・第三&四話総集編「この呪わしい世界に反逆を!(後編)」

・第三&四話総集編「この呪わしい世界に反逆を!(後編)」



〔以下、第四話「傭兵名無ナナシ逸れ旅・無謀編~我は放つ○の○○~」より〕


 本来は村人達の家畜の良い草食み場であったであろう草原を抉る泥むき出しの塹壕と、民家を壊した廃材や略奪した馬車、伐採した木で作った防護柵。過去の混珠こんじゅに存在しなかった勇敢と正反対の打算と保身の塊のような布陣を取り、異界の武器たる銃の眷属を携え、その邪知で外道を謳歌してきた傭兵達は、此度も勝利を確信し、眼前の敵を打ち倒した後の戦利品と役得を思い舌なめずりしていた。相対するのはその対極、民に危機あらば即座に駆けつけ、平坦で負担を強いる事なく少数精鋭で解決するために法術と騎馬戦術を発達させてきた混珠こんじゅの騎士道。


「銃……あれに私達は、何度も敗北したわ。皆、殺された。兄上も、父上も、太刀打ちすら叶わず。遺されたのは私の様な女達と、今この場にいる従士老兵だけ。私に出来たのは、逃げ延びる事だけだった。……勝てる、かしら、私なんかに」


 しかしその騎士道は窮地に陥っていた。馬上で傭兵団と対峙しながら一門最後の当主たる姫、ユカハは、自責を噛み締めて後、問うた。そんな自分に助太刀すると決めた少年に。


「勝つさ。いや、姫さん、あんたが俺達を勝たせてくれる。だから俺達が姫さんを勝たせてやる。外道の行いで正道を嵌める手合いを、外道を知ってその道に罠を敷くのが俺達の戦法。姫さん達が今まで戦っていてくれたから、俺たちゃあいつら〈武器と死の悪魔団〉以外の傭兵団相手に実戦場数を踏めた。姫さん達が民を守り逃がすために動いてたから、俺達は姫さん達と出会えた。姫さんが生き延びて情報を伝えてくれたから、奴等のやり口を知れた。知れば、勝てる。姫さん達と俺達、一緒ならな。さ、行こうや」


 名無ナナシと名乗る少年は黒い革防衣レザーアーマーを纏いその上に鉄鞘の短剣を何本も連ねて追加装甲代わりに帯びた出で立ちで、瞳に冷徹さを、唇には戦意を乗せた表情で敵を見据えていたが。ユカハの呟きに彼女を向き、表情を屈託のない感謝の笑みに変えて答え励ました。ユカハは心が暖まるのを感じた。銃に追いたてられ避難民と落ち延び、仲間とはぐれ山賊に捕まったのを助けてくれた時も、いつも、彼の優しさは強いのだ。そう、彼は騎士と共にその側に立つ。騎士団と傭兵団の共闘。混珠こんじゅにおいて稀有な事象だが、そこには理由があった。


「……ええ! 行くわよ、皆! 自由守護騎士団、責務を遂行する!」

「〈無謀なる逸れ者団〉、やるぞ! 〈いつか俺達が最後の傭兵となる為に〉!」


 ユカハが同様に騎乗待機する郎党達に宣言し、同時に名無ナナシもまた彼と似た革防衣に各々得手に合わせた装備を加えた仲間達に号令する。戦を始める決意を込めて。しかし一見して、余りにも儚げに。騎士団はユカハが語った通り殆ど敗残兵の体で、そして名無ナナシの率いる傭兵団は、こちらは壮健だがある意味騎士団よりも悲惨だ。


「おお! クソ野郎共に目にもの見せてやるぜ!」

「……村が焼かれてから一年、やっとあいつらを焼けるんだ、やってやる……!」


 口々にそう言い、準備にかかる〈傭兵〉達は、皆隊長として振る舞う名無ナナシの姿と同じ十代前半の子供達だ。そう、まさに団名通り無謀。そして、逸れ者。傭兵が広まり、合戦が戦争に堕落したこの時代によって、傭兵達により村を焼かれ親を殺された戦災孤児達の、傭兵と戦う為の復讐の傭兵団なのだ。


「奴等、今回も楽勝と思ってやがるんだろうよ。やってやろうぜ、本家じゅんけつエルフ。俺のお袋を廓で死なせて、皆の家と親を焼いて、お前を森から攫った奴等。皆、皆、っちまおうや」

