生前の記憶


 真っ暗な世界の中。男は階段を登る、その目はどこか虚ろで表情はうんざりしているように見える。


 それもそのはず……なにせ彼はこの夢を何度も繰り返し見ているからだ。


 最初こそ刺激に満ちた夢だったが何度も繰り返せばいい加減飽きるしイヤになったりもする。


 それが自分が死ぬときの夢となればなおさら見たいものではない。


 「高橋清太……君の罪はとても重い。君は抵抗も出来ない子供を何人も殺してきた。それは間違いないかね?」


 初老の男の声。振り替えれば大きな影がギロリとタカハシを睨んでいる。


 いや睨んでいるのは目の前にいる影だけではない。気がつけば周りの風景は裁判所の風景に変わっており、数多もの影がタカハシに向けて敵意の眼差しを向けてくる。


 その視線から感じるのは恨み、怒り、憎悪、しかしそれらの感情も仕方ないことなのだと思う。


 なにせ自分の愛していた息子娘を殺されたのだ。その対象を憎いと思うのは無理もないこと。


 もっともいくら憎もうと恨もうと自分達の子供は還ってこないわけだが。


 そう思うと傍聴席にいる黒い影が滑稽でたまらなくなる。


 「間違いないっすよ。だって俺、子供を殺すの好きだし……」


 タカハシの言葉を聞いてざわめく法廷。目の前の影なんて怒りで身体を震わせている。


 自分の言葉の一字一句に裁判官も傍聴者も被害者遺族も反応してくれている。


 それはまるで演劇の主人公にでもなったかのような状況、みんなが自分に注目してくれている。


 その事実にタカハシは優越感を抱いていた。少年少女、合計で五人を殺している。


 新聞やニュースでもタカハシのことが話題となり、全世界に高橋清太という名前を知らしめることができる。


 それだけで彼の承認欲求は非常に満たされるのだ。


 「君はそんな理由で子供たちを殺したというのかっ!」


 「オジサン頭悪いんじゃないっすか? 好きじゃなきゃやらないっつーの! キャハハ!」


 「何という……君は人間などではない。君は悪魔だ!」


 タカハシの常軌を逸脱した言葉に影どもは怯える。それがあまりにも愉快で愉快すぎて更に笑いが止められなくなるのだ。


 「いいっすよ。悪魔とかカッコいいじゃないっすか」


 「何テ奴ダ……殺セ……殺セ」


 「コイツは娘ヲ奪ッタンダ……シケイ……シケイナリ!」


 法廷内はもはや地獄の空気を醸し出している。傍聴席からは怨み辛みの言葉が残響し、生き霊たちの怨恨所となった。


 「ヒコク……タカハシヒコク…………貴様ハ死刑トナッタ…………最後ニ何カ言イタイ事ハアルカ」


 まだ影だけとはいえ人の形を保っていた裁判官も今ではその容姿が崩れ良くわからない影の化け物と成り果てている。


 こんな化け物に話す言葉などない。そもそも最後の言葉に何を期待しているというのだろうか。


 謝罪や懺悔、そんなものを殺人鬼である自分に期待しているなんて馬鹿げている。


 いや、でも一つだけ後悔があったな。どうせここは夢の世界ーーならば最後に堂々と言ってやろう。


 「もっとーー」


 「イマ……ナント?」


 「もっと沢山殺しとくんだったなぁ……」


 その言葉と共にタカハシの首に縄が掛けられる。そして沢山の憎悪に見守られながら彼の足元は真っ暗な空間へと移り変わった。


 ◇


 「久々に嫌な夢見ちゃったなぁ」


 ソファーに寝転がっていた金髪の男は呑気に欠伸をすると身体をぐいっと伸ばす。


 この異世界に転生してから数年。体調の悪いときはこういった奇妙な夢を見るようになっていた。


 それは死ぬ寸前の記憶。異世界に転生する前の彼は死刑囚だった。


 母親の厳しい教育のストレス発散。その為に彼は自分より弱い児童を殺すようになったのだ。


 結局、それも母親に見つかり通報。最後には首に縄を掛けられる形になったのだが。


 転生した今でもその時の特に法廷での印象は強いようでこうして何度か夢で裁判を受けさせられるはめになるのだ。


 「どうした……死に際の夢でも見ていたか?」


 タカハシの目覚めが悪いことを察したのかクレイドが声をかける。


 クレイドの姿を見るにルシフェルから受けた傷は薬によってある程度緩和されたようだった。


 「凄いっすね! 何で分かったんすか?」


 「俺も何度か見たことがある。我々転生者は皆一度は死んでいる。自分が死んだ時の記憶は嫌でも残るからな……」


 「死んだ時っていっても死ぬ寸前までであって死ぬ直前の記憶はないんすけどね」


 人間や悪魔問わず死は強烈な苦痛を伴うもの。クレイドたちが転生する前に一度転生召喚を行ったのだが、そのほぼ全員が死の苦しみをフラッシュバックするという現象が起こった。


 ゆえに今の転生者たちは死ぬ前の記憶はあっても死ぬ直前の記憶はない。


 タカハシもそれは同じことで首を吊る瞬間までは覚えていても首を吊った記憶はなかった。


 「死の記憶が元で発狂した転生者も多いと聞く……無理に思い出す必要もないだろう。それより……聖職者殿が俺たちをお呼びだそうだ」


 「聖職者っていうとあの気味の悪いオッサンっすよねぇ。あの人なんか怖いし苦手だなぁ」


 「そう言うな。あれでも腕は確かだ……それに今回の戦いでも協力してくれるようだからな」


 今回戦ったのは悪魔二人、もう一人獣人もいたがそれは置いておいてその悪魔二人が大罪の七騎士なのではという噂があったのだ。


 大罪の七騎士の中で死体が確認されているものは四名のみ。残りも戦時中に死んだとされているが、その証明は薄い。


 だからこそわざわざ帝都から呪術師がこちらにやってきたのだろう。


 聖職者は変わり者を言葉に現したような姿をしており、言動も支離滅裂な言葉が多い。


 だからタカハシ、クレイド両者ともあまり関わりたくはなかったのだが直々に呼ばれているのなら仕方ない。


 タカハシは渋々といった様子でクレイドと共に呪術師の元へと向かった。

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