第23話 十四歳 12

 サラさんと再会した次の日も話の続きがしたくて、マルとフリッツに頼んで市場に会いに来た。マルとフリッツは朝早くからサラさんからの指名依頼の仕事をこなしてから学校に行った。一人で帰れると言ったけど学校が終わるまでここで待っているようにと言われてしまった


「兄弟とは仲がいいみたいで安心しました」

「まだまだなの。ただ母に頼まれているから面倒を見てくれているの」

「そうでしょうか。本当にアンナ様のことを心配しているように見えましたよ」


 サラの言うことが本当なら嬉しいけど、まだ一緒に暮らしだして数日しか経っていないこと思うとまだまだだと思う。


「ねえ、サラ。私はもう貴族ではなくなったの。だから敬語で話すのは変だと思うの。これからはアンナって呼んで欲しいわ」


 私がそう言うとサラは目を見開いて驚いていた。


「で、でも、私にとってはお嬢様なので呼び捨てとかは…」

「私がそうして欲しいの。いつまでも敬語だと寂しいわ」


 私がしょんぼりした顔をすると慌てたようにあわあわしている。


「わかりまし、じゃなくてわかったわ。でもアンナさんでいいかしら。いきなり変えるのは難しいわ」

「うん。わかったわ。でもいつかアンナって呼んでね」


 様をつけて呼ばれるよりはいいので頷く。


「それでアンナさ…さんはこれからどうするの? 学院には通うのでしょう?」

「えっ? 通わないわよ。学院に通うにはお金がかかるもの。庶民には無理よ」

「でもエドモンド様も一緒に通えるってあれほど喜んでいたのに…」

「そんなに喜んでいるようには見えなかったけど」

「あら、必死に隠あしあていましたけど、エド様は喜んでいたわよ」

「そうかしら。でもエドとの婚約は解消されたから、エドも兄と同じで私のことなんか忘れていると思うわ」


 そうエドだって兄と同じはずだ。セネット侯爵家の娘ではない私にはもう会いたくないだろう。


「ヘンリー様に何か言われたの?」

「貴族が庶民に言うことを言われただけ。本当は私みたいなのが妹で恥ずかしかったと。誰にも紹介できない妹だったって言われたわ」

「まあ、きっとヘンリー様もいきなりのことでショックでおかしくなっていたのよ。本音ではないはずよ。だってあれほど貴女のことを可愛がっていたのに…」


 兄に言われたことを話すとサラは顔を顰める。

 そう兄は妹である私をいつも庇ってくれていた。その姿に偽りがあったとは思えない。ただその妹が赤の他人でしかも庶民に過ぎなかったとわかって、兄はあっさりと考えを変えたのだと思う。十四年の月日は関係なかった。

 エドとの関係は家族よりもずっと短い。それも一年前までは嫌われていたような関係だ。そのエドが庶民になってしまった私に興味をもつかしら。


「貴族とはそういうものなの。私もセネット侯爵家で十四年も過ごしてきたので、兄や両親の考えは理解できるの」


 たとえ兄が私と同じ立場だったとしても私は兄の味方だと言えるけど、言うだけで何も手助けなんてできないだろう。私がどれほど訴えても両親の考えを変えることなんてできないだろうから。ただ私が悲しかったのは兄の言葉で、助けてくれなくてもいいから「これからはもう会えないが、お前はいつだって私の妹だ」って言ってほしかった。


「貴族ってこれだから…」

「サラはあまり貴族が好きではないみたいなのに、どうしてセネット侯爵家のキッチンメイドになったの?」

「紹介状を書いてくれた人がいるの。その人が一度は貴族の屋敷で働いた方がいいって。それに賃金が魅力的だったからよ。雇われてすぐにアンナさんに教えることになって良かった。でなければすぐに辞めていたと思うもの。そうしたらお金がなくて屋台を出すこともできなかったわ」


 侯爵家で働いて得た給金は屋台を出すのに使ったようだ。屋台を出すのっていくら位必要なのかしら。


「でもこれだけも物をそろえるのって結構大変だったでしょ?」

「そうでもないのよ。この屋台の基礎は借りているの。これだけの物はアパートには置けないから借りるのが丁度いいのよ」


 屋台はよく見ると車輪がついていて動かせるようになっている。これを契約して借りれば、置き場所にも困らないようだ。なんて便利な商売だろう。この屋台を貸す人はただ貸すだけで利益を上げていることになる。

 でも置き場所やこの屋台をそろえるだけでも莫大お金がかかるだろうから、結局お金を持っている人はさらにお金持ちになるってことなのね。


「……でも私は、エドモンド様はいつか貴女に会いに来ると思うわ」


 私が屋台について考えているとサラがぽつりと呟いた。彼女はエドと何度も会っているから彼のことを信じたいようだ。私だってエドのことを信じている。でもそれとこれは違う。私がエドに望まれた婚約者だったのなら、きっとエドは私を見捨てたりはしない。そんな人ではないと思うから。

 でも私は親が用意した婚約者で、愛し合って婚約したわけではない。


「エドと私は親が決めた婚約者なの。だから仕方のない事なのよ」


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