第21話 輝かしくもありふれた青春は疾風の如し
月曜日はまず、乳首から始まった。つまり健康診断だ。それはもう何かしらの実験室で飼育されるハツカネズミの様に、俺たちは一糸乱れぬ列をなして、様々な事柄を診断されていく。時には乳首をさらけ出し、時には乳首を見せつけられて、それは続いた。
健康診断が終わっても、俺たちの意志とは無関係に物事は進められていく。体育館を行ったりきたり、何かを見せられたり見せつけられたり。まぁ、同級生の乳首じゃ無いだけマシだと思うしかなかった。もう乳首はうんざりだったから。
昼飯を食べれば、何事かを決めるHRが続く。やはりそれは俺の金髪を越えて繰り広げられた。というかそもそも、このクラスは気の良い奴が多すぎる。すべての事柄が幅の広い川の流れの様に、淀みなく進んでいく。本当に、有り難い事この上ない。
俺だって何か言われれば何でもするのにな、と思いながらも、手は挙げられなかった。なんて卑怯者なのだと、とりあえずの自己嫌悪を申し訳程度に抱く。
そして授業が終わり、俺は帰りがてらに学校近くの商店街や自宅近くの大通りを歩きながら、バイト募集の張り紙をスマホに収めていく。今度の休みに応募してみようとか思いながら。そんな感じで、月曜日は終わった。
続く火曜日には有り難いことに乳首は無く、なにやら部活に入れと体育館で先輩たちが面白オカシい勧誘を見せてくれた。まぁそのどれもが面白かったし、女子テニス部なんかはもうただエロいだけだったが、サッカー部の小麦に焼けた肌は同級生の乳首さながらに目に染みた。そして再びなんだかんだと火曜日は終わっていく。明日からテストかよってなもんで、家に帰った。
水曜日から金曜日は、三科目ずつのテストが行われた。午後の授業は無し。テスト期間中だしもしかしたら大和とユキノブは部活休みか? と伺っていたが、先輩たちは普通授業だから、一年生も希望すれば部活に出れるってなもんで、二人は部活に出ると言った。頑張れよってなもんで、俺は一人家に帰った。
またしても退屈な土日になってはしまったが、人生初のバイトに挑戦しようという、三番湯程の温度を保つ俺の熱意が、その退屈を何とか忘れさせてくれた。
まずは履歴書の書き方をネットで調べ、顔写真の準備。そして一番大事なのは、バイト先を何で選ぶか、だ。時給か立地か、働き易さかそれとも他の何かか、なんて呻り続けている内に、結局履歴書を書いただけで土日は終わった。
その履歴書に貼られた目つきの悪い金髪ヤンキーの顔写真に、どこの職場が採用するんだよっ、と自虐気味に突っ込みながらも、これもまた挑戦なのである、なんてすでに五番湯程になった熱意に薪をくべて、俺は眠りについた。
さて今週は、期待と煩わしさが共有する、二泊三日の校外研修がある。その所為で月曜日の選択授業がHRになってしまったのが悔やまれるが、致し方ない。結局俺は、楽しみにしてたりする訳だし。
そして普通授業が挟まれながらも月曜日から火曜日までの間に行われたHRによって、校外研修の様々な事柄が決まっていく。面白い事考える係や、美味しいカレー作るグループやバーベキューのなんやかんや。とりあえず色々と決まって、ついに水曜日となった。
クラスごとに乗せられたバスに揺られ、目的地の宿舎を目指す。そしてそのバスの中で、面白いこと考える係がそれなりに面白い事を考えてくれた。まずは、クイズだ。
「ある動物達の暮らす村で、犯罪が起きました。たくさんの目撃者がいましたが、それを警察に通報した動物達は、全員牢屋に入れられてしまいました。さて、本当の犯人は誰でしょう?」
中々面白いではないか、などと俺は必死に答えを考える。誰もが押し黙る中、不意にユキノブが手を挙げ、「人間」などと中々深い答え(不正解)を出しながらも正解が出ない中、ついに俺の頭に正真正銘の答えが浮かび出た。急いで手を挙げる。
「はい、シュウヤ君」
「犯人は、ワシ」
瞬きの沈黙後、バスの中には感嘆の吐息が上がり始める。
