第15話 十四歳6

 朝食を食べ終えるとマルとフリッツが学校に行く用意をしていた。庶民が無料で通える学校が神殿で開かれている。貧しい家では子供も働き手なので通えない者も多いけど、マルトフリッツは通っているようだ。


「母さん、学校が終わったらフリッツと森に薬草取りに行ってくるから」

「森の奥は魔物が出て危ないから、奥には行かないのよ」

「わかっているよ」


 朝ご飯を食べながら今日の予定を話している。これは家族の会話なので私は入り込めない。それにしても薬草取りって何だろう。


『薬草取りって何?』


 家族の会話に割り込めないのでクリューに尋ねる。


『マルとフリッツは冒険者ギルドに登録して、簡単な依頼でお金を稼いでいるみたいだな。薬草取りは簡単な依頼の一つだ』

『簡単な依頼ってことはそんなにお金にならないの?』

『薬草にもいろいろあって、ものすごく高価なものもあるがそういうのは魔物とかが出るところにしかないからな。魔物のいない所で採れる薬草は誰でも採れるから値段は安い。だがそういう薬草だって欲しがる人がいるから、冒険者になりたての子供の小遣い稼ぎには丁度いい』

『ふーん、色々な商売があるのね』


 ちなみに二人が通っている神殿の学校で習うのは読み書きや計算で、それより上を目指すには有料の学校に通わなければならない。アネットは優秀だったので特待生でその有料の学校に無料で通うことができたそうだ。

 学校に行って森で薬草取りをする二人に、お腹が空くだろうと思い前に焼いたスコーンを紙に包んで渡した。二人は無言でその紙袋を受け取ってくれた。


「そんなに気を使わなくていいのよ。あの子たちもお昼に食べないのには慣れているのだから」


 母にはそう言われたけど、成長期の男の子にはお腹いっぱいは無理でも空かない程度は食べさせてあげたい。

 この家には蛇口もない。水は共同の井戸から運ばなければならない。

 家の中の掃除をしていると母が重たい水を運んできて甕に溜めているのを見て驚いてしまった。この水で皿を洗ったり料理をしたりするそうだ。洗濯は共同の洗濯場があるみたいで、水を運んだ後に洗いに行くというので水を運ぶのは私がすると言った。母はびっくりしたような顔をした。


「水はとても重いのよ。貴女には無理だと思うわ」


 私の手を見ながら母が呟く。私は母の腕と手を見て自分の腕と手を見る。確かに母に比べると細いし手も荒れていない。

 でも私には奥の手があるから大丈夫。


「こう見えて力持ちなのよ。水を運ぶのなんて若い私に任せて!」


 それでもまだ心配そうな母を洗濯場に行くように勧めて、私は木の桶を二つ持って井戸へ行く。実は井戸の場所も知らなかった。


『クリュー、井戸はどこにあるの?』

『おい、知らないのに引き受けたのか?』


 クリューの呆れた顔をしている。でもクリューが知っているのだから問題ないと思う。

 クリューに案内された場所は家から結構距離がある。この距離を重たい水を抱えて何度も通うのは大変だ。身体強化の魔法を習っていて良かったよ。

 井戸には私と同じくらいの女の子しかいなかった。実は井戸を使うのは初めてなので使い方を知るためにその子を観察することにした。

 女の子の髪は緑色で瞳は私と同じ栗色だった。長い髪を三つ編みにしている。

 ポンプ式の井戸のようで安心した。これなら本を読んだことがあるから使い方も簡単だ。


「うっ、入れすぎちゃった。重たくて持てないわ」


 その子の持っている桶は大きくて、水をたくさん入れると運べないようだ。入れたのに捨てるのは惜しいのか悩んでいる。


「私が持ってあげるわ。どこまで運ぶの?」


 突然現れた私を見てその娘はびっくりした顔をした。でも気にしないでその桶を軽々と持つ。

「あの、こっちなんだけど…」


 家の方に案内してくれる。


「私アンナっていうの。このあたりに住むことになったからよろしく」

「え? 貴女がアンナさんなの? 貴族として育ったアンナさん?」


 まだ一日しかたっていないのに、アネットと私の取り換えっ子については噂になっているようだ。


「そう。でもこれからは貴族ではないわ。わからないことも多いのでいろいろ教えてね」

「…貴族として育ったと聞いていたから、もっとこう怖い感じの人かと思っていたわ。それに重たいものなんて持てないと思っていたの。あっ、私の名前はマリーよ。この家に住んでいるの。こちらこそよろしく」


 部屋の中にある甕に水を入れてからマリーとは別れた。マリーの家には窯オーブンはなく暖炉のようなところで料理を作っているようだった。部屋も狭く、私たちが住んでいる家は結構でかいことを知った。

 アネットが稼いでいるからだって話だったけど、彼女はあの癒しの魔法でどのくらい稼いでいたのだろう。私に彼女の代わりができるのだろうか。


 二往復してやっと甕に水がいっぱいになった。

 やりとげた感いっぱいの私にクリューが一言。


『なあ、生活魔法で井戸の水をこの甕に移せば簡単なのにわざわざ運ぶ必要があるのか?』


 もっと早くいって欲しかったよ。


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