「うん! さあ皆、弓と投紐を! ボクの作った森の精油と岩山の兄弟が作った山の精油を! 《風よ、飛ぶ物を導いて。祈りを届けたように、飛ぶものを届けて》!」


 防御柵の向こうの動きから薄汚い大人の打算を見抜き、名無ナナシは藍色の革防衣を他より少し飾り立てたミレミと、二人の後ろに参会し下知を受ける戦火が集めた義兄弟達に告げた。その言葉にミレミは愛らしい声で答え術を紡ぐ。錬術れんじゅつを除く混珠こんじゅの術は基本的には神や精霊や魔の持つ世界法則へのアクセス権を進行を契約とし精神力〔気力テンションの低下や精神的疲労や思考の為の栄養エネルギー消費、思考力や感覚の一時低下や脳神経への損害等〕や体力〔肉体的疲労や代価としての負傷〕の消費を使用料として借り受ける行為で、それらと繋がれる領域への精神集中と祈りの混合が呪文であるが故に個々で詠唱の仕方が異なるが、ミレミのそれは歌のように美しかった。


「「「おおーっ!」」」


 歌の導きに従う少年少女の叫びと共に、弓弦が鳴り投紐が風切り放たれる矢玉。だがそれを〈武器と犠牲の悪魔団〉の傭兵共は嘲笑った。その理由は彼等が未だ発砲していない事から伺える。飛び道具には最大射程距離と有効射程距離という物がある。この距離では届くまいし届いても害に成る筈が無い、銃への恐怖の余り距離を見誤ったぞ馬鹿共が、と。異界の下僕となった愚者達は、己が世界の力を忘れていた。


「姫さん、魔剣を! 制御はミレミがやる!」

「分かったわ! 《風の如しルフシ・バリカー》よ! 《剣風・竜巻》!!」


 伝統を軽んじた者達に、しかるべき末路が訪れる。ミレミの心と祈りが風を導く。それに、ユカハの風の魔剣の幾つかの用法のひとつ、強風斬撃の最大出力が力を加えた。放たれた矢は初歩的な術により無詠唱で着火された火矢。投紐で投擲されたのは、精油を込めた油壺。その両者を風が加速し射程を増し、さらには精妙に制御された横風としてその狙いを誘導する。《風の如しルフシ・バリカー》の援護だけではなく、〈多くを捧げればより多くを得る〉という術の法則を利用し、ミレミは体力気力をより多く振り絞る事で、風の魔法とそれが支援する矢と油壺の射程をより延伸し、風の制御誘導能力を限界以上に増大させていた。風が精油を導き、撹拌し、火矢と接触させる。小さな火が空から滴る。火を消さず煽り飛ばす絶妙な風が吹く。それはあくまで風に舞う飛沫の範囲、人を害せる程の力は無いが……


 BABABABABABABANG!!


「ぎゃあああ!?」「熱、痛えええ!?」「爆発が、刺さっ、げぶっ……!?」


 恵んで貰った授かり物を付け焼き刃の知識で扱った報いが、傭兵達を守る筈の塹壕を殺し間に変えた。小さな火は風によって繊細に操られ、通常の火では不可能な精密さで装填され塹壕内に置かれた火縄銃の火皿と各自が帯びる火薬と鉛玉を納めた胴乱の中に飛び込み、着火した。暴発した火薬と鉛玉は塹壕内を荒れ狂い、傭兵達に鉛玉や胴乱の破片が突き刺さった。そしてそれは塹壕と防護柵に阻まれその内で炸裂、子供達と騎士達は無傷!


「今よ! 名無ナナシ、支援続けて! 《牧神テフハエツラよ、我等が愛馬に速さと力と鎧を》!」

「はいやっ!」「はぁっ!」「おおーっ!」


 その隙を突き騎士達が突撃! 法術の力場障壁を纏い速度と衝撃力を爆発的に増大させた騎馬突撃は更に馬鎧の硬度と質量を合わせる事で弓や弩程度弾き返し、弓騎兵パルティアンショットにも攻撃法術で応射可能。防御陣に対しては攻撃法術では破壊には不足だが、突撃なら塹壕を飛び越え防御柵とて粉砕可能。多数の銃を備えた陣地には突撃を完遂する事敵わず弾幕に敗れたとはいえ、その敗れた過去ですら轟音に怖じる騎士等魔法を知る混珠こんじゅには無く、まして友軍の智恵を信じる今、その勇気は塹壕の底で爆発した以外の、未だ敵の手に残る銃すら恐れぬ。


「ち、畜生! 野郎共! 撃て! 撃てーっ!!」

「護符持ち総員構え、支援詠唱!」

「《力を》!」「《心を共に》!」「ミレミ、行使支援今!」


 GATYA! GATYA! GATYA!


「《そらの海よ地の海よ、天の海よ風の海よ! 波濤を下さい、洗い清めて》!」


 生き残りの兵に既に装填済みの手持ちの銃は無事だと怒号する敵の叫びと、名無ナナシの号令、それに従い精神力譲渡の使捨簡易付与の施された護符でミレミを回復する子供達の声、混乱から立ち直り銃を構え直す敵兵の動き、そしてミレミの詠唱が交錯し。


 DOPPAAAAAANN!!


