば女性とすれ違った気はするな」
うん、確かに気がする。
「ほら! ね? どちらの方角から来ました?」
「えーと、あっちですね。電話ボックスの東の方から西に向かって歩いてきたんです」
俺はここで嘘をついた。
俺は電話ボックスの西にあるマンションでターゲットを殺害してきた。
つまり西から東に歩いてきたのだ。
「電話ボックスの東って言うと、あれですね、ゲイバーがありますよね。あれ、なんて言ったっけなあ」
「『つぶらな瞳』でしょ」
「あ、そうだ! よくご存知ですね。もしかして行かれたことあります!?」
「まあね、よく行きますよ」
「そうなんですか。私は行ったことないんですけどね。もしかして、そっちが好きだとか」
「まあバイですよ。どっちもいけます。ってこれも関係ないでしょ」
「いやいや、まあ、世間話みたいなもんです。全然、気にしないでください。こういう仕事やってるといろんな人に会いますから。偏見なんて少しもないですよ」
と、ドアが開いて二人の警官が入って来た。
「お疲れ様です」
仲間が来たとたん、目の前の警官は態度を変えた。
「電話ボックスに来る前はどこにいた?」
「どこだっていいでしょ」
「さっき話した『つぶらな瞳』に最後に行ったのはいつだ」
「関係ないでしょ」
「そうでもない気がする」
「は、何言ってんすか?」
「答えろ」
「昨日行きましたよ」
「何時ごろだ」
「11時ごろかな」
「夜の11時か」
「当たり前でしょ。昼の11時はやってませんよ」
「『つぶらな瞳』のオーナーを知ってるか」
「知ってますよ。あの店通ってるやつで知らないやつはいないですよ」
「昨夜はオーナーに会ったか」
「会いましたよ」
「話はしたか」
「しました」
「いつもと違う様子は?」
「とくにありませんね」
「あんたは昨夜11時ごろ『つぶらな瞳』に行きオーナーと話した」
「そう言いましたよ」
「今日の昼11時ごろじゃないのか」
「違いますよ」
「じゃあ、今日の昼11時ごろはどこにいた」
俺は、言葉に詰まった。ターゲットの住むマンションに向かっているころだった。
「答えられないのか」
「答えないとならないスか」
「答えた方がいい」
「『つぶらな瞳』にいました」
俺はまた嘘をついた。
実は開店前の「つぶらな瞳」にはよく行く。オーナーと一発やるためだ。かといって俺はオーナーの恋人ではない。こんな奴が他にもわんさといるはずだ。俺はバイだが、オーナーは完全なホモでチンポが大好きだった。いろいろなチンポをくわえているはずで病気をうつされないように気をつけなければならなかった。
「『つぶらな瞳』で何をした」
「オーナーと話をしました」
「話だけか」
「いえ、実は一発やりました」
「どういうことだ」
「俺の大砲を喰らわせたということです」
「大砲か」
「大砲です」
「一発だけか」
「いや、実は2発」
「2発だけか」
「3発のときもあります」
目の前の警官が、視線を遠くにうつし、それから頷いた。
背後から2人の警官が俺を取り押さえた。
「クソ暑いのにスーツなんか着やがって」
一人の警官がそう言いながら、俺の身体をまさぐった。
胸ポケットに隠していた銃とズボンのポケットに仕込んでいたジャックナイフが見つかった。
手を後ろ手に回された。
冷たい金属が両手首に当てられた。
「銃刀法違反の容疑で逮捕する」
※ ※ ※
8月10日 午後3:15
冷たいものが頭頂部から伝うのを感じ、サキは暗闇から引き上げられた。
開かれた目に、滴したたり落ちる雫しずくが入り込んできた。
声を上げようとしたが
身体は椅子に縛り付けられ身動きが取れなかった。
わけが分からず、もがき、縛られた己の身体を見下ろして自問した。
こ、これは…?
タクシーを降りたところまでは覚えていた。そこから先の記憶がなかった。
ふとスニーカーを履いた両足に視線が行き着いた。
そのままなぞるように視線を上に這わせていった。
九一だった。
やかんを手にサキを見下ろしていた。
表情はなかったが、瞳の奥に憎悪が渦を巻いていた。
九一はヤカンを放り投げた。
フロアを打ち、大げさな音が響き渡った。
何、これ! いったい何なのよ!
