七、家族みたい



「今日はもうやめましょうか。」


「えっ!今日も全然出来るようになってないよ?」


カルメンのその言葉に僕は手元への集中を中断する。

あと少しで出来てたかもしれないのに!…いや、多分そんなことはないだろう。


「…だからです。センはそもそも魔法に向いていないのかもしれません。」


「えー…資質みたいなこと?」


「…そうです。今日まで全属性の魔法を試してみました。前にも話した専用の道具があれば手っ取り早かったんですけどね。」


確かに火、水、風、土、闇、光すべての魔法を試してみたけれど、どれも出来そうになかった。わくわくしていたのだけれど…まぁ、出来ないものは出来ない。


「…そっか。まぁ駄目なら仕方ないかも。」


「意外とあっさりですね。」


「うん。もちろん興味はあったけど出来なさそうならしょうがないよね。カルメンにも迷惑がかかるし。」


そもそも覚えていたら皆の役に立てるかもしれないって考えてただけだし。このまま粘ってもカルメンに無駄な苦労をかけるだけだろう。


「…別に私は迷惑だと思っては…」


「はは…まぁ、今まで教わった通り自分でちょくちょくやってみるよ。ありがとうね。」


カルメンはやっぱり優しい人だ。ぱっと見は気だるそうで接しにくそうだけれど。今も僕に気遣って迷惑でないと言ってくれたのだろう。


でも、彼女は非常に体が弱いのだ。今日は大丈夫でも必ず負担になるだろう。

目を細めてこちらを見る彼女を尻目に僕はへらへらと笑って、立ち上がる。


「ねぇ。魔物ってもう落ち着いたのかな?」


「…すっかり数が減ったみたいで、様子も前と同じくらいには落ち着いたらしいですよ。原因はまだわからないみたいですけど。ジャンさんはそう言ってましたね。」


「そっか。じゃあもう出かけても大丈夫かな?」


「…多分大丈夫ですけど。あまりお勧めはしません。コラリーさんが所々、魔法で罠をしかけてくれたみたいですけど安全と言い切れるわけではないのですから。」


「うん。そうだね。あまり遠くには行かないようにするよ。」


「…懸命です。」


そう言ってカルメンは少しはにかんだ。今日は体調が良さそうでなによりだ。


「カルメンは外に出たいとか思わないの?」


「…思わなくはないですけど。町の癒術士のところに行く時にいくらでも見れますからね。」


「それじゃあ具合悪い時しか見れてないでしょ。」


「ふふ…そういえばそうですね。」


カルメンは口元に手を当てて笑うと、窓の淵に置いてある鉢植えを眺めた。


「…外に出る体力もありませんし、外に出て出来ることもありませんからね。」


「そっか。」


「…それがどうかしましたか?」


「ただ気になっただけだよ。」


「そうですか。」


彼女は息を吐くと、体を伸ばしてうーんと声を漏らした。本当は体が弱いのは昔何かあったからなのかなって気になったからなのだけれど。


カルメンはあれから彼女と話したのだろうか。

まだ数週間しか経っていないが、彼女はあれっきり僕の前にめっきり現れなくなった。

少し寂しいような気はしたが、僕はだんだんとそれに慣れていき、彼女がいないことが当たり前になっていた。




◇◇◇




「あ〜センにいちゃん見つけたっ!」


「見つけた!またカルメンちゃんとあそんでた!」


部屋を出ると示し合わせたように元気な2人が廊下をかけてきて僕の腕に掴まる。そういえばあれから変わったことはないと言ったけれど、皆との距離は多少近づいたと思う。


やっぱりこの2人の顔を見ると僕も元気になっていつもよりはしゃいでしまう。


「うわ〜見つかっちゃった!」


「わたしたちともあそぼうよっ!」


「カルメンちゃんだけずるいよ〜!」


「よ〜し!じゃあ何しようか!」


ジョスは2人で皆の帰りを待ったあの日からより僕と仲良くしようとしてくれているし、マルは魔獣を倒した僕を「かっこいい!」と言って慕ってくれるようになった。


…呼び方を変えたのはカルメンとニコラを呼び捨てにしているのを見た2人にずるいずるいと言われたからである。しかし、2人を愛称で呼べることは僕も本当に嬉しい。そのせいか、僕は彼らに遊ぼうとねだられると断れないし、ついつい遊び過ぎてしまう。