「ぶわああっ!?」」「水!?」「か、火薬がぁっ!? 畜生、雨避けが!?」


 ミレミが次に呼んだのは水、それも雨程度ではなく本来相手を転倒させる為の高圧放水にも勝る大量の《波濤》。団員皆の精神力集中贈与で消費精神力リソースを拡大したそれは敵の前線を洗い流し、暴発させたら此方に弾丸が飛んで来る危険のあった敵が構え狙う火縄銃を水浸しにした。


 火縄銃には本来、並の雨程度の悪環境でなら運用を可能とする為の消えにくい火縄と、雨を火皿に入れない為の革の覆いを着けることが出来る。だが、銃身が完全に水で満たされ射手が転倒する程の圧倒的水量の前には、無駄で、無意味!


(無駄じゃなかった! 無意味じゃなかったんだわ……私は、皆は!)


 歯を食い縛って涙を堪えながらユカハは突貫し、撃砕した。仲間達の戦いと死は無駄ではなかった。それが火を使い生み出す爆発を弓弦の代わりとする事も、その火が少々の雨程度には耐えるが川に転落したあとには使えなかった事も、ユカハ達がその身を弾雨に晒しながら目撃した情報で、それが無ければいかな名無ナナシとてこうは策を整えられなかった。


「《風の如しルフシ・バリカー》、《剣風・旋風》! やぁあああああっ!!」


 さあ、今こそ逆襲と報仇と応報の時。ユカハが繰り出した魔剣が、渦巻く風が回転馬上槍ドリルランスの間合いを持って敵を貫く。銃が戦場に現れる以前、法術で弓と弩を突破していた混珠こんじゅ式騎馬突撃の再演。異界の力に魔法を束ねる智恵と絆と勇気が抗い、勧善懲悪、あるべき形を再現する!


「ぎゃーっ!」「ひぶうっ!?」「畜生、何で今更! 時代遅れの騎士共にっ!」


 〈目を細め笑う悪魔〉の意匠を施された鎧兜に身を包んだ〈武器と死の悪魔団〉の団長は、分厚い鎧により辛うじて負傷少なく塹壕から転げ出たが、その悪態は部下共が踏み潰され突き殺される悲鳴がBGMとなっていた。その眼前に立ちはだかるのは、同じく団長、しかしてその器量の差を、戦況の優劣で見せつける無名の少年。


「力を持ってる癖に戦を終わらせようともせず戦に従う傭兵の糞卑怯な戦を傭兵に熨斗つけて叩き返して、全うな合戦をする人達を助けて、傭兵なんざ混珠こんじゅから消してやる。それが俺達、最後の傭兵の流儀だからな。銃等そんなもんに頼るからそーなんのさ。そら、尻尾振って銃貰う前に使ってた大槌鉾はどうしたよ? ただ漫然と食う為に戦うときだけ戦って年食ったお前らと、傭兵を殺す為に日々を使って生きてる俺ら、どっちが勝つか……餓鬼と見下した相手に正面から負ける屈辱、冥土の土産にくれてやる。武器を取れ、それとも遠くからじゃなきゃ怖いか!」


 そうしなけりゃ気が収まらぬと、名無ナナシは猛烈な憎悪と嘲笑を叩きつけた。短剣の束に手指を遣り、小さな体に研ぎ澄ました武を漲らせ、大男の剛力等制して見せると気概を示す。生意気に、挑発的に、逃がさないために。


「糞餓鬼が! 俺達が娼館で吹いた手柄話から盗んだ情報ネタ種銭タネに少々勝ち拾った程度で、男娼小僧が付け上がりやがって! その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやるかと思ったが、防護柵にはもう用はねえ、火縄銃はじきも必要ねえや! 誰が手前てめぇなんか、手前なんか怖かねえ! 野郎ぶっ殺してやる!」


 〈武器と死の悪魔団〉団長は怒号した。唸る獣のようなその声音は、男がまだ生存と勝利を貪欲に諦めていない事を示していた。役立たずの中途半端な棍棒擬きに成り果てた大口径火縄銃さむらいづつ名無ナナシに投げつけ、それを名無ナナシがかわす隙に大鎚鉾をぶんと風を鳴らして構える。全長1ザガレ1ミイイ2m50cm重さ2ミカガチ20kgの大業物を六尺棒クォータースタッフさながら軽々振り回すその怪力は、火縄銃を抜きにしても名無ナナシ達がこれまで倒してきた同業者共の中でも際立った脅威だ。


