阿蘇由実(会社員)【3】

 長い横断歩道を渡り終えると、由実はみのりを石畳に降ろした。

 小さく飛び跳ねながら階段を昇るみのりを見守りながら、ポケットからスマホを取り出して時間を確かめる。五時十分過ぎ。約束の時間まではまだすこし余裕がある。

 二人はアミュプラザに来ていた。JR九州が経営するショッピングプラザで、七階建ての駅ビルのなかに、ファッションや飲食店を中心として、書店、映画館、スポーツジム、それに病院などがはいっている。由実はGAPやniko and...などをよく覗きにきていたし、みのりはキデイランドやポケモンストア――どちらも主にぬいぐるみ――がお気に入りのようで、特に用事がなくても、週に一度は親子で訪れるところだった。だが今日は買い物のためではない。

 電話があったのは数時間前、役所への申請書類とにらめっこするのに疲れ、会社の自販機に小銭を差し入れながら、コーヒーにしようかカフェラテにしようか迷っているときだった。パンツのポケットで震えるスマホを取り出し、照明を絞った地階の薄暗がりに「洋子」の名前がぼんやりと光っているのを見たとき、由実はいささか驚いた。

 迫洋子は中学時代からの友人だ。高校、大学と同じ学校に進み、お互い就職したあとも二、三カ月に一回は会って話す仲だった。だから電話がかかってくること自体は不思議ではないけれど、このまえカフェで近況報告しあってから一週間も経っていない。こんなに早く連絡が来ることはいままで一度もなかった。

 携帯電話を耳に当てて「はい」と応じた由実は、すぐに友人の異変に気づいた。

「もしもし、由実、わたし……ごめんね、いま大丈夫?」

「うん、だいじょぶだいじょぶ。どうしたの?」

「あのね……」

 洋子の声は小さく沈み、語尾はかすれて、電波に乗るあいだにただの空気の擦過音となって消えた。しばらく無言の間がつづく。彼女になにかあったことは間違いないが、それがどんな種類のことなのかはわからなかった。こんなことは初めてで、由実は先を促していいものかどうか迷い、下唇を嚙んでじっと待った。商品を選ぶタイムリミットを過ぎた自販機から、さきほど入れた小銭が返されてきた。

「……洋子?」

「ごめん、あの……ごめんね、急に電話して……」

「それはいいんだけど……大丈夫? なにか……」

 あったの、と訊ねる言葉は空気のかたまりのように喉に詰まって、音にまでならなかった。

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