◇◇◇




「…それで遅れた、と?」


「…ついついはしゃぎすぎてしまいまして。」


「まぁ、一度始めたことだから最後まで付き合うけどな。」


「ごめんね。」


ニコラはため息をつくと、へへへと笑う。僕から頼んだのに申し訳ない。


僕はニコラに自分の能力について調べることを手伝ってもらっていた。

この前発現したような力。魔獣の骨を砕く握力や石を勢いよく投げられる腕力などが日常生活で現れたらとんでもなかったが、どうやらその心配はないらしい。今まで調べてみてわかったことは普通に生活する上で傷のつかない皮膚以外常人と大差ないようだった。


そうとわかった時、皆と普通に接することが出来ると思って、ひどく安心した。


ルクレールの話を聞く限り、力が発現するのは魔獣などと対峙した時のような危険な状態、または僕が記憶を取り戻した状態になったときなのだろうか。


「…今日は何をするんだ?」


「もうほとんど終わったと思うけど…最後にもう一度皮膚のことを確かめたくてさ。」


「それでここにしたのか。」


「うん。コラリーさんにもちゃんと了承してもらったし。」


僕たちはこの前ニコラが1人で来ていた平地に来ていた。ここに魔獣が現れたのは近頃続いていた魔獣の凶暴化による影響だったようで、大変稀なことだったそうだ。


ジャンさんはここで魔獣の解体などを行うらしく、普段はここに魔獣が嫌がる薬草の粉末を撒き、魔獣が寄り付かないようにしているらしい。


あの事件のあとは魔法による罠や撒く粉末を増やし、より安全にしたようだ。行くためにはジャンさんかコラリーさんの了承が必要になったけれども。


「この前試したのは刃物による傷だったよね?今日は打撃による傷はどうなるのか試してみたいんだ。」


「わかった。でも、痛みは感じるんだろ?あんまりやらなくてもいいんじゃないか?」


「軽くでもいいからさ。」


「…別にいいけどさ。」


しぶしぶ拳を構えてくれるニコラ。


僕はふと自分の足元に目をやるとなんだか見覚えのあるやや長い木の棒が転がっていた。

なんだっけ?…思い出した。ここで魔獣に襲われた日のことだ。僕はそれを拾い上げた。


「ニコラは棒術とか習ってたりした?ここで練習してたよね?」


ニコラは心底驚いたような顔をしている。


「…見てたのか。」


「魔獣に襲われた日にちょっとね…覗き見るような真似してごめん。」


「…いや、いいんだ。別にどうしても隠したいことじゃない。それにあの日は助けてもらったし。」


「でも、隠さなくてもいいんじゃない?僕は武術について何にもしらないけどすごく上手に見えたよ。」


「…あー…そっか。ありがとう…」


ニコラは頭を掻きながら照れ臭いのか歯切れの悪い返事をした。


僕が渡した木の棒をしぶしぶ受け取ってくれた。


最近、ニコラのことが少しずつ分かってきた。彼は一見無愛想だけれどとても素直で、友達想いなのだ。

僕に対して当たりが強かったのは特殊だったようだ。まぁ、その理由も大体の予想はついていたので僕は何も言わない。


「ねぇ。それで僕に攻撃してくれないかな?」


「えっ…」


突然、ニコラの動きが止まる。何だか顔も少し青ざめているようだ…何か失言をしてしまっただろうか?


「嫌なら別にいいんだよ。無茶言っちゃったかな?」


「……」


彼は何やら考え込むように口に手を当てている。


「…いまさらカッコつけても仕方ないか。」


「ん?」


「人に向かって攻撃できないんだ、俺。昔あったことが原因でさ。」


ニコラは俯いてそう言った。硬く握られている拳からは彼の決心が伺えた。


それは彼にとってあまり人に話したい話題ではないのだろう。それでも僕に話してくれた、それが非常に嬉しかった。


「…何があったのか教えてくれないかな?」


「え?」


「簡単に人に話せるようなことじゃないんだよね?

