第5話 十三歳 5

私に料理を教えてくれるのはキッチンメイドのサラ。私と同じ栗色の髪をした少しふっくらとした優しい目をした女性だ。

 料理なんて初めてだ。ドキドキしながらサラがクッキーを作るのを眺めている。そうただ眺めているだけ。私は初めて見ること全てに感動していたけどクリューは違った。

 大きな窯のオーブンに入れられたクッキーが焼きあがるのを待っているとクリューが口を開く。


『これって違うよな。アンナは全然手伝ってないだろ』

『そういえばそうだよね。これでは私の手作りって言えないよね』


 サラにそういうと目を見開いて驚かれた。


「えっ? 本気で作る気だったのですか?」


 どうも行き違いがあったらしい。サラはコックから私の代わりにクッキーを作ってこいとしか言われていなかったようだ。

 私は婚約者のためにどうしても自分の手で作りたいのだと力説した。そして婚約者があまり甘いものが好きではないことも伝えた。


「そうですか。だったらクレープはどうでしょう? クレープは中身を変えるといろいろな味になりますよ」

「クレープ? 食べたことがないわ」

「はい。私の故郷の食べ物なんです。変わっているので婚約者の方も驚かれるのではないでしょうか」


 エドモンドの驚く顔は見たい気がする。私は早速、サラから手ほどきを受ける。

 魔石で温度調節ができるとはいえ、薄い生地を焼くのはかなり難しい。初めは生地が破れて、サラのように焼くことが出来なかった。でも敗れた生地を上手に巻いて作ったクレープはとても美味しかった。クレープの中には杏ジャムを入れているだけなのにとても美味しいわ。クリューも食べたがったのでこっそりと渡すととても喜んだ。

 サラにはクレー以外にもクッキーや簡単なケーキ、卵焼きやスープの作り方も習った。侯爵令嬢である私がどうしてそんな料理まで習うのか不思議そうではあったけど、なにも聞かずに教えてくれた。


「今日はパンの作り方を教えてほしいの」


 料理を習いだして三か月目のことだった。


「パンは無理ですよ」

「どうして?」

「パンはとても力がいります。子供の貴女では無理です」


 確かにフォークより重いものは持ったことのない令嬢には無理だろう。でも私はフライパンだって鍋だって持てるようになったのだ。

 これには理由がある。クリューに言われて身体強化の魔法を使っているのだ。この三か月、私はクリューに魔法を習っている。私にはこの家に伝わる癒しの魔法を使うことは出来ない。でも普通の魔法なら使えるのだ。普通に生活していくうえで必要な生活魔法をクリュニーに習った。その時に重いものが持てない私に身体強化の魔法も教えてくれた。この魔法は使える人は少ないらしい。よかったよ、使えて。これが使えなかったら私は何もできなかった。

私の魔力ではそこまでが限界だけど、それでも何もできないよりはマシだ。


「身体強化の魔法があるから大丈夫よ」


 私が胸を張って答えるとサラは納得してくれた。


「そうでしたね。外見だけ見ているとどこからその力が出るのか不思議です」


 サラは私の細い腕と小さな手を見ながら呟いている。

 私も不思議。身体強化の魔法は私には合っていたみたいで、自由自在に使える。魔力の問題はあるけど、魔力切れさえ起こさなければいつでもどこでも使用可能だ。

 パン作りは確かに体力がいる。サラは私のこの魔法が羨ましいと言った。コックを目指しているけど、どうしても体力面では男性にかなわないらしい。一般的に平民には魔力があまりない。たまに例外もあり、私の場合は例外だったのだと思う。そのせいで妖精によるチェンジリングに利用されたのかもしれない。


「うーん、でもサラさんしか作れない料理もあるから、力なんてなくても大丈夫ですよ。クレープは最高です。エドモンド様も絶賛していましたよ」


 三か月の間にエドモンドを二回ほど招待した。甘いものが苦手と言っていた割にクッキーは全部食べた。クレープは実演までしたのだ。実際に作るところを見せないと料理人に作らせたと思われるかもしれないと考えたからだ。

 甘いものが苦手なエドモンドに作ったのはおかずクレープ。

 クレープ生地を広げ甘辛く焼いたとり肉と野菜をおいて、その上に卵の黄身と酢と塩と胡椒と砂糖で作ったソースをのせて折りたたんで巻き巻きして、奇麗に見えるように皿の上に置く。

 手でもって食べるほうが美味しいけれど、試食した兄のヘンリーに微妙な顔をされたのでエドモンドにはナイフとフォークで食べてもらった。


「ん? これは…」


恐る恐る一口食べたエドモンドは目を見張った後、パクパクとすごい勢いで完食した。どれだけ急いでいても上品さはそこなわないのはさすがだなと思った。

 クレープはエドモンドの大好物の一つになった。

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