第三章 穢れと浄化
第三章−壱
ゆらゆらと淡く儚い其れは、初めは深淵の闇に漂う意志のないモノだった。
数多なる中の一つとして、他の其れと同じ特別なにもなく、其れも深淵の闇にゆらゆらと居るだけ。
あの時もそうだった。
変わりばえのないその闇に溶け込むように其れは居た。
しかし、そこにどういうわけか、突然闇の中に小さな光が生まれた。
光は次第に大きくなり、その光に照らされた其れは産まれたての赤ん坊のように初めて意志を持ち始めた。
いつしか其れはその光を焦がれるようになり、光を欲しくなった。
欲しいという強い意志に、闇の中に居た其れは人の形を成し自我を取り戻して、己が何者だったのか思い出す。
それからは簡単だった。人だったことを思い出した其れは、五感を、感覚を思い出し、喉から手が出るほど欲しいと思った光に向けて、手を伸ばしたのだ。
刹那、其れは光に吸い込まれるように闇の中から抜け出した。
気づくとぼんやりと、見たことのない別世界に飛ばされて居た。
日が暮れ、周りは薄暗く見渡すと高く聳える四角い巨大な壁が建ち並び、それは光り輝いていた。
そのとき近くを素早く動くけたたましい塊が通り過ぎた。
驚いた其れは安全な場所へとフラフラと覚束ない足取りで、巨大な壁と壁の隙間の中へ歩くと、筋肉の衰えた身体はすぐに悲鳴を上げて膝から崩れるように地面に倒れ込んだ。
「…っ」
口から声がもれた。
しかし声は言葉を発することなく喉の奥で消えた。
誰にも聞こえず、己の荒い息遣いだけを耳に、倒れた其れは力を振り絞り壁に手をつけ立ち上がろうとした。
「あっ、だ、大丈夫ですか!?」
するとそのとき、近くから声が降ってきた。はっとして顔を上げると、眩しい光の中に、屈んでこちらを見つめる者がいた。
ドクン!と喪っていたはずの心臓が強く激しく動き出す。
大きく目を見開いた其れに、心配そうな眼差しを向けてどこか慌てたようにこちらを見ている。
…欲しい。
あの深淵の闇の中の光よりも、あの光る巨大な壁よりも、どの光よりも強く、眩しく光り輝いているこの女を。
見つけた。
一瞬で心を奪った…俺の、俺だけの光だ。
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