「てめえ死ぬぜ、俺が殺す、いいや、俺が殺さなくても必ず死ぬ。この世はもう変わったんだ。何時か潰しきれねえ数の銃口を向けられる。何時か気づいてねえ弾丸がてめえを撃ち抜く。雪をいくら掻いても冬が来るのは止められねえ。女が何時か婆になるように、食わずにいた食いもんが何時か腐るみてえに、時代遅れの女についたてめえが死ぬのは必然だ。はっ、てめえも傭兵どうるいの癖に、女が欲しけりゃ、捕まえて使って売りゃあ良かったのさ!」


 生き延びる事を欠片も諦めていない癖に〈俺が殺さなくても〉と白々しくも自己の死も尚その同族は消えぬと嘯き、むしろそこを偽り少しでも動揺させようと呪詛めいて挑発する〈武器と死の悪魔団〉団長。同時にその頭脳をフル回転させ、過去の名無ナナシの情報を検索する。


(野郎の戦法は間合リーチの不利と非力を補う為に、魔法付与の力で鎧を無効化する投短剣。飛ぶ分の力を威力に回してるから、単に魔法を放つより威力が上がってるって寸法だ。鋼線を柄に付け引き戻せるようにしてやがるのがあるから、投げ尽くしは狙えん。修めた魔法は《採探の神》の法術。戦闘に使える採神ケルモナス法術は野外・隠密活動の支援、錬術れんじゅつと法術を併用可能な地神タダイトスに似た自然を荒らさぬという神と精霊の契約による自然関係の精霊術追加取得。得意技は詠唱を最初の言葉を揃え中途から変化させる事で、変化する時までどれで来るか読ませねえ事……)

「時代遅れなんかじゃねえよ。この世が少々、錆びて、汚れて、色落ちしてるから、そうでない姫さん達が目立ってるだけさ。経年劣化の代表さんよ」


 短剣の柄に手袋をした指を這わせつつ、名無ナナシは読み合い、そして呪詛返しはんろんした。


「錆びてんなら磨く。汚れてんなら拭う。色落ちしてんなら染め直す。冬は何時か終わり、女達は新しい命を繋ぐ。そして、この世は腐っちゃいないさ」


 睨みあいながら隙を伺う為じりじりと横に動きつつ、場合によってはどさくさ紛れに一騎討ちから逃走する選択肢も確保すべく、防護柵の残骸に括りつけられた馬車馬の生き残りの方向へ向かう相手に、それを阻止するように動くと結果的に鎚鉾に有利な間合いになる相手の策略に逃走阻止を優先し敢えて乗りながら、名無ナナシは告げた。


「その証拠に。俺ぁ尊いもんを見た。酷い目にあって死んでいくのに、子供の心に綺麗な昔の歌を残した母親を。廓にぶちこまれた理由の借金を捨て置いて、死んだ同僚の子を育ててくれた女達を。どんなに飢えても弟に食わせてから残りを食べ、残りが無きゃ我慢した兄を。一椀の水と道案内の義理で、人買いに命懸けの喧嘩を売った奴を。酷い目に遭う子を減らしたり酷い目に遭う奴を助けるために、自分が酷い目に遭う事を厭わず前に酷い目にあった記憶の心の傷を堪えられる奴を。そして。お伽噺や歌のまま、こんな時代に本気で民の為に死にに行く騎士を、自分の首に処刑の刃が落とされる直前に、それを見守るしかない身代わりになった民が助かった事に嬉し涙を流して、民の罪悪感を癒す為に微笑める姫を見た」

名無ナナシ……!」「名無ナナシ君、」「隊長っ」


 傭兵が慌てて組んだ槍衾を法術と魔剣と超長槍〔対槍衾装備、槍衾の槍より長い〕で部下と共に突破した後、名無ナナシが敵将と遭遇した事に気づき助太刀が要るかもと手綱を引き馬首を返そうとしたユカハが。護衛役と共に、魔法支援を続けるミレミが。偽の一騎打ち宣言と伏兵や設置罠用錬術れんじゅつ符の散布、命乞いからの攻撃用錬術れんじゅつ符や防護柵残骸物陰からの毒塗鉤や呪込投網での奇襲で騎士に応戦せんとする傭兵共を、姑息な演技を叩き斬り、隠れ場所を察して刺し貫き、自分達が仕掛けた罠に突き落とす〈逸れ者〉達が。戦場に偶然発生した空白地帯で、合戦さながらの一騎打ちに相応しく戦争の世を否定し朗々響く名無ナナシの言葉に、士気を高め個々の持ち場を全うし団長の背中を守った。


