第45話 アンジェネリックフレイル

4発同時発射の強化マジックアローですら、俺の腕では見事に的のフナムシを外してしまう。

普通に投げてもラチがあかないと思った俺は、フナムシに可能な限り近付いて少しでも命中率を上げる作戦に出た。

いよいよ俺がアローを放とうとした時、不動だったフナムシが突如沈黙を破り、俺目掛けて飛びかかって来る。

ゴキブリにも似たそのキモさに、俺は本能で顔を覆った。


『ガギィン』


あ、謎バリアーだ。


俺が防御を解除して周囲を見渡すと、謎バリアーに阻まれ弾き飛ばされた筈のフナムシはもう近くに居なかった。

物理的なダメージは防げても、あのビジュアルによる精神的ダメージの軽減にはならないね。

くっ付かれて体を這いずり回られるよりはよっぽど良いけど。

う、想像しただけで寒気が……。


「ガサガサガサガサ」


つくづく逃げ足の速いラスティアンだ。

フナムシは既に俺から何メートルも離れ、草を掻き分けて疾走している。

近寄って命中率を上げる作戦は失敗に終わってしまった。

岩の上から動かなかったのは、何時でも逃げ出せる自信が有ったからなのか。


「……もう、こいつに頼るしかないか?」


俺は首から下げているアンジェロッドを握った。

マジックアロー練習用の魔法具と融合させれば、少なくとも普通に放つよりは強化されるだろう。

威力が上がれば女王を巻き込む心配も増すが、先にフナムシが女王を襲ってしまっては元も子もない。

俺は首からペンダントを……あ。


「外せるんだった……」


ペンダントとアンジェロッドの接合部をそれぞれ摘んでカチッと捻ると、ほらこの通り。

買ってから一度も外してなかったから、すっかり忘れてしまっていた機能だ。

ペンダント自体を外すよりもスムーズだね。


さて、本来の目的に戻ろう。

俺はアンアンコスの適当な隙間にしまってあった魔法具を取り出して左手に、アンジェロッドを右手にそれぞれ握った。


「カサカサカサ」


「……んっ!?」


草を掻き分けるのとは別物の足音に目を向けると、何と女王が寝ている大岩の壁面をフナムシが登っているではないか。

マズい、女王は今隙だらけだ。

攻撃こそ最大の防御と思うあまり、彼女から離れ過ぎてしまっていた。

俺は外れる事など考えず全力を込め、反射的にマジックアローを放つ。

女王を守れ、マジックアロー!」


『ブンッ』


「……ああっ!」


しまった、アンジェロッドと魔法具を投げちまった!

俺の馬鹿!


重い魔法具はすぐに落下したものの、もう一方のアンジェロッドは矢の羽根に似た翼の飾りやその細さが災いしたのか、大岩に向かって元気にすっ飛んで行ってしまう。

もし岩に当たって壊れでも……いや、もしかしたら!


フナムシがいよいよ大岩を登頂しようかという時、アンジェロッドが大岩に命中。

その瞬間、融合発動を示す眩い閃光がワッと広がり、大岩の周囲を瞬く間に飲み込んだ。

10メートル以上離れている俺ですら、それを直視する事は出来ない。


「っく……おおっ!」


災い転じて福と成すとはまさにこの事。

アンジェロッドは大岩と融合し、新たな魔法武器となった。

高さ3、4メートルは有った巨大な岩が、直径2メートル程度のゴツゴツした球状に。

俺視点で見て左の側面から一本の鎖が伸びて地面に垂れ、絡み合う蛇の群れの様に鎖の塊を作っている。

足場、つまり地形の一部として俺は捉えていたが、俯瞰すれば大岩だって立派な『物体』だよな。

正直な所盲点だったよ。


「いったたた……」


「女王!」


女王が上体と膝を軽く起こし、自身の腰回りをさすっている。

あの高さから落ちたんじゃあ、どんな寝坊助でも流石に目醒めるか。


「何事じゃ……?」


「ラスティアンが近くに居ます!」


俺が口に両手を添えて叫ぶと、女王は素早くガバッと起き上がった。


「なんと!」


「すばしっこい小型の奴です!

