脅し

「ちょっと!行かせちゃって良かったの!?」

 先生がアスカを連れて出て行っちゃったのに、唯一発言できそうなナガヌマは止めようとしなかった。自分で「酷い殺され方するんじゃないかー」とか言っておいて何もしないなんてありえない!

「別に今すぐ殺されるわけじゃないんだ。そう焦る必要はない」

「なんでそんなこと言い切れるのさ!」

 あたしが力んで疑問を投げると、ナガヌマは面倒そうな顔をしやがる。あたしなんか変なこと言ってる!?

「殺人鬼と言えど、恐らく先生は先生を続けたいはずだ。そうでなくとも、先生は完全犯罪をする人だ。学校で殺すなんて野暮なことはしない」

 ……確かに、学校で殺せば確実に騒ぎになり、内部犯の