謁見
「どうだ? 変なところはないか?」
「ないない。着慣れたスーツでしょ? 大丈夫だって」
「ならいいんだが」
霧島涼介の緊張ぶりといったら、事故が怖いからと運転を朝霧美晴に無理やり代わられるほどであった。
「隣が緊張してるとき、つられて緊張するタイプとかえって冷静になるタイプがいますよね」
「ねー。なんか落ち着いちゃったよ」
目の前にあるのは霧島涼介の実家なのだから、本来緊張すべきは逆のはずだが、そんな道理は早々に引っ込んだ。
年季の入った大きな木造一軒家。思わず背筋が伸びそうな格式の高さを感じる。
玄関から見える庭には花壇があり、ちょうど芽が出てきたところだ。丁寧な暮らしぶりが伺える。
霧島涼介が深呼吸してばかりでいつまでもインターホンに指をかけないので、えい、と朝霧美晴が横から押した。
「あらあら、いらっしゃい。ささ、どうぞ入って入って」
間もなく出てきた熟年の女性、すなわち霧島涼介の母は、事前に聞いていた通り、顔から首筋にかけて大きな火傷跡があった。多少化粧を施した程度では到底誤魔化せないだろうと音羽雅は素早く理解した。
「朝霧美晴です。お邪魔します!」
「音羽雅といいます。よろしくお願いします」
「あらまあ、聞いてた通りのべっぴんさんねえ。涼介、どこで捕まえてきたのよ。しかも二人も!」
「ただいま、母さん。父さんは?」
「居間で待ってるわ。大丈夫、母さんは涼介の味方だからね」
母は息子へエールを送った。つまり、それだけ強敵だということだ。
息つく間もなく、四人は大黒柱の下へと足を運んだ。
「来たか」
ふすまを開けるや否や、彼は挨拶もなく、ぶっきらぼうに言い放った。
いわゆる昭和の頑固親父、堅物という言葉の擬人化――事前に霧島涼介から聞かされていた情報とぴったりの人物がそこにいた。
「初めまして、朝霧美晴です! 本日はよろしくお願いします!」
「音羽雅です。ご多忙のところ失礼します。よろしくお願いします」
畳の香りが広がる和室に、ひっくり返しやすそうなサイズのちゃぶ台。一家の主が甚兵衛で胡坐をかくには最高のセットだ。
「母さん、酒を持ってきてくれ」
「お酒? あんたねえ、話くらい素面で聞いてあげなさいな。それに、今日の分はないよ。夕方に届く予定ですから」
「なら買いに行ってくれ」
「父さん!」
さすがは家族といったところか、阿吽の呼吸で意図を把握した霧島涼介が吼えた。
「母さんは腰が悪いから、俺についてけって言うんだろ? もしその間に二人になにかあったら、俺はあんたと縁を切るからな」
「ふん、勝手にしろ」
一触即発どころか、既に内戦は勃発しているようだった。
「ごめんね、お二人さん。すぐ戻るからね」
「はい。えと、お手柔らかに?」
「暴力以外は覚悟してきてます。普通じゃないのはわかってるんで」
なるべく穏やかに済ませたい朝霧美晴。いざとなれば交戦も辞さない音羽雅。完全アウェーの空気感で、二人の姿勢がよく出た一幕であった。
母がふすまをぴしゃりと閉じるまで、父と子の視線は激しい火花を散らしていた。
「大げさですよね、リョウく……涼介くんも」
「あの生真面目さも魅力ですよね」
そそくさとちゃぶ台の対面に移動しながら、二人は返事を待った。
「俺はべっぴんが嫌いだ」
胡坐をかき、腕を組み、剝き出しの敵意が改めて見せつけられた。
「世の中のほとんどは努力で手に入る。研鑽こそ人間の美徳だ。だが時折、生まれ持った資質だけで、他者が努力して手にしているものを不当に得ている者が現れる。お前たちのように」
さすがの朝霧美晴も、まさかここまで包み隠さず嫌悪を露にされるとは思っていなかった。
「確かにあたしは綺麗です。顔がいい、スタイルがいい、性格もいいしおっぱい大きい」
だが、驚くべきことに、百戦錬磨の音羽雅はこの事態を想定していた。
「だけど、それを努力してないって言われるのだけは我慢ならないんすよ」
畳の間に、再び大粒の火花が飛び交う。
同日、同時刻。
車に乗り込むや否や、母は息子を問いただした。
「あんた、大丈夫かい? あんなべっぴん二人も連れて。騙されてんじゃないのかい?」
「心配しなくても大丈夫だよ、母さん。俺が人を顔で選ぶと思うか? 母さんの息子だぞ、俺は」
「ふうん。ははっ、それもそうだねえ。じゃ、あんたのためにもあの子たちのためにも、ちゃちゃっと買い物済ませますか」
白い肌と火傷跡の残る顔に皺を寄せ、けらけらと笑った。
「法定速度は守ってくれよ。母さん、時々無茶するだろ」
「バカ言うんじゃないよ。さすがにもう若いころのようにはいかないさ。こう見えて、人間ドックだってちゃんと通ってるんだから」
「そりゃ偉い」
実家の空気とは真逆の、和やかな母子の団欒の様相であった。
二人を乗せた自動車が走り出す。道交法に則って。
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