 無論、名無ナナシはそうそう不意打たれる程甘い男ではないが、奮い立つ皆が名無ナナシの士気をも高める。そしてそれは即、魔法を放つ為の精神力に直結する。


「つまりさ〈悪魔〉。仕える相手りそう間違もたなかった手前てめぇの負けさ。《我は放つ》……」


 呪いと挑発を跳ね返し、名無ナナシは笑って腰を捻り、詠唱と共に足を踏み込んだ。


「があああああああっ! (封じる! 殺してやるぁっ!)」


 敵将は呪詛返しの嘲笑にかかり、悪魔兜を震わす程怒号しながら猛然と突撃した。名無ナナシがここから打てる手は大まかに三つ。《日刈の惑刃》か《輝刈の惑刃》の詠唱と共に《暗闇》か《閃光》で目を眩ましその隙に鎧継ぎ目抉り、《怒りの砕刃》の詠唱と共に《地震》の付与で命中後刃が砕ける程高振動させ破壊力を増した刃を投擲しての鎧貫通殺、《捻りの風刃》の詠唱と共に《突風》で投擲した短剣の軌道と速度を操作して鎧の継ぎ目や兜の覗き穴を狙い貫く投擲。それに対してのこの攻撃は、己の顔の正面に鎚鉾を盾のように構え突進からの片手薙ぎ。目眩ましは鎚鉾の面が遮る。先程からの足捌きで間合いは詰まり、視界不十分でも外しはしない。そして腕をしならせての片手薙ぎは、投剣の間合いの優位を打ち消す。《砕刃》だろうが《風刃》だろうが、此方に刺さる前に、軌道が変化する前に砕いてしまえば無意味。前者の場合鎚鉾の先端が砕けるかもしれんが、少し縮まった所で餓鬼一人撲殺するには十分。短剣ごと手を砕き、次で体を砕くかそのままぶちかましてぶっ倒す。そう考え『武器と死の悪魔団』団長は勝負した。


 ……挑発返しによって、名無ナナシが打てる手は己が知る過去に目撃されたものだけという先入観がある事に気づく余裕を失ったまま。


「《括りの縛刃》!」


 直後、その詠唱と共に短剣を巻き戻す為の鋼糸が鎚鉾を握る手に絡みつき、《雷》が通電し巨体を痙攣させた。名無ナナシの手は鋼糸を絡める為に短剣を軽く放っており、鎚鉾の軌道上には無かった。崩れ落ちる隙だらけの喉は、容赦なく掻っ切られた。


「俺は最後の傭兵になる。傭兵共を殺し尽くして、傭兵という職業を無くして、戦争を合戦に戻す。この名を捨てて、俺は最後の傭兵を消す。その時まで俺は名無ナナシだ。捨てたこの名が落ちてくるまで、地獄の底で待っていろ」


 引導を渡す名無ナナシの言葉に、どっと〈逸れ者〉達が歓呼し、そして戦いは終わった。



「それにしても、本当に凄いです。竜術無しで銃列を制するなんて! 混珠こんじゅの魔法が極めればそこまでの事が出来るなんて! 凄く嬉しいんですよ、そのことが」


 そんな彼等彼女等の奮闘はその後更に大いなる意味を持った。『軍勢ミリタリー』に従う傭兵団は〈武器と死の悪魔団〉と〈死喰魔刃団〉の二部隊。片方を先に潰していた事で『軍勢ミリタリー』達と〈死喰魔刃団〉への同時攻撃が可能となり、リアラが懸念した〈逃げ散った兵が行う略奪による被害の発生と銃の混珠こんじゅへの拡散〉を防ぐ事が出来たのだから。疫病の蔓延一つを食い止めたに等しい偉業だ。そして何より、その偉業が混珠こんじゅを強く愛するリアラをどれ程勇気づけた事か!


「心強いです。僕達以外にも戦っている人が、戦える人が混珠こんじゅにまだ居る事が」


 そう。リアラは知っている。名無ナナシが己の名に込めた願いを。彼が契約を捧げるに値すとした彼女達の誇りも。その尊さをとその心の強さが齎す心強さを、リアラは強く強く知っていた。


 だから、彼等彼女らと共闘する混珠こんじゅを救うための戦いの布石について話すのだ。


「未来の勇者さんとリアラちゃんにお褒めに預かり恐悦至極だな。だが、幾ら俺等だって、そっちがやりあったような連発銃の類、んな化け物が相手じゃ手の打ちようが流石に思いつかねえ。けど、だからってやりあわねえ理由がねえ。混珠こんじゅに傭兵文化が芽生える様な混乱を作った奴等を放置して、何で最後の傭兵に成れるもんかよ」

「それについてですけど……」


 称賛に感謝し、自分達の限界を語り、尚意気軒昂の名無ナナシ。ユカハとミレミも頷いた。だがそれを前に、リアラは躊躇した。道中詳しい事情を話すのも、元々協力者を得るのは戦略的にプラスだと思っていたにも関わらず、やはり躊躇ったのだが。


