第21話 十四歳 10

 靴だけは今まで履いていた皮で作られたブーツを履いている。アネットが履いていた木靴も挑戦してみたけど足が痛くて無理だったのだ。

 マルもフリッツも私に合わせて歩いている。どうも私の歩く速度はかなり遅いみたい。でも仕方ないと思う。今までこんな舗装されていない道を歩いたことはないのだから。


『もう少し歩けば石畳で出来た道に出るよ』


 クリューが私の耳元で教えてくれる。

 私たちが住んでいる場所は下町で舗装結構歩かないと市場には行けないらしい。


「取り敢えず小麦粉が必要だな」


 マルが呟いている。


「そうだね。スコーン美味しいもんね」

「馬鹿、パンとかに使うからだよ」


 そっかぁ。マルもフリッツもスコーンが好きなのね。私は嬉しくて歩く速度が上がった。

 エドは甘いものが苦手だったからチーズとベーコン入りのスコーンばかり食べていたことを思い出す。

 道が石畳に変わって歩きやすくなったと同時に、人通りが多くなる。そして騒がしくなった。

 わー、なんだろう。すごい。パーティも人が多いと思っていたけど、それとは違って飲み込まれそうな感じ。


「おい、トロトロするな。迷子になるぞ」


 迷子ってちっちゃい子供がなるあれだよね。そんな恥ずかしいものにはなりたくない。

 必死に二人に置いて行かれないように歩く。でも私と弟たちでは場数が違う。人ごみに慣れていない私はあっという間に彼らからはぐれてしまった。


『これって…私が迷子ってことになるの?』

『それはそうだよね。マルとフリッツは目的の場所に着いてるだろうから』

『ひゃー、この年で迷子なんて恥ずかしすぎる』

『仕方ないさ。それより変な場所には行くなよ』

『変な場所?』

『人通りが少ないところは危ないってこと。とにかくマルたちの歩いた方向に行くべきだな』

『うん、わかった』


 クリューに注意されたので人通りを避けるのはやめる。少しずつ人がいない場所の方に歩いていたのだ。


『うーん、でも背が高い人ばかりだから何も見えないよ。どっちに歩いたらいい?』

『市場に行くのならこのまま真っすぐだな』

『真っすぐね』

 

 しばらく歩いていると視界が開けた。

 

『ここが市場? すごい。なんか美味しそうな匂いもするね』


 私にとってそこは未知の世界だった。知らない食材も知っている食材もたくさんある。


『クリュー、あれは何? あっちは?』


 次から次へとクリューに尋ねる。クリューが知らない食材は存在しないかのように答えてくれる。

 小麦粉を売っている店は沢山あって、マルたちがどこの店で買っているのかを聞いてなかったのを後悔する。


『あっ、お米が売っているわ』

『サラの国ではお米料理が多いと言っていたよな』

『そうよ。でもお米が手に入らなかったから、作り方を聞いただけで教われなかったのよね』

『買っていくか?』

『そうよね。作り方だけは聞いているから買ってもいいわよね。それに値段もすごく安いもの』


 一緒に売っている小麦に比べるととても安い。手に入らない食材だと聞いていたから値段が高いのかと思っていた。


「おじさん、このお米を三袋と小麦粉を三袋ください」

「そんなに? お嬢さん、どうやって持って帰るつもりだい?」

「兄が待っているから大丈夫よ」

「そうかい、じゃあ銀貨12枚だ」


 私はカバンの中から金貨を一枚取り出しておじさんに渡した。


「金貨しかないのかい? 今日は釣り銭があるからいいけど、次からは細かいお金にしてくれよ」


おじさんは渋い顔でお釣りをくれた。侯爵家からの手切れ金は全て金貨だったので、市場で買い物をする時前もって両替をしておいた方がよさそう。

お米三袋と小麦粉三袋はかなり重たくて持ち上げることすらできない。おじさんが横を向いた瞬間にクリューがお米を空間魔法に入れた。

 

『ふー、助かったわ。やっぱりクリューの魔法は便利よね~』

『いいけどおにぎりを食べさせろよ』


 おにぎりはクリューも食べたことがないらしく、サラから話を聞いた時から食べたがっていたのだ。


『うーん、それはいいけどノリがないのよね。どこかで売っているといいけど』


 ノリもこの国にはない食材だ。どんなものかも実はよくわからない。お米はお米って書いてあったからわかったけどね。ノリも売っているといいなぁ。後ショーユ? ミソ? サラの国の食材はこの市場で手に入るのだろうか。


「あっ、いたいた。どこに行ってんだよ。僕たちが母さんに怒られるだろ」

「そうだよ。母さんに叱られちゃうよ」


 マルとフリッツが私を見つけてくれた。ホッとしているのは母に叱られることを恐れていたからみたいだけど、それでも見つけてくれて嬉しい。


「ごめんなさい。迷ったみたい」

「あそこでクレープって変わったものを売っている店があるから食べようかって話していたんだ」

「一人一個は買えないから分けて食べような」


 マルとフリッツは私がいない間に二人だけで食べればいいのに私を探して一緒に食べようと言ってくれた。なんだかすごく嬉しくて抱き着こうとしたらよけられてしまった。


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