反抗
「みんな、よくやった」
いつもの屋上へ通じる階段で、永沼は普段全く動かさない表情筋を少しだけ和らげてそう俺たちに言った。
「もーまじでドキドキしたんですケドー」
作戦が成功に終わったから、みんなかなり安心ムードだ。かくいう俺も、大役を務め上げたものだから、緊張が解けて一気に安堵感に包まれている。
「これからは各々、自分のことに集中できるな」
永沼は喜びを分かち合いながらも、俺ら──つまり自殺部の本分をしっかりと思い出させた。
そう、今回綿貫の救出のために一時中止していたが、本来は自殺を成功させるための集いなのだ。これからは自分自信の自殺と向き合っていかなければならない。
「まあ、とりあえずはお疲れ様ってことで」
俺の軽い感じの一言で解散する。自殺部は秘密裏に活動する集団のため、あんまり長い時間集まっているのも好ましくはないのだ。
そういうわけで、俺も真っ直ぐに教室に帰ろうとしていたのだが、妙に津田さんが近くを歩いているような気がして足を止めた。
「えっと……何か用?」
そう聞くと、津田さんは肩をビクッと震わせたかと思うと、手を胸の前でモゾモゾしながら俺の顔をチラチラと見る。そうやって恥ずかしそうにされるとこっちも気恥ずかしくなるというものだ。
「なんかあるならすぐに言ってね」
極力優しくそう言うと、津田さんは少しだけ落ち着きを取り戻し、小さく数回頷いた。すると、そのかわいい……じゃなくて、幼い顔を急に近付けてくる。この仕草は俺に何かを言おうとしている時のものだ。すかさず俺は少し屈んで、横を向いて耳を津田さんに貸す。
「あのね……」
耳に、津田さんの高くて細い声が届く。こんないい声をしているのに、俺しか聞けないなんて勿体無い。
「私ね、おうちに帰りたくないの」
今日も一緒に帰ろう……とかいう話だと思っていたので、想定外の重い話に少しドキッとする。すぐに気持ちを切り替えて、真面目な顔になって話の続きを促した。
「だからね……今日、進くんちに行っていいかな。大丈夫、ちゃんと暗くなったらおうちに帰るから。ちょっと寄り道するだけ。あ、迷惑だったらいいんだよ、おうちの事情もあるだろうし……っていうか、なんかすごい不躾なお願いだよね……ごめんなさい」
元々小さい津田さんの声が尻すぼみになる。自殺部の中でわざわざ俺を選んでくれたのは、やっぱり付き合っているからだろうか。付き合っていると言っても、無理矢理付き合わされてるというような状況だけれど、形式だけとはいえやっぱり気にするものなのかもしれない。
「俺は全然大丈夫だよ。むしろ歓迎? 女の子を連れてくるとなれば弟も喜ぶだろうしな」
俺が何故か得意げにそう言うと、津田さんはなんだか目を輝かせて、そのあと満面の笑みを浮かべた。かわい……じゃなくて、可哀想だよな、家に帰れないなんて。あまり人の事情に踏み込むのは喜ばしくないことだけど、それでも心配ではある。まあいくら心配したところで、本人が喋ってくれるのを待つしかないんたけどな。
「ありがとう」
声は聞こえないけれど、はち切れんばかりの笑顔を浮かべる津田さんの口は、そう動いていた。
※ ※ ※
「ただいまー」
「お邪魔します……」
初めて上がるお友達のおうち……おうちに遊びに行くほど仲良くなれた子なんていなかったから。少し古い、って言ったら失礼か……えっと、年季の入った?おうち。ところどころ木でできてるみたい。なんというか、味があって私は嫌いじゃないよ。
「お帰んなさい。さっさとお風呂入って……ってあら!」
左側のお部屋から、女の人が顔を出す。多分進くんのお母さんなのかな。私と進くんを交互に見てニヤっとする。うぅ……なんかすごく恥ずかしい……。
「あんた、意外にやるわねぇ。かわいい子じゃない」
「な、何変なこと言ってんだよ! そういうんじゃ……」
と言いかけて、進くんは隣にいる私の方を見てくる。多分、友達って紹介しようか、彼女って紹介しようか迷ってるんだろうな……。
か、かかか彼女だなんて紹介されちゃうのは恥ずかしいけど……でもただの友達って紹介されちゃうのも、それはそれで寂しいな……。私もどっちで紹介してもらいたいか分からないから、なんとなく背の高い進くんの顔を見上げる。変な顔になってるかも……。
「……あーそうだよ。彼女だよ」
進くんは鼻の頭を掻きながら気恥ずかしそうに言った。うう……言っちゃったよぉ……。嬉しいけど恥ずかしすぎて、もう前が向けないっ!