「正解です。動物達は警察に、犯人はワシだ、と伝えたら、お前が犯人かって、捕まってしまいました」
俺はしてやったり顔をどうにか押さえつけて、別に感を漂わす。そして次に行われた面白い事考える係が考えた面白い事が、全然面白味が分からない、無差別のカラオケだった。
まずは涼子先生と気の良い明るげな女子生徒が、ある動画サイトで爆発的に流行っているダンス付きの歌を可愛げに歌い上げた。おそらく数名の男子生徒は、その黒髪長髪の女子生徒と涼子先生に、叶わぬ恋を抱いただろう。例に漏れず、当たり前に俺も。
「じゃあ次は誰が歌う?」
と無茶ぶりが車内を支配した。誰もが目線を下げる。ただでさえ恥ずかしすぎるのに、あの完璧な可愛げの後で、誰が歌えるのだろう。
そんな事を考えていたら、不意にユキノブが席を立ち、車内前方に向かっていく。さすがは四組きってのお調子者だと俺が感心していたら、なにやら面白い事考える係のリーダーと話し合って、俺の隣に戻ってきた。ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、手にはマイクを持って。
お前凄いな、と尊敬の念を込めた言葉を口に出そうとした直前、不意に前方から聞き届いた軽快な音楽に、俺はあるトラウマを思い出した。
その音楽は、鈴の音が鳴り響き、高域でまとめられたピアノの音色が印象的な少女趣味丸だしのその音楽は、魔法少女ルルカリルカのオープニング曲である。ユキノブがニヤニヤと俺にマイクを差し向けた。ぶっ殺そうかなと思った。割とマジで。
信じられないほどの窮地が、俺に襲いかかってきた。全ての時が停滞を起こすほど、最高速度で思考を巡らせる。
中学の頃、県大会の決勝戦で同じ様な感覚を味わった事がある。一点差で負けていた。ボールは俺の足下にある。このチャンスを逃せば試合は終わる。そんな時に味わった感覚が、バスの車内で魔法少女ルルカリルカのオープニング曲を聞くことによって、呼び起こされた。もしかしたら、あの時よりも高濃度で。
もう曲は掛かっている。車内を包むのは、自分では無くて良かったという安心感と、マジであいつこれ歌うのか、という好奇にも似た期待。
もしこれで歌わないという選択をすれば、車内には落胆が充満するだろう。そしてまだ互いの性格を良く知らないクラスの位置づけとして、俺はつまらない金髪だという烙印が押されかねない。ノリが悪いと。カラオケには誘わないでおこうと。クラス会では仲間外れにしようと。それは寂し過ぎる。嫌だっ、と俺はユキノブからマイクを奪い取った。
さて、未だ時間はゆっくりと流れている。だがしかし、止まっている訳じゃ無し。もう少しで歌い出しだ。歌う事は決意した。だが、問題は歌い方だ。それを間違えてしまえば、俺の歌唱は
体育会系で育った訳だ、俺は。こんな仕打ちは何度も経験してきた。強豪校だ。先輩は絶対。一発ギャグをして俺を楽しませろ。そんなの日常茶飯事だ。くそったれ。思い出しただけでムカついたが、まさかこんなところで役に立つとは。
そんな時、後輩の反応は二つに分かれる。顔を真っ赤にして萎縮してしまうか、全力で、やり遂げるか。前者を選べば最悪だ。見てるこっちが恥ずかしい。目を背けたくなるほど無惨、凄惨。痛々しいとはまさにである。
だから俺は経験上、後者を選ぶしかないのである。他に選択肢は無い。全力で、やり遂げる。拒否するタイミングは完璧に逃した。マジで後でぶっ殺そう、ユキノブ。
真っ黒な決意を胸に、俺は立ち上がった。マイクを口元に持って行く。全員の視線が、四方八方から突き刺さった。喉の調子を確かめるような呻りを上げ、全力の前振りを入れる。視界に並ぶクラスメイトの顔に、おっ、という期待の込められた笑みが浮かんだ。さあ歌い出しだ。掛かってこいっ!! 魔法少女ルルカリルカよっ!! せーのっ!!
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