第70話
「実はわたし、今日、これをもらってきたんです」
『部活動申請用紙』
見ると、部員の欄以外は全部埋まっている。
部活動名:幽霊退治部
活動内容: 未練を残している幽霊の未練を叶えて、還ってもらう。(暴力反対!)
申請理由:幽霊について皆の理解を深め、適切な活動に励むため。
「……これは無理だろ」
思わず呟いた俺に、陽來が真剣な眼差しを向けてくる。
「どこら辺がダメですか!? 教えて頂ければ直しますけど!」
うん、全部。
呆れてため息をついた俺の前で姫条は紙をじっと見ると口を開いた。
「いいんじゃないかしら。部活という形でなら、私の死神としての活動もやりやすくなるし、何より神々廻さんが一部参加しても問題ないわ」
「ほんとですか!? ほら、姫条先輩はいいって言ってますよ、先輩」
ドヤ顔の陽來に俺は小さく肩を竦めた。
幽霊退治部。俺がこの部活を認めることにどれだけジレンマがあるか、こいつには絶対にわからないんだろう。わからせてやる予定もないが。
「じゃあ、先輩たち、ここに名前書いてください。部員が三人いれば受理してくれるそうなので、書いたら一緒に職員室に出しに行きましょう!」
陽來の言葉に俺と姫条の動きが止まった。
ペンケースからボールペンを出した陽來はそれを俺に差し出し、ようやく俺たちの表情に気付く。
「どうしましたか? 先輩も姫条先輩も怖い顔して……」
マズい。桜木ハルなんて架空の人名を書いて提出したら一発でバレちまう。
「……陽來……俺は、部活に入るなんて一言も……」
「ダメですよ、先輩。人数が足りないんです。入ってもらわないと困ります。幽霊部員で大丈夫ですから」
これが本当の幽霊部員。……ってシャレにウケてる場合じゃねえ!
幽霊部員でいいという言葉とは裏腹に、陽來はよりにもよって「部長」という欄に俺の名前を書こうとして、
「あああーっ!」
「神々廻さん!」
俺と姫条の声が重なった。
陽來が手を止めてキョトンと俺たちを見る。
「ダ、ダメよ、神々廻さん。この男を部長にしたら、この部活申請は通らないわ。先生が判断するんだから、部長は部活という大義名分を掲げて裏で悪事を働くなんて考えられないような人じゃないと」
「そっか……先輩、ワルですもんね」
しみじみと言う陽來に俺と姫条は揃って安堵の息を洩らす。ん? ここで俺も安堵していいのか?
「私にいい考えがあるわ。貸して」
陽來からボールペンを受け取った姫条は部長の欄に何やら書き始める。
『若宮悠斗』
俺の名前……!
「その名前は……?」
「今年の春に死んだ男子生徒の名前よ」
首を傾げた陽來に、姫条が答える。
「彼は高校入学を目前にして心臓病が発覚し、登校することができなかった。でも、彼は制服も揃え、いつか学校に通えることを夢見てた。彼の名前を借りるの。名誉部長みたいなものよ。幽霊が部長だったら、先生も文句を付けづらいでしょ。私たちの活動は彼の遺志を継いで行っていることにするの」
「なるほど! さすが姫条先輩!」
「あとは私たちの名前を書いて……」
姫条が自分の名前を下に書いて回し、その下に陽來が名前を連ねる。
最後に陽來は申請用紙とボールペンを俺に回し、
姫条が修正液をチラつかせ、俺に合図するのが見えた。
後で消すから。あの口パクはそう言っている。
桜木ハル、と小さめに書き、俺は申請用紙を姫条に渡した。それを受け取った姫条が立ち上がる。
「じゃあ、これ提出してくるわ。それまでちょっと待ってて」
「え? 姫条先輩、わたしも行きます! わたしが持ってきたんですし、姫条先輩一人で行かせるのは申し訳ないです……」
「いいのよ、神々廻さんはここで待ってて。それより、その男が私の紅茶に口をつけないか見張ってて欲しいわ」
つけられねーよ、と内心でツッコむ俺の横で、「はい!」と元気よく返事をする陽來。
姫条が出て行くと、陽來は「ああ」とうっとりした声を上げた。
「遂に部活が結成されるんですね! わたし、放課後に部活で忙しい学校生活を送るのが夢だったんです。なんかこれぞ青春って感じがしませんか!?」
陽來が興奮を抑えきれない様子でカップを取った。ちなみにこれは、俺が今朝、職員室から追加でパクってきたものである。やはりカップは全員分ないとダメだからな。
「あ、でも、部活になったら部室がもらえるから、ここに集まることなくなっちゃいますね。お湯沸かせるからここ、ちょうどよかったのに。理科準備室で活動しちゃダメですかね? 幽霊の未練はここでしか叶えられないとか無理言って」
ここで新たな未練を作っちまった幽霊はいるけどな。
カップにお湯を注いで紅茶を淹れ始める陽來を横目で見ながら、俺はふと自分の未練について思いを巡らせた。
姫条は新たな未練を作ったと言っていたが、実は俺に明確な心当たりはない。あれじゃないかなー、なんて漠然としたものはあるけれど確証はない。
とにかく、この奇妙に成り立ってしまっている学校生活で、何かが俺の中に未練として引っかかってしまっていることは事実なわけで。
「ねえ、先輩。部活結成のお祝い、今度しましょうね」
何も知らない陽來が屈託なく俺に笑いかける。満開の花畑のような笑顔。
どうやら俺はしばらく還れなさそうだ。
陽來の笑顔にそんな予感を覚えた俺は、「ああ、そうだな」と頷いた。窓からはいつもと変わらないサッカー部の声が響いてきていた。
実は俺が××なのは彼女には秘密にしておくことにする ミサキナギ @verdigris
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