「本当に、良いんですか。その、火縄銃より何十倍も危険な相手ですよ」

「こちとら、それが日常さ。〈武器と死の悪魔団〉団長の大鎚鉾だって、当たったら俺は死んでるよ、見ての通り、魔法は得手だが鍛えても中々筋肉の付かねえ、なよっちい体だからな。そんなん、覚悟の上さ。俺も、義兄弟だんいん達も、姫さん達も」


 大体よ、と、自分の意思で自分以外の人間の命を危険に晒す事への不安をどうしても感じてしまうリアラに、励ますように名無ナナシは笑いかけた。


「俺達混珠こんじゅの人間にそういう奴等がいるから。それを踏み躙る奴等が許せないで戦ってくれてんだろ、俺等が根性見せなくてどうするよ。……それに、リアラちゃんの冒険者仲間さん達も、生きてりゃ絶対そうした。リアラちゃんを見てりゃ、分かる」

「………、うん」


 切なく、悲しく、でも暖かい気持ちが、リアラの豊かな胸の内を満たした。二人がもうこの世にいないという事実を思い出す事は、何度でも、刃に指を這わせるような痛みを心に齎すが。二人が勇敢で優しかった事が、自分を通じて伝わると言われる事は、あの二人と一緒にいるに値する人間になれたという事は、それでも嬉しかった。


 そして同時に、二人に恥じないように生きねばならないという思いが沸き、名無ナナシ達も同じような思いがあるという事が理解できて、リアラの迷いを振り切るのだった。


「……『色欲アスモデウス』退治の時に、僕が転生者だって事情を明かす羽目になった経緯を連鎖的に思い出す事にならなきゃ、もう少しこう、あれなんだけどね」

「俺としちゃ口説きたいのはマジだぜ、今でもさ。いや、今のほうが、かもな」

((ちょ待、待ってってば! 明かすの拙いかもだけど僕転生者で! 転生前男だったから!?))((大丈夫。俺は両刀使いバイセクシャルだ))((そういう問題じゃなーい!?))


 間一髪フェリアーラの狂乱を解除し、歓喜で抱き合った時に緊張の糸が切れた名無ナナシに押し倒されかかって、自分も目の毒過ぎる光景を見過ぎてたのと名無ナナシの顔が性別を超越して美しいせいか物凄くドキドキして。実際今の自分が男だった記憶かこのある女なのか男の心が女の体に入った一種の性同一性障害なのかどちらでも男でも女でもあるのかそれ以外どちらでもないなのか判らず棚上げしたルルヤとしては流石に困ったのだが。


 名無ナナシはそういう方面開けっ広げに大らかで、((廓の皆に育てられたからな。ねえちゃん達とどんちゃん騒いで稼ぎを配るばらまくのは良心の為に好きだが、女として買うのはどうも気乗りしないマザーファッカーめいた気分になるんで、深い仲になれる子は欲しい))とさぱっと言うような奴だからもう。その癖過去を慮って助けてあげた子達ユカハ、フェリアーラ、ミレミには誘いをかけないし、((僕は元男の子の意地があるし、大丈夫だから))と、名無ナナシそれについて誘いを掛けない理由を言った時につい意地を張って過去の魂の傷トラウマについてそう答えてしまい、尚更気に入られちゃって。お陰で今もユカハの表情が恥じらいと呆れと焼餅交じりで、ミレミの表情が〈仕方ないなあ〉と〈本当にもう〉で少々微笑ましくも苦笑零れる感じになっていて、向こうの陣営のそういう感情恋愛関係の縺れは大丈夫かと思ったリアラだ。


「ともあれ本題です。僕達は暫く秘密裏の遊撃を続けますが、其方について」


 しかしそれを棚へ放りあげて、リアラは話題を変えた。というか、本題に入った。《作音》を起動、ある程度の範囲の外への発言が聞こえることを阻害する音を出す。


玩想郷チートピアと戦う為に対策が必要な事、銃と欲能チート。このうちまず銃についてですが、僕に考えられる限りでの戦略的対処としては、第一に銃を広めない事、第二に使わせない事。第一については僕達が銃を使用する軍勢を見つけ次第強烈に壊滅させ、それを誇示する事で〈銃を使う者は真竜シュムシュに祟られる〉という畏れを流布します。これについては村長さんにも頼みましたし、捕まえた兵達の口から看守越しにも広まるでしょう。それと名無ナナシさんが編み出した火縄銃対策を、広められる範囲で広める事。第二については、流布の可能性が比較的高い火縄銃については、あれに使われる爆発の秘薬黒色火薬は、大体、炭と硫黄と硝石が材料です。炭はどこにでもありますし硝石も家畜小屋の土とかから作る方法があったりしますけど、硫黄に関してなら……」「ええ」