サキはそう言ったつもりだが、やはり言葉にはならなかった。
口枷を咬まされた唇の端から涎が垂れ下がった。
「シッ」
九一は唇の前で人差し指を立てた。
サキに顔を近づけ、サディスティックな笑みを浮かべた。
「縛られるのは嫌いじゃないだろ?」
これは一体何なのよ⁈
サキが再び言葉にならぬ声を発すると、九一がその頬を張った。
鋭い音がフロアに響いた。
サキの口内に血の味が滲んだ。
「分かってる。これから説明してやるよ」
九一はうつむきながらサキの周りを歩き始めた。右の拳で顎を軽く叩いていた。考えるときにやる彼のクセだった。どこから始めるべきかを思案していた。
九一は歩きながら話し始めた。
「先日、MBウイルスの検査を受けた」
九一は言葉を区切った。サキの反応を伺うためだった。
その言葉だけで十分だった。
サキは理解した。
なぜ自分がこのような目にあっているのか。
バレたのだ。
自分がMBに感染していることが。
そして、九一を感染させたことが。
九一は続けた。
保健所の前を通りかかったら行列ができていたこと。
MBの抗体検査を待つ列だったこと。
MBは現在、爆発的に流行しており性行為が主な感性ルートであること。
自覚症状はまったくなかったが、気になったから試しに受けてみたこと。
「結果は・・・陽性だった」
サキの予想通りの展開だった。
何も言うことはできなかった。
「これから質問をする。首を振って答えろ。Yesなら縦に、Noなら横に。いいな」
サキは頷いた。
九一は深く息を吸い、吐いた。
そして、質問をした。
「…お前は、MBか」
サキはうつむいた。
それはイエスを意味したが九一が欲しいのは明確な意思表示だった。
「聞こえたか?」
「・・・」
「答えは分かってるんだ。ただはっきりさせておきたい」
サキは返事をしなかった。
九一はサキの髪を掴み、顔を上げさせ、再び頬を張った。
「聞いてんのか?」
サキは睨みつけるように九一を見上げた。
「もう一度聞く。お前はMBか?」
挑戦的な視線はそのままでサキは無言を貫いた。
九一は頬を張った。
「お前はMBか?」
「・・・」
再びの張手。鼻血が滴り落ちた。
「お前はMBか?」
サキはやはり答えなかった。
九一は靴底でサキの上体を蹴り倒した。
サキは椅子ごと後ろに転倒した。
九一に
九一はサキの上体をまたいで見下ろした。
手にはいつの間にかサバイバルナイフが握られていた。
ナイフの柄を指先でつまむようにしてぶら下げた。
刃先はサキの顔に向けられていた。
サキは首を左右に動かし、今にも落ちそうなナイフを避けようとした。
残忍な笑みが九一の顔に広がった。
MBウィルスの検査結果が出て以来、サキには死ぬ覚悟ができていた。
しかし、サバイバルナイフに刺されて死ぬのは望むところではなかった。
「ショーはこれからだ」
そう言って九一はナイフをズボンのポケットにしまった。
背もたれを持ってサキの椅子を起こした。
「これから裁判をする。俺が裁判官。お前は被告人。裁判官が判決を読み上げるところから始める」
九一は振り返ると誰もいない傍聴席たるフロアを見渡し、再び被告人に向き直った。大袈裟に咳ばらいをし、サキの周囲をゆっくりと歩きながら判決文を読み上げた。
「被告人は自らがMBウイルスに感染していることを知りつつ、その事実を隠蔽し被害者と性的な関係を持った。己の欲望を最優先にする被告人の身勝手な行為は非人道的であり、到底承服することはできない。よって被告人は…」
九一は立ち止まりサキと向かい合った。
ナイフを取り出し、高々と掲げた。
鋭利な刃がスポットライトを受けて残酷な光を放った。
「死刑!」
一日三善の殺し屋 平野武蔵 @Tairano-Takezo
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