警戒して下さい!」


俺は女王と魔法武器の元へ駆け出した。

あれさ、パッと見大振りのパワー系な武器っぽいんだけど。

鎖が付いてるから……振り回して攻撃すれば良いのか?

俊敏なフナムシに対して使っても全然当たらなさそう、


「シツ、これは何じゃ?」


女王が岩の球にペタペタと触れている。


「アンジェロッドと大岩を融合させました!

それで戦います!」


俺は女王の側に到着し、魔法武器をより近くで観察する。

形が球状になっている事以外は、元の岩とあまり変わった様には見えない。

左側面の鎖を辿ると、先端には俺の身長約半分程のやや長い棒が繋がっていた。

これを握って振り回すんだな、きっと。

大きさこそ異なれど、その棒のデザインはアンジェロッドの面影を強く残している。


「これは……フレイルかの?」


「フレイル?」


「棒に鎖などで鉄球を繋げ、振り回して攻撃する武器じゃ。

この様な大型の物、わらわは初めて見るがのう」


「成る程」


俺は棒部分を拾い上げ、両手でしっかりと握った。

つまりこれは、アンジェネリックフレイルか。


「よし!」


「シツよ、ラスティアンはどこに隠れておる?」


「……分かりません。

この草原に転がってる岩のどれかに隠れてるとは思いますけど」


「頼りないのう……」


「寝てた人がそれ言います!?」


「ガサガサガサガサ」


女王と俺がやり取りしていると、フナムシの移動音が聞こえた。

それ程遠くには逃げていなかったみたいだ。


「あ、あそこの岩陰に隠れおったぞ!」


女王が前に身を乗り出し、数有る岩の内一つを一直線に指差した。


「あそこですね?」


岩ごとぶっ潰せたら良いな、と前向きに考えつつ、俺は両手で握った棒を頭上に掲げて振り回し始めた。

案の定、岩や鎖の重量は全くと言って良い程俺の負担にならない。

ひょっとすると、洗った服を掛けるのに使う普通の物干し竿の方が、このアンジェネリックフレイルより体感的に重いんじゃなかろうか。


棒の動きに鎖が引きずられ、その鎖が更に岩球を空中へと引っ張り上げる。

俺の背丈よりも大きな岩の塊が、俺を中心にしてブンブンと大きな円を描き始めた。

鎖の長さは3メートルくらいだろうから、円の直径はおよそ6メートルか。


「ひゃあ!」


回転する岩に驚いた女王は、頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

そうするべきだと俺も思うよ。


「……長さ足りなくね?」


ノッて来てから気付いたが、女王が指差した岩は数メートル先。

アンジェネリックフレイルの鎖は精々3メートル。

どう考えても届かない。

もしかしてこれ、全然使えないんじゃ……?


「早うせいシツ!

何をモタモタしておる!」


「ええい!」


苛立ちを交えた女王の急かしに俺もイラっとして、届かないとは知りつつもフレイルを振り下ろした。

すると、振り下ろした途端に鎖が長く伸び、岩球は俺の想定以上に長距離を突き進んで行く。

アンジェロッドは何でも有りだな!


『ゴォオン』


意外な機能のお陰で、ヤケクソ気味に放った岩球が見事狙いの岩に命中。

元はどっちも同じ岩だが、アンジェロッド効果で岩球は無傷。

対する標的の岩は思いっ切り破壊され、ガラガラと音を立てて複数の破片に別れた。


「やったか、シツ」


「女王、フラグ立てないで下さい」


折角人が新武器で良い気分になってたのに女王がこれじゃあ、まだフナムシが生きてるのは確定的だよなぁ。

ま、当たるとも思ってなかったけどさ。


「ガサガサガサガサ」


……やっぱり。

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