 物語を愛好する過程で知った様々な知識。それを役立てリアラは対策を論じ、その示唆にユカハは頷いた。国境間の移動管理について衰退したとはいえ自由守護騎士団は一定の権限を持つ。元より硫黄等の薬物は行使に正式には許可の要る錬術れんじゅつで使用するもの。規制を強め、爆発の秘薬の製造自体を断ちに行くべきだと。


「類似構造の燧石銃フリントロックは防水性に幾らか勝るとはいえ胴乱等への直接着火や銃身が浸る程の水に無力なのは変わりませんからいいとして、連発銃や砲への戦略的な対処に関しては、製造技術の高さと大量に混珠こんじゅの傭兵に渡し下克上されたらという転生者側の恐怖心のせいで火縄銃と違ってそう蔓延しないと思います。けど念の為、連発銃に使うより強い秘薬無煙火薬については硫酸と硝酸が必要な筈ですから、そちらの物流も監視して下さい、用心は必要です。転生者が自己が完全に支配下に置き裏切る事が無いと確信する軍団を有し、配布の為の生産設備をも有する、そういう条件を満たした場合戦場に連発銃や砲が揃えられる可能性があります」


 『軍勢ミリタリー』が現代兵器を幾らでも増やせるにも関わらず服属した傭兵団に弾幕を張れる程の数とはいえ何段階も技術的に劣る火縄銃を与えていたのは、現地生産の難易度だけが理由ではない。ここまで得た情報からリアラは知り、そしてだからと言って楽観は出来ないことを知った。


玩想郷チートピアは各地で勢力を築いた数十から数百程の欲能行使者チーターである悪行転生者達の会合であり、彼らはお互い混珠こんじゅを蝕むのをある程度助け合いながら、同時に身内同士で勢力拡大を競い合っています。だからお互い隠し事もするし、相手の隠し事を見抜こうと探り合う。そのせいで勢力一つを倒せばそいつ等が調べていた他の勢力の情報が手に入るんです。『軍勢ミリタリー』達からは、発電機を使って維持してたタブレットから」「ああ、あの光る石板」「ええ。あれからかなりの情報が得られました。ナアロ王国、鉱易砂海の真唯一神エルオン教団、諸島海のジャンデオジン海賊団。既に多くの国家や勢力が、それらが支配する混珠こんじゅの地が、玩想郷チートピアの支配下にある」


 だから、対策をする。自分だからこそ打てる一手を。


「僕の《付与》で護符化した竜術、【咆哮】【鱗棘】、他幾つかです。使い切りですけどこれがあればそれぞれ一回は其方でも竜術が使えます。銃弾を反らし欲能チートの干渉に耐える事が出来る。白魔法が使えるのがルルヤさんじゃなくて僕だから、僕の竜術しか護符に出来なくて、相手の銃を暴発させたりする事は出来ないですし、防御力強化そのものはいまいちですけど、発動条件を設定してますから、持ってさえすれば不意の狙撃や欲能チート干渉とかに反応して発動します」

「いや、いまいちだなんて! 凄いよこれ! 絶対にどうしようもない状況が、抵抗出来るかもしれなくなる。それだけでどれだけ有難いか‥‥凄いよリアラちゃん!」


 リアラの言葉にミレミが快哉を叫んだ。これがあれば楽勝という訳ではなくても、勝負にはなる。それだけで希望になる程、敵の力は圧倒的であるが故に。


「神話時代の装備の記録で《矢威鎧やおどしよろい》っていう射撃攻撃を跳ね返す鎧があって。時代が下ると出てこなくなるけど、これが多分真竜シュムシュの居た時代に作られた【咆哮】を《付与》した鎧だと思って、同じ事が竜術と白魔法を会得した僕が居る今なら出来るなと。‥‥〈加護は神の賜物だが、賜物を述べ伝うのは知恵〉。その言葉も、《矢威鎧》の存在も、ソティアさんが教えてくれました。〈愚かさが死を呼び悪行は敵を呼ぶ。賢さが勝ちを呼び善行が仲間を呼ぶ〉とも」

「有難う。此方でも、打てる手はどんどん考える。護符は使い捨てでも、お金はかかるけど《複製》や《再生》や《転写》を使えば再使用も出来るし、それこそ、そういう鎧だって作れるかも。矢威ならぬ、欲威の鎧が」


 賞賛に対し、この手を思いついた経緯をリアラは語った。故人への思いを、この混珠こんじゅに生まれ、生き、そこをより良くしようとしていた人が、助けてくれたのだと。そしてそれを、今この混珠こんじゅに生きるユカハが受け継ぎ、更に発展させる。騎士団の長として、高度な魔法加工の出来る職人やそれに依頼する為の資金のある者として。