「やっぱり! ほらほら、立ち話もなんだから早く中に入って頂戴! ちょっと散らかってるのは気にしないでね」
「さっきからうっさいなあ……って、え? もしかして兄さんの?」
「そう! 彼女なんだって! 誠も早くいい子見つけなさいよぉ~」
「う、うっせえな! ……その、どうぞよろしくお願いします」
坊主頭の、私よりちょっと背が高いくらいの男の子。進君のお母さんにたじたじにされながらも、私に礼儀正しく挨拶をしてくれた。多分、進くんの弟君だよね。私もできるだけ愛想のいい笑顔でお辞儀をした。
「うるさくてごめんな。今からなんかお茶でも用意するから」
進くんはそうやって私をお部屋に案内してくれた。大きなテレビと食卓があるから、多分リビングかな。奥の床置きの木の棚には薬とかの箱が積みあがってて、その横にはファイルに入ったなんかの紙がたくさん。多分大事な書類みたいだけど……もう少し整頓しないと分からなくなっちゃいそう……。とりあえず、そんな感じで、すごい家庭的な感じ。何もないうちとは大違いだな……。
「ほい、お待たせ」
進くんはテーブルに個包装のドーナツと、かわいいキャラクターもののマグカップに淹れたインスタントのカフェオレを出してくれた。進くんは自分の分も淹れると、私の隣の席に座ってココア味のドーナツを一つ摘まんだ。
「それで? 二人はどこまでいってるの? 手はもう繋いだ?」
「ぶふっ!!!」
お母さんがにやにやして訊くと、進くんは盛大にむせる。
「まだ初対面なのによく恥ずかしげもなくそんなこと聞けるな」
「でも気になるじゃない。ねえ? 誠」
「なっ、そこ俺に振るの!? ……まあ気になるには気になるけど……」
誠くんも興味津々な顔をこっちに向けてくる。うう……いよいよ顔を挙げられない……。
「……まだ手は繋いでねえよ」
「手繋ぎもまだなの? うふふ、いいわねえ、ウブねえ」
「う、うるせ」
お母さんに息子二人が完全にふにゃふにゃにされちゃってる……流石お母さま……。
「それで、彼女さんは進のどこを好きになったの?」
「ちょっ、母さん!」
これには流石の進くんも真っ赤になって止めに入る。私もそんなこと答えちゃったら恥ずかしすぎて死んじゃう……。
「その……ほら、あれなんだ、俺から無理を言って付き合ってもらってるんだよ。だから津田さんはそこまで俺のことを好きってわけじゃ……」
「そうお? なんか満更でもないみたいだけど」
うっ……流石すぎますお母さま……。まだ本当の気持ち、進くんにも言ってないのに。
「あんまり津田さんをいじめるなよ。人と話すのがちょっと苦手なんだ」
「あら、それはごめんね。私ったらおしゃべりだから。お詫びに晩御飯でも食べてく?」
……! 進くんちで晩御飯……!
「それは流石にまずいだろ……なあ?」
「え、えーっと……」
すぐにでも帰らなければ、私はまたお父さんに叱られる。それこそいつもの二倍も三倍も殴られるかもしれない。でも……この暖かい家庭の雰囲気に触れてしまった私は、もううちに帰る気力などとうになくしていた。
「一緒に、食べていいかな」
私はこの日、初めて自分の意志でお父さんの言いつけを破った。
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