塩屋雅弘(警備員)【8】

 紀伊國屋書店の隣りは、女性向け雑貨屋のFrancfrancだ。塩屋は小走りにそこに行くと、レジのところで身分証を示しながら事情を説明し、電話を借りて警察に連絡を入れた。「担当がすぐ向かいますので」と言う電話口の男性に「お願いします」と応えて、塩屋は通話終了のボタンを押した。

 爆発のような轟音とともに、体勢が崩れるほどの震動が襲ってきたのはそのときだった。

 地震の記憶が胸をよぎった。阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震のときのニュース映像が次々と閃く。崩壊した家屋、横倒しの高速道路、津波の黒い濁流。記憶に焼きつけられた光景がフラッシュバックし、塩屋は一瞬のあいだほとんどパニックに陥りかけた。

 だが轟音も振動もすぐにやんだ。かわいらしい雑貨の陳列棚で身体を支え、しばし動悸を鎮めようと胸を押さえる。だが、代わって聞こえてきたのは、階下から吹き抜けを貫いた悲鳴だった。

 何かあったのだ。さっきの何かが爆発するような、金属製のものが引き裂かれるような音。今度はテロの一語が頭に浮かんだ。中東や欧米での爆弾テロ、自動車テロはもはや日常茶飯事の感覚だが、まさか日本で、しかもこんな田舎の鹿児島で起こるなんて思いもしていなかった。もちろん警備担当として、可能性と対策だけはマニュアルにも明記されていたが、それはあくまで字面の上でのこと。まさか本当に起こるなんて――いや、テロと決まったわけではない。

 いまだ悲鳴が聞こえるなかで、書店の事務所に戻るべきか迷ったのは数秒だった。塩屋は不安そうな買い物客のあいだを縫って廊下を走ると、急いでエスカレーターへまわり、一段飛ばしで駆け降りた。一階降りるたびに、人々の不安そうな顔色が、焦燥や恐怖や混乱に変わっていくのがわかる。塩屋はほとんど、制服と一緒に着込んだ義務感だけで動いていた。

 ようやく一階の床を踏んだとき、右手のほうから誰かの泣き叫ぶような声と、いっそう大きなどよめきが聞こえてきた。そちらは駅の正面、バスターミナルに面した側だ。では駅のすぐ外で何かあったのか。振り向いて、塩屋は一瞬動けなくなった。廊下の先で、店の一角が吹き飛ばされたように、ガラスやコンクリートの破片が散乱している。あそこにあるのが何の店だったか記憶が定かではないが、なかで何かが爆発したみたいだ。廊下には倒れたまま動かない人たちも見える。ではやはりテロ――爆弾テロか。

 買い物客たちは血相を変えてビルの外へ、またはエスカレーターへと走っている。一秒でも早くこの場から離れようとして、我先にと身体をぶつけ合い、または互いを支え合いながら、塩屋がまだ知らない何かから逃げている。男が足をもつれさせて転び、すぐ後ろにいた女性がその身体に蹴つまずいてもんどりうった。老人が高校生ぐらいの少年に突き飛ばされ、床に頭をしたたかに打ちつけた。中年の女性が小さな子どもを抱きかかえるようにして急いでいる。一階はほとんどパニック状態に陥っていた。

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