第9話 十三歳 8

『クリュー、美味しいでしょ?』

『うーん、このうどんは絶品だな。つるつるっとしていてのどごしもいい』


 クリューにはサラから教えてもらっている料理の試食をお願いしている。彼は意外と美食家らしくあらゆる国の料理に精通していた。その彼を唸らせるサラの国ってどこなんだろう。


『もうすぐ十四歳になる。あれから一年たった。そろそろだってわかっているんだろ?』

『うん、わかっているよ。でもなかなか言えないの』

『最悪の形で知られる前に言うほうがいいと思うぞ。アンナだって被害者なんだからわかってくれるさ』


 私も被害者かぁ。確かにそうなんだけど信じてもらえるのかしら。妖精のチェンジリングだなんて話は荒唐無稽すぎる。でも貴族である娘と庶民の娘を入れ替えるなんて妖精にしかできないことだ。


『庶民になったらエドとも会えなくなるわね』

『この家の養女にしてくれるかもしれないだろ』


 クリューはわかっていない。セネット侯爵家が庶民の娘を養女にすると本気で思っているようだ。もしかしたらそういう人たちもいるのかもしれない。でもセネット侯爵家は財産放棄にサインしたとしても庶民だとわかった他人の娘を養女にはしないと思う。ひっそりとどこかで暮らしていけるようにはしてくれるかもしれないけど、一緒には暮らせないだろう。そしてエドはアネットと婚約することになる。だから庶民だってわかったら私と会うなんてことはない。


『クリューが教えてくれた生活魔法のおかげでお風呂に入らなくても清潔に過ごせるし、火だって熾せるわ。それに料理もできる。裁縫は才能がないみたいだけど身体強化の魔法のおかげで重いものだって運べるようになった。庶民になっても大丈夫よね。家族の迷惑にはならないよね』

『ああ、十分さ。それでも駄目だったら一人暮らしをすればいい』


 最近のクリューは本当の家族と暮らせとはあまり言わなくなった。どちらかというとこのままこの家で面倒を見てもらうほうがいいと思っている気がする。

 本当の家族には歓迎されないと思っているのだろうか。あり得る話だ。アネットは素晴らしい娘だから比べられるに違いないもの。

 一人で暮らすなんてできるのかな。クリューがいつまで傍にいてくれるのかわからない。妖精は気まぐれだからある日突然いなくなってしまうかも。

 私はパンを作るとき、いつもいろいろなことを考えながらこねている。そのほうが力が入っていいパンになるとわかったの。

 クリューがいなくなるかもしれないという不安。

 家族に全てを打ち明けなければという想い。

 本当の家族と仲良くできるのかという不安。

 エドのことはどうすればいい? 何か言ったほうがいいのかしら。一応婚約者なのに何も言わずに終わってもいいのかな。

 

「どうかしたのですか? 今日はいつもよりずっと激しいですね」

「サラさん。その方が美味しいパンになるでしょう?」

「何かあったのですか? 顔が泣きそうですよ」


 サラは心配そうに私を見ている。彼女に心配をかけるわけにはいかない。相談しても困らせるだけだ。


「ううん、大丈夫。少し嫌なことがあっただけ」


 私の容姿のことや魔法のことで色々と陰口があることは有名な話だから、それ以上は聞かれなかった。


「私、アンナ様の作る料理のおかげで救われたんですよ」

「え? 私の料理って全部サラさんに習ったものですよ。自分でも作れるのに救われたって変ですよ」

「人に作ってもらうのと自分で作るのはと違うんです。もう食べることは出来ないかと思っていたからとても嬉しかった。だから何か困ったことがあったら言ってください。きっと力になりますから」


 サラさんの表情は真剣なものだった。彼女はきっと私のために頑張ってくれるだろう。


「ありがとう、サラさん。貴女の言葉、忘れないわ」


 なんとなく抱き着いてしまった。いくらなんでも図々しいかと思い離れようとしたら、抱き返された。両親にさえ抱きしめてもらったことはない。貴族だから仕方のないことなのかもしれないけど寂しかった。初めての他人の温もりはとても心地よいものだっ

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