別府精一(警察官)【4】

 八房尚樹には、熱血刑事といった肩書きが似合う。肩幅も広く背筋も通り、ぎゅっと引き締められた唇は薄く固く、角張った顎と太い首は意志の強さを強調するようだ。爛々とかがやく大きな双眼、これで睨みつけられて動揺しない相手はあまりいない。これで「曲がったことが嫌い」という理由で警察官になったというのだから、同期から「西郷どん」という尊称を奉ったのもむべなるかな、というものだ。だが、これと組まされる側はたまったものではない。頭が痛いのは、俺の大切な休みを踏みにじろうとするこの熱血漢のせいなのか、それともただの二日酔いのせいなのか……。

「迫はなんて言ってんの?」

 別府は右手のカップを何とはなしにもてあそびながら、別に気にしてもいないことを訊ねた。

「どうせ黙秘するでしょう。聞くだけ無駄です」

「そうだろうねえ……」

「さきに裁判所に電話して、いまから行くって事務官に伝えておきましょうか」

 そう言って内ポケットからスマホを取り出しかける八房を、別府は手を振って制した。

「ちょっと待ってちょっと待って、まだコーヒー飲んでるから」と、いつのまにか空っぽになっていたカップを大仰にあおるふりをした。数秒の時間稼ぎにもならないことはわかっている。

「あの、別府さん」

 往生際の悪い別府をまえに、八房は居住まいをただした。真剣な顔は眉尻が下がり、すこしだけ伏せられている。

「俺、昨日の迫の奥さんの顔見ちゃったら、黙って座ってはおられません」

 別府は黙りこみ、空のコーヒーカップを机に置いた。それをいわれると苦しくなるのも事実だった。

 昨日の夕方――身柄を確保した迫を、奥さんに引き合わせたときのことを思い出す。あれは本人の希望だった。市役所でパートをしている妻に自分から話をしたいということで、職場近くに停めた覆面車内で面会させたのだ。奥さんはなにがなんだかわからない様子で――無理もないことだが――、狼狽しきっていた。なにがあったのか聞き出そうとしていたが、いざとなると謝るばかりで何も説明できない旦那をまえに、途方に暮れた様子だった。迫が流した涙に同情の余地などない。だが寝耳に水の妻には……。別府と八房が事情を話したときの、ほとんど絶望とすら形容できるその表情は、まだはっきりと瞼の裏に灼きついている。

「どういうことなの」「何をしたの」と涙ながらに叫ぶ家人の姿というのは、見ていて痛々しいものだが、決して見慣れないものではない。事件の数だけ傷つく被害者がいるのは言うまでもないこと、しかし同様に、事件の数だけ、加害者の家族になる人間もいるものだ。家族らはたいてい、警察の介入があるまでその犯罪には気づかず――あるいは信じようとせず――、突然の逮捕や拘留に驚き戸惑い、取り乱す。家族を裏切った夫を罵る妻、妻の犯罪に抜け殻となる夫、威圧的な警察官の制服に怯える幼児。無実を信じて警察に怒りをぶつける者もいれば、衝動的に自殺を図ろうとする者までおり、別府はこれまで解決してきた事件の数だけ、その家族のありようにも接してきた。

 だから、迫の女房のあの様子も、別府にとってはありふれた反応のひとつだった。あんなものにいちいち心を動かされていては仕事にならないと思っていたし、実際、八房にもそう言い聞かせたこともあった。

 しかしそれでも、まったく何の感情も湧かないかといえば、そういうわけでもない。

 あの電話は――

 別府はソファの背もたれに身体を沈めた。

 あの電話は結局、そういう心の動きがさせたものだったのだろうか。

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