第8話 まつ子、濡れる

※前回のあらすじ。ぜんぜん出ない。


 ゴッ!!


「あいた!!」


 ルージュの頭にお師匠様の杖が落ちました。コツンではありません。杖の重さを十分に活かした、重みのある音です。


「痛いです・・・何をなさるの、お師匠様」

「だれがそんな訳のわからない長々とした呪文を教えたのかしら?」

「だって、呪文と言えばこれですわ?!」


 ルージュのキラキラした目を見て、お師匠様はやっぱりかという顔をしていました。


「はあ・・・本物の魔法使いはそんなものに頼りません。御覧なさい・・・『水よ』」


 お師匠様がそう言って手のひらを上に向けると、ぴゅーっと水が飛び出しました。


「す、すごい。本物の魔法使いみたいで『水よ』・・・つべた!!」


 お師匠様の手からかなりの勢いで水が出て、ルージュのキュートな顔に当たりました。


「目が覚めましたか?まつ子。言葉をいくら紡いだところで、水の精霊に声が届かなければ、意味がないのです。このくらいならすぐ出来るはずですよ・・・『水柱よ!!』」


 今度はルージュの前にルージュと同じくらいの水柱が噴水の立ちました。


「おお・・・これです。これを求めていましたわ!!では・・・『水よ、おお水よ、おおお水さんよ』」


 ルージュの頭にお師匠様の杖が落ちました。


「あいた!!」

「まどろっこしいことは止めなさい。はぁ・・・もっと心を開いて。”精霊と話をするのです”」

「精霊と・・・お話ですの?」

「そうです。私たち魔法使いは精霊を知り、精霊と会話し、そして精霊に私達を知ってもらい、初めて魔法が使えるのです」

「でも、私今まで精霊さんに会ってませんわ」

「これまで、まつ子もここで修行している間、ずっと精霊はまつ子を見ていたのです」


そう言いながらお師匠様は軽く杖の先でコツコツとルージュの頭を叩きます。


「まだまだまつ子は未熟ですが、魔法を使える時期が来ました。いえ、来たような気がします・・・ううん、本当に来たのかし「話を続けください。お師匠様」・・・いま、私が使ったような水、そして火や風は、代表的な精霊です。まずはここからです」

「では、この前の商人のおじさんの金貨も、精霊さんのおかげですの?」


 あの商人のおじさんはあの後、買い物をしたときに石ころになっていたことに気が付いたはずです。今頃どうなっているのでしょう?

 と言いましたが、実は言うほどあまり気になりません。


「その通りです。あれは光と大地の精霊から力を借りているのです」

「じゃあ・・・リンゴの精霊もいるのかしら?」

「それは・・・そうですね、もしかしたら。私にも知らない精霊は沢山いますから、わかりませんね」

「お師匠様も知らない精霊が?まさか!!ですわ」

「ふふふ。そんなことはありません。精霊達を探求するのも私たちのもう一つの使命でもあるのですよ」


 さすがお師匠様は魔法使いです。ルージュは頷きながら聞いています。


「なるほど、ですわ」

「まつ子が今やった、おかしな呪文のような言葉は、精霊と話ができない人向けの、とても遠回りな方法なのです。間違ってはいませんが、無駄も多くてとても面倒な方法なのです。ほとんどの魔法使いと呼ばれる人たちはここがわかっていないのです」

「えー、かっこいいのに」

「座学をもう一度やり直してもいいのですよ?まつ子」


 お師匠様の声が急に低くなりました。


「ヒエ・・・いえ、頑張ります!!」

「頑張りなさい。少なくともまつ子には、その資格があるはずです」


 本当の魔法使いは精霊に好かれなければなりません。ルージュがお師匠様の所に来た時、まずそのテストを受けていました。

 まあ、好かれるには好かれたのですが、その話はまたいずれ。


 決して、


『私の名前は道明寺まつ子、34歳独身。イケメンに囲まれた異世界転生を狙おうとしたら、超イケメン神から、ユニークスキルを授けよう、とか言われてじゃあ、とか言って隠れてたチートスキル見つけちゃった的なやつ』


 というものでもありません。


「はい。では真面目に」

「まつ子、あとでお説教です」


 ルージュは目を閉じ集中します。


『水さん、水さん・・・』


 そうすると瞳の奥で何かが光った気がしました。


「そうです。そのまま続けなさい、まつ子」

「はい・・・」


 びちゃ。突然ルージュに、なにか小さな袋が漏れたようなイメージが出来ました。

 お師匠様はパンパン、と手拍子を打ちました。


「そこまで。まあいいでしょう。少し力を貸してもらえたようですね」

「えっ・・・どこ?ですの?」


 ルージュのスカートの真ん中、ルージュの大切なところに、まあるく水に濡れた跡ができていました。


「え」

「まあまあ、まつ子ったら。まだまだお子様なこと」

「え、違います。違いますお師匠様!!だって下は、本当に大切なところは濡れていませんもの!!」


 まつ子は必死に弁解します。お師匠様もそんな事はとっくにわかっているのでした。


「まあ・・・はじめはこんなものでしょう」

「私、お師匠様みたいにできないのでしょうか?」

「大体普通このくらいは・・・いえいえ、上出来ですよ、上出来!!普通は小さくとも水柱までできるとか、あ、いえ、そういうわけではなく、まつ子以外は・・・いえ、上手ですよ、ルージュ?」


 思ったより元気のないルージュを見て、下手なフォローをお師匠様がいれました。


「・・・さりげなくないフォローを頂きましたわ」

「強弱は関係ありませんよ。今日は精霊が応えてくれた事を素直に喜びなさい」

「はい・・・わかりました。で、お師匠様」

「なんでしょう」

「私の魔法デビュー記念日、今日の晩御飯は?」


 お師匠様はもう数えることもしなかった大きなため息をつきました。


「明日からもう一度座学にしましょうか、まつ子」

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