芹ケ野りさ(銀行員)【1】

               鹿児島県鹿児島市

               4月28日(木)


 いいなと思う男性にはすでに相手がいるという現象――これにはなにか名前がついているのだろうか? これは私だけではないはずだ、すこし依怙地にそう思う。だったら名前がついていてもおかしくはないだろう。同じ体験を共有できる相手がすでに何人もおり、自分のケースも、そのありふれた例のひとつにすぎないはずなのだった。

 十代のころはそんなこと考えもしなかったんだけれど、と思ったけれどよく考えてみたら、あまり恋愛体質というわけでもない自分ではあった。しかし、中学高校をふつうに卒業し、ふつうに短大に入り、ふつうに地銀に就職するという、ごくふつうの人生を送るなかで、この現象は目に見えて増えてきている。三十を目前にしたこの歳になると、自分のまわりの素敵な独身男性は壊滅状態といってもいい。異性に「素敵」なんて冠をつけるこの感覚が、いささか幼稚なこの感性が、その傾向に拍車をかけているのだろうか? エアロバイクをこぐ脚にもなんだか力が入らなかった。

 芹ケ野りさは毎週火曜日と木曜日、仕事帰りにスポーツクラブに寄ることにしている。

 きっかけは職場の同僚の女の子だった。銀行の事務仕事は肩がこるものだ。いくら細かくても数字に狂いは許されず、神経はくたびれて身体はがちがちになってしまう。簡単なストレッチぐらいは心がけていたが、それも効果があるものやら。すこしは運動でも、と思っていたところへ、同じように考えていたその子が誘ってくれたのだった。彼女は去年寿退社したけれど、自分は今でもひとりで通っている。

 今日は一時間早くあがることができたので、普段は間に合わないエアロビクスのクラスにも参加することができた。

気持ちよく汗をかき、ふだん使わない筋肉は心地よく緊張している。仕事で疲れた身体を適度に動かすと、むしろ心には張りが出てくるものだ。せっかくいつもより時間があるのだから、プラザの地下で食材を買いこんで、ちょっとだけ凝った晩ご飯でもつくったりしようかな……。そんなことを考えつつ、帰るまえにすこしこぐつもりでバイクにまたがったのだったが、時間はすでに自分で決めた刻限を超えていた。

 フロアの入口にちらちら視線をやる自分を恥ずかしいとは思うものの、やめることはなんとなく出来ないでいる。もうそろそろ来るはずだった。彼はいつも計ったように五時過ぎにここにやってくるのだから。

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