II - 04
太陽が照り付け、焼けるように空気が熱かった。
弱冷房が効いたぬるい電車の中、親父から着信が入りスマートフォンが震えたが、早く金を持って帰ってきて欲しい、という催促だろうと判断して、無視した。不在着信一件。短い間をおいてスマートフォンがもう一度震え、不在着信は二件になった。
車内で、火事の様子を撮影した動画を何度も観た。
スマートフォンに接続したイヤホンを通して音声を聞いていると、撮影者にして同級生の男子高校生のものだろう能天気な声が何度も入っていた。やべー、すげえ燃えてる、火、強すぎ、やばいやばいやばい、と声は繰り返していた。消防車の甲高いサイレンを拾うにつれ音の割れが酷くなっていき、動画は途切れた。
駅からはある程度距離があったが、徒歩で行くことにした。靴底を溶かしそうに熱いアスファルトを踏みしめながら道を辿り、昨日、車内から見た光景がないかを探してみたりもした。昨日来た時は夜で、車の窓にはスモークが張られていたから、同じ景色でもまるで見え方が違うはずで、その判断に戸惑った。
汗を流し、汗を乾かしては歩いた。
支柱が歪んだカーブミラーの脇を通り、角を曲がると、真っ黒に煤けたオレンジ色の屋根が見えた。映画やドラマでよく見るような黄色と黒の縞模様の立ち入り禁止テープが張られていた。三角コーンが等間隔に三つ置かれていて、その間でテープがゆらゆらと揺れている。殺人現場だからだろう、警察官の男が一人立っていて、俺をちらりと見た。
見上げると、黒い家があった。
窓は外れ、ガラスが砕け、壁が焼け崩れた家は炭化と煤で真っ黒になっていて、鉄筋の部分だけがかろうじて残っていた。皮と肉だけが焼け落ちた、二階建ての家の死骸だ。プラスチックを火で炙ったときのような甘い匂い、ガソリンの独特の匂い、髪や爪を焼いたような刺激臭、それらが入り混じったような匂いが空気に乗って流れてきて鼻を突いた。
焼けずに残っている銀のプレートの表札を見ると、『神栖』と刻まれている。
下に小さくアルファベットが併記されているのを見るに、カミス、と読むらしい。
人が通りがかっては家を見上げて行った。家の中から足音がして、捜査か何かが行われているのだと思った。名画でも見ているかのように、俺は家を見上げ続けていたが、警察官が俺を睨んで歩み寄ってこようとしたので、軽く頭を下げて立ち去った。
あの家が面した道を通り過ぎ、一つ、二つ、と角を曲がり、
「あの」
と。
後ろから声をかけられた。
振り向くと、女が俺を怪訝そうな目で見上げていた。年齢的に高校生くらいだと思ったが、制服姿ではないので判断できない。女はいたって普通の私服姿で、眼鏡をかけていて、帽子も被っていた。
「神栖、さんの家、じっと見てましたけど、知り合いか何かですか」
女が尋ねた。警戒しているようなとげとげしさがある声で、言葉の繋ぎがたどたどしかった。同級生か、仲の良い近隣住民か、どちらともつかなかったが、そういうやつだろう。一瞬、なんと答えるべきか逡巡し、平坦に答えた。
「ああ、神栖さん……その、お姉さんに、世話になったことがあって」
滅茶苦茶かつ適当な嘘だったが、俺の口調だけはいたって滑らかだった。
俺は、あの日何が起こっていたのか、長女が何をしたのかを知りたかった。
「それで?」
「様子を知りたかっただけですよ。なんていうか、事件が事件じゃないですか。どれくらいの事件だったかとか、最近の様子がどうだったとか、いまはどうかとか、気になったり、心配するのは、変ですかね」
俺が話すと、女は不気味な穏やかさで笑った。
「少し、話でもしますか」
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