第58話 幼なじみーロックside
サラと一緒に旅をしている時、俺はいずれサラと所帯を持つだろうなと漠然と考えていた。
サラの周りに男の影がなかった(ロックが追い払っていた)ことで、自惚れていたのかもしれないが、その時は当たり前のことだと思っていた。
だが所帯をもつにしても定住場所を見つけなければならない。故郷に帰ることも考えたが、治安が悪く平民に冷たい国に帰るのは躊躇う。
ルーダリア王国で冒険者をしながらしばらく暮らしていて、この国でなら家族を持てると思った。確かにこの国も貴族と平民の間に壁はある。だが他の国に比べたらいくらかマシだった。
奴隷も少ししかいないし、奴隷の扱いも良かった。少なくとも奴隷に靴や服を与えない人がいる隣国よりはずっといい。あの国には一目で奴隷だとわかる者たちがあふれていた。しかもちょっとしたことで奴隷に落とされるのだから長居は出来なかった。この国に入った時は肩の力が抜けたほど、あの国では緊張を強いられた。
だが所帯を持つのにもお金がいる。多少の金はあるが、できれば家族を持つなら冒険者を辞めたかった。
冒険者は危険な職業で、いつ死んでもおかしくない。もし自分が死ねば家族が路頭に迷うかもしれない。スラムで暮らしている者たちを見れば行きつく先が想像できる。この国のスラムはよその比べてマシだけど、それでも自分の家族にそこで暮らしてほしくはない。死んでしまえば助けることすらできないのだ。
だが自分は多少魔法の才能があるだけで、学歴もない。ギルドで働くことも考えたが、冒険者上がりのギルド職員は有事の際には冒険者として働かなければならない。それではやはり家族を残して死んでしまう確率が高い。
今思えば一人で考えずにサラと一緒に考えるべきだった。サラを守っているつもりで、結局悲しませることになった。
その仕事は冒険者ギルドからの依頼ではなかった。冒険者ギルドが全く関係なかったわけではないけど、一応個人として契約することになった。その方が報酬も多くい手に入るが、万が一の保証はない。とても危険な仕事だった。長い時間拘束されるし、何の力もないサラを連れてはいけなかった。
それでも最終的にその仕事を受けたのはどうしてもお金が欲しかったからだ。この機会を逃せば、もう二度とこんな美味しい仕事には巡り合えない。
やはりあの時の私は自惚れていたのだ。自分は死なないと根拠もなく思っていた。そしてこの仕事を終えて帰ってきたら、サラと所帯を持つ。そして仕事で得た報酬で料理も提供できる宿屋でもしようかと考えていた。自分だけで考えた将来の設計図にはサラと自分の子供たちまでいた。
最初に設計図にひびが入ったのは、数か月ですむ仕事だと思っていたのに一年近くもかかってしまったことだ。それでもまだ俺は楽観視していた。こういうことはよくあることで、その分報酬も上乗せになったのだからとサラの喜ぶ顔を想像して一人悦に入っていた。
ひびに亀裂が入ったのは、サラのことを頼んでいた貴族の無責任な言葉を聞いた時だ。それでもここでこいつを殴ってしまったら、おしまいだと思い我慢した。
サラとの将来の設計図が完全に壊れたのは、サラが男と出て行ったと聞かされた時だ。
あり得ないと思いながらも、サラと将来の約束をしたことがない事に気づかされた。俺だけが勝手に作った設計図だった。そこにサラの意思はない。どうしてそれでうまくいくと考えていたのか不思議な気がした。なんとんく気持ちが通じ合っているような気がしたのだ。
その日はしこたま酒を飲み酔いつぶれた。夢の中のサラは二日酔いになった俺に膝枕をしてくれた。「あんなにお酒を飲むなんて馬鹿ね」と言ってほほ笑むサラにいままでのことが悪夢だと思いホッとして深い眠りについた。
だが翌日目覚めた時に痛む頭ですべて現実だと思い出した。
俺は二日酔いの頭を抱えながら決意する。このままサラを忘れるなんて無理だ。せめて一目彼女に会いたい。迷惑かもしれないが確かめなければならない。
故郷から連れ出した俺にはそうする義務がると無理やり理由をつけ、サラを探す旅に出た。その時、セネット家にもう一度聞き込みを知れば違っていたのかもしれない。だがあの時は丁度チェンジリング騒ぎの後で、セネット侯爵家はピリピリしていた。とてもあの屋敷に近づくことは出来なかった。
簡単に見つかると思っていたサラの行方はまるでつかめなかった。
もう諦めたほうがいいのではないかと思っていた時に、王都で『うどんとクレープ』の店に出会った。
看板を見た時は驚いたもんじゃなかった。まさかこの国で故郷でしか食べたことのないうどんを食べることができるとは思わなかった。クレープは故郷を出てからもサラが時々作ってくれていたが、うどんは力がないから無理らしく食べることがかなわなかったのだ。
だが料理が名前負けすることはよくあるので、あまり期待していなかった。
注文してからそれほど待たされることなくうどんが運ばれてきた。
鼻腔をくすぐるだしの匂い。まさしく故郷でかいだうどんの匂いだった。
味はどうだろう。はやる気持ちをおさえそっと口に含む。
一口飲んだ後に感じた思いは知らず口から出ていた。
「ああ、ホッとする味だ」
「ホッとする味ですか?」
従業員らしい栗色の髪をした女の子が不思議そうな顔をした。故郷の味だと言うと東の国かと聞かれた。この少女が東の国を知っているとは思えないので、この店の経営者が東の国がガルヴァルトと関係があるのだろうと思った。
この時もっと詳しく話をしていれば、もっと早くサラに会えて、俺がルウルウ風邪にかかることもなかったのかもしれないが、その時はただただうどんを味わいたかった。
故郷を、そしてサラを感じていたかった。年月が経つにつれて薄れていくサラの記憶が戻ってくるのを感じてホッとしたのだ。
俺はまだ忘れていない。サラを忘れていない。
お代わりしたうどんを食べながら思うのは幼なじみであるサラのことだけだった。
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