第7話 十三歳 6

 妖精であるクリューと出会ってから早いもので八か月になる。今では料理の腕も上がり、生活魔法も一通りはこなせるようになった。

 ただ裁縫だけは一向に成長しない。貴族として刺繍は幼いころから習っているけど、こちらもどうも苦手だ。


『庶民は呑気に刺繍なんてしないからそれは気にしなくて良いけど、裁縫ができないのは致命的だな。アンナの実の母親は裁縫で身を立てているのにどうしてそこまで不器用なんだ?』

『え? クリューはどうして私の実の母親のことを知っているの? まさか見に行ったの?』


 クリューはまずいことを言ってしまったという顔になる。私には内緒で見に行ったらしい。


『いつかはアンナが生活することになるかもしれないから偵察に行ったんだ』

『…それでどうだった?』

『あっちの娘アネットの容姿は金髪碧眼でセネット家そのものだったよ。しかも小さいころから苦労しているから何でもできる。料理も裁縫も完璧だ。奨学金で上の学校にも通うことができるほど頭が良いらしい』

『魔法は? 魔法は使えるの?』


 私は一番それが知りたかった。私がどんなに努力しても使えない癒しの魔法。治癒魔法や植物を元気にする魔法。本当の娘である彼女は使えるのだろうか。


『癒しの魔法で家族の生活を支えている。今彼女があの家からいなくなれば家族は路頭に迷うかもしれないほどだ』


 やっぱり彼女には使えるのかぁ。それはそうだよね。本当のセネット家の娘なのだから。どこかで間違いであってほしいという願いは断ち切られてしまった。


『あれ? 今なんか変なこと言ったよね。どうして彼女がいなくなったら家族が路頭に迷うの?』

『お前には弟が二人と妹が一人いる。その生活を支えているのがアネットだ。母親も裁縫で繕い物をしたりしているが、それだけでは生活は成り立たない』

『父親は? 父親がいるでしょう?』


 生活費を稼ぐのは一家の主である父の役目だ。ずっとそう教えられてきた。庶民は違うのだろうか。


『父親は一年位前に失踪した。これまでにも何度かそういうことがあったらしい』

『それってどうしてなの? 家族を捨てていなくなるってそれでも父親なの?』

『まあ、色々と事情があるんだろう』


 クリューは言葉を濁して事情については話してくれなかった。

 ただ私にわかったのはアネットがとても苦労しているということ。彼女は本来ならそんな苦労とは無縁の生活をしていたはずなのだ。

 私はこの八か月何度か両親や兄に真実を話そうとした。いつまでもこのままでいいわけがないから。でも言いかけて、結局言えなかった。

 この八か月で私も成長したと思っていた。今の私ならなんとか庶民になっても生活できるような気さえしていた。でも家族を養うことまで、できるだろうか。私にはアネットのような特別の魔法は使えない。

裁縫だって役に立たない。

料理だって普通に作れるようになっただけで、コックになれるほどではない。

自分だけでももてあますのに家族のことまで面倒をみる事ができるの? どちらかというと私が面倒をかけてしまいそうだ。

 それに婚約者のエドモンドのこともある。あれほど嫌っていたエドモンドと最近ではよく会っている。実の侯爵令嬢でないと知ってから気軽に付き合えるようになっていた。エドモンドは私が作る試作品の料理も美味しいと食べてくれるし、時にはアドバイスをしてくれたりする。婚約者というより友達のような付き合いだけど、友達のいなかった私には彼と会う日がとても楽しい一日になっている。

 でもこれは偽りの土台の上で成り立っている関係なのだ。このまま黙っていれば…そんな悪魔の囁きが聞こえることもある。

そんなことをして幸せになれるわけがない。いつかは真実が暴かれるのだ。このことを知っている妖精はクリューだけではない。私とアネットを入れ替えた妖精がいる。その妖精が現れる前に自分で言ったほうが良い。

 わかっているのに私から両親に真実を伝えることは難しいことだった。

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