第18話 初勝利

「――身体強化スペック・レインフォース


 僕の横でぼそぼそっと呟いたと思ったメイリンが、術名を唱える。

 さっき僕が一生懸命詠唱したものをメイリンも唱えたのだが僕の耳にはほとんど聞こえず、かつ一瞬のことだった。


 これもダリウスさんに言われたことだが、この世界では魔術を扱う者の技術として、早口言葉のように詠唱することが求められるらしい。単純に『詠唱文』が術の発動のキーになるということだ。

 それを聞いても「情緒がないな」とか「滑舌悪い人は魔術師になれないな」とかしか思わなかったが、魔術の発動の一瞬の差が勝敗を分けると言われたらそういうものと思うしかない。


 勿論、そういった魔術は単純なものだけらしく、きちんと魔力を練り上げないと発動しないような魔術もあるようだが、僕のような初歩の段階ではそんなことは気にしなくていいと言われた。そもそも、魔力を練り上げるということ自体、どういうことかもよく分かっていない。


「一応、危なかったら助けるけど、魔獣とはタケル一人で戦うのよ」

「えっ、そうなの?」

「当たり前でしょ、訓練なんだから」


 自身も強化の魔術を使ったので、てっきりメイリンも一緒に戦ってくれるものかと思ったが、違うらしい。


「じゃああのディグドッグを倒して。多分近くには巣穴がないと思うけど、警戒すると仲間を呼ぶから一瞬で片をつけなさい」

「い、一瞬でって言われても……」


 改めて前を向くと、愛らしいプレーリードッグのような魔獣――ディグドッグが草原に佇んでいるのが見える。

 先程襲い掛かってきた姿を脳裏に浮かべると、紛うことなきだと思えるが、ああやってのんびりしている姿を見せられると、ちょっと気が引ける。一生懸命頭や顔を掻いていて、非常に愛らしい。


「早くりなさいよ」

「わ、わかってるよ――ええいっ、やってやるよ! うおおおおお!」

「あっ、バカ――」


 焚き付けられ、叫びながら敵に向かっていくが、ディグドッグはすでに僕に気付いている。後ろからなんか罵倒されたような気がするけど、気にせず突っ込んでいく。


 犬の鳴き声のような声を上げているディグドッグだが、僕の突進を迎え撃つように牙を剥いて飛びかかってくる。僕の首に牙を突き立てようと眼前にまで飛び上がった魔獣だったが、勢い良く振り下ろした僕の剣がその体をった。

 一瞬の、肉を押し切るような鈍い感触の後、抵抗を無くしたように軽くなり、剣を振り抜く。黒い煙のようなものを撒き散らして霧散する敵。


「ど、どんなもんだ! メイリン、ほら僕でもできたよ――」

「何やってるの、タケルっ! 後ろよっ!」


 一太刀で敵を切り伏せ、自慢げにメイリンの方を振り返ったが、僕に追いつくように走ってきていたメイリンが叫ぶ。何事かと再度振り向くと、四方八方からディグドッグが押し寄せてくるのが見えた。


「うわあああああ、なんでええええっっ!!」

「どこの世界に、奇襲する時に叫ぶやつがいるのよっ! もう、バカなんだから!」


 僕に追いついたメイリンが肩を並べて構える。先程同様その手は空のまま、拳を固めている。


「半分くらいは私が処理するから、後はタケルがやるのよ!」

「そんなあっ!」


 無情なメイリンの言葉に悲痛な叫びを返すが、敵は待ってはくれない。

 僕も覚悟を決めて、メイリンと背中合わせになるように構え直した。そんな僕たちに数十のディグドッグが飛びかかってきた。


 ――怖い、というか多いっ! ……でも、これなら!


 先陣を切ってきた三体のディグドッグが同時に飛び上がり僕に襲いかかるが、その軌道がなんとなく分かった。これが身体強化の効果なのか。


 最初に到達した一体を切り上げ、次いでの横の一閃、一瞬構え直す動作をもっての突きで、三体のディグドッグが霧散する。

 安心する間もなく次々に敵が押し寄せてくるが、その動きはちゃんと目で追える。

 交錯する度に一刀のもとに切り伏せていくが、仕留め損なった何体かが僕の後ろへと抜けていった。


「ごめん、メイリン。何体か行った!」

「分かってるわよ! タケルはちゃんと前を向いてなさい!」


 メイリンの方に声をかけるが、怒られた。後ろをちらりと見ると、落ち着いた動作で処理しているメイリンがいるだけだった。拳や脚で敵を仕留めていくメイリン。とんだ天然格闘少女だ。


「ちゃんと戦えてるじゃない、見直したわ」

「ぼ、僕だってゼストさんに鍛えてもらったんだから!」


 褒めているつもりなのか分からないメイリンの言葉。

 しかし、確かに自分でもここまで動けるとは思わなかった。もしかして才能があるんじゃないだろうか。


 ディグドッグの一群が襲いかかってきてから、二十体ほど倒しただろうか。

 群れの勢いがようやく止んだ。


「はあ〜、これで終わりかな」

「全く、驚かせないでよね。意外と戦えたから良かったけど、死なせたなんてあったら私が大目玉よ」

「すいませんでした……」

「まあでも……悪くない動きだったわ。見直した」


 褒めたと思ったらすぐ落とすメイリンだったが、そう言って笑った。

 勇者には程遠いかも知れないが、初勝利と言えるこの時に、僕も笑って返す。

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