「はい。そちらでも打てる手をどんどんお願いします。僕に考えられることの範囲に少しの名案があっても、あくまで小さく限られたもの。皆で知恵と出来る事を連ねて広げましょう」


 その心強さに、にっこりとリアラは微笑んだ。その笑みに釣り込まれて、ふと表情を緩めた名無ナナシは、ここまでのやり取りで改めて感じたことをぽつりと零した。


「悪党ってな、悪事が呼んだ敵を殺せるほど強けりゃいいやと思う奴等ばっかりだが。それにしてもきちんと協力し合うって言葉を知らずにこっちに手がかりを残すリアラ以外の〈不在の月ちきゅう〉の連中ってな、ひょっとして阿呆なんじゃなかろうかね」

「地球にも呉越同舟って言葉がありますけど、そんなの綺麗事だってどう裏切るか準備をしたり、そういう言葉を信じず策を巡らす奴が賢いって風潮はありますね」

「絵に描いたような糞野郎のセリフだな。混珠こんじゅなら俺達が戦う傭兵共みたいな世界で一際どうしようもない奴等が、向こうじゃ多数派か」

「まあ、あくまで、向こうに14年居ただけの僕が見聞きした範囲で、ですけど」


 名無ナナシの疑問に答え補足するルルヤだが。名無ナナシのちょっと聞くと極端にも思える意見は内心、混珠こんじゅと地球の比較でリアラも少しそう思うものでもあり、否定しきれず。


「だとしてもそう思う理由はあって、それを思わせる奴等がうじゃうじゃ居るのは事実だろ。そして今世界はそいつらがのさばり、穢される侭になっている。やってやろうぜ、この呪わしい世界いまに反逆を!」「ええ。そして、古き良き世界に再興を!」


 だから笑みと共に名無ナナシとそう言い交して、リアラは立ち上がった。


「僕達は、入った情報を基に幾らかの準備と、戦いで得た資金を使って幾つかの傭兵団や冒険者パーティ等に依頼をして、準備の足しにするのに加えて誰が僕達と密接な協力関係にあるのかを調べにくくしてから、次の戦いに向かいます。敵の手も相当長い事を想定すべきですから」

「配慮、感謝するぜ。‥‥これは?」


 足跡の上を一定距離戻ってから方向転換するような用心に、同業者として信頼できる部類の振る舞いだな、と感心した名無ナナシはリアラが渡してきた物にやや怪訝そうな表情を浮かべた。《作音》を《付与》した羊皮紙、長文を軽く渡すための情報媒体。


「ソティアさんのフィールドワークと研究の成果のちょっとした纏めです。ソティアさんはこの知識が皆を幸せにする事を望んでましたから。配れる時には、複製を配って回ってるんです」


 脈絡のない贈り物であることは自覚の上でそう言った後、リアラは。


「其方の動きに関しましては、皆さんの手腕を信頼していますから」

「勿論さ。賃金に加え役立つ智恵までくれるとは。こっちも大働きしねえとな」


 貴方達の知恵を頼みにしていると言葉を添えて。名無ナナシはそれに承認への感謝と闘争心の篭った牙剥く笑みで答えた。そしてユカハも、豊かな胸を張って宣言する。


「私達も全力を尽くすわ、例え、父達兄達が居なくても。最初の騎士だって、女の子だったんだから」

「ええ。混珠こんじゅで特に美しい神話。貴方は、それを体現している」


 牧畜民と騎士が信奉する《牧騎の神》。後に《狩闘の神々ジャリタンハ》となる獣の精霊達に従う狩猟民に生まれながら心優しく獣を殺せぬ故一族を離れ、逆に傷ついた獣を助け獣に助けられ最初の遊牧者となった少年が精霊を宿し後に神と化した存在。初めは乳を喫し毛を交換の品とし飼う獣の肉を食さず生き、乳製品、毛織物、馬車等を発明した知者。生命の窮地で老いた最初の随獣に身を捧げられ初めて肉を受け入れた柔和な神。部族を去った彼を見捨てられず助けに向かい、騎乗の技を編み出し少年の牧獣を狩らんとした狩猟民を見返りを求めずツンデレだったらしいのだけど身を挺して追い払った少女こそ騎士の始まり。その神話は今も此処にあるとリアラは頷き、名無ナナシも無言で同意した。


「‥‥一応、聞いてもいいなら聞くけど。二人の次の目的地はどこなのかな?」


 そして出発しようとするリアラに、最後にミレミが問い。決意を込めた表情で、リアラは答えた。それはかつての三人での旅の目的地、そして今二人で目指すと相談して決めた場所。


「敵が団結出来ない内に攻めます。ケリトナ・スピオコス連峰。ナアロ王国の豪商、ショーゼ・ワターのワター商会が買い取った部族領を。僕の最初の仲間、ハウラさんの故郷を、解放しに」

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