でも、僕は君と友達になった。君は僕を手伝ってくれたんだ。少しでも君の重荷を抱えたい。」


「でも…」


僕は彼の表情を見て、少し後悔した。気分に流されて不快な気分にさせてしまったかもしれない。聞き方も少し強引だったかも…


「あ…ごめんね。少し急だったね。今すぐにじゃなくてもいいんだ。

いつか話してくれたら嬉しいなっていうか…ごめん!き、今日はとりあえずもう帰ろうか!」


慌てる駈け出す僕を見て硬い表情をしていたニコラは微笑んだ。


「…なに焦ってんだ。ごめんな…そのうち話すよ。まだ自分の中で整理できていないんだ。」


「わかった。待ってる。」


そういえばそもそも自分の体について調べようとしていたのだったのだ。

僕らはそのあと、軽く僕の皮膚を叩いたり、殴ったりした。結果は刃物の場合と大して変わらず、あまり意味のない結果に終わった。




◇◇◇




僕たちは帰路についた。笑ったニコラを見て僕は浮かれていたのかもしれない。


僕らはだらだらと話しながら歩いていた。その時、彼の方を見て後ろ向きに歩いていたら小石につまづいてしまった。よろめいて道を外れてしまったのだ。その上、今まで木々に阻まれて気がつかなかったのだけれど、その先は崖のようになっていたのだ。


「センッ!!」


「うわぁぁぁ!」


僕はそのまま崖深くに落ち…なかった。よかった。僕はほとんど無傷だったのだ。


本当に落ちたかのように叫んだのが恥ずかしい。


崖のすぐ下には、飛び出た岩場のようなもの続いており、今まで鬱蒼としていたのが嘘のように森が開けていた。先ほどまでのことなんて忘れて、知らない道を見つけて僕はわくわくしていた。


「センッ!大丈夫か!?」


「うん。それより…」


僕は辺りを見回す。どうやらこの先はそのまま進めるようだったのだ。


「…こっちって来たことある?」


「いや、今まで気がつかなかった…なんだ…こっちにも道があるのか?」


「ちょっと行ってみない?」


ニコラは少し困ったような表情をしたけれど、僕の後についてきてくれた。


しばらく歩いていると切り立ったようになっており、今度こそ本当に深い崖のようになっていた。どうやらもう行き止まりのようだ。長い道のりになるかもと考えていたのだけれど、少し残念である。


「…何もなかったね。」


「いや、セン。周り見てみろよ。」


僕は言われるがまま崖の下を見ていた顔を上げた。


そこから見える景色は木々に遮られていないためか、非常に清々しく、美しかった。世界が何処までも広がっているように見えたのだ。密集した木々の先に賑わっているであろう街のようなものが広がっており、ほのかに薄暗いためか様々な暖色の光が灯っている。


「…綺麗だね。あの光はなにかな?」


「魔物避けか何かの効果があるらしいぞ。あっち側は栄えてるからな。」


「…そうだ!今度、カルメンも連れてきてあげようよ!」


「えぇ!?なっ、なんでカルメンの話になるんだよっ!」


「ずっと寝たきりだとさ、外の景色を見ることが出来ないんだろうなって。この景色を見てもらいたいなって思っただけだよ。」


「あぁ…そういうことか。」


「カルメンの話になるといっつもそんな反応するよね。」


「な、な、何言ってんだ!!」


「うわ〜怒った!逃げろ〜!」


僕は慌てて踵を返すと、逃げるように元来た道を駆けた。

ニコラも顔を真っ赤にして僕を追いかけるために走ってくる。


まただ。なんだかひどく懐かしいような気持ちになる。

マルセルくんやジョスリーヌちゃんと遊んでいる時も思うんだ。





その日、カルメンの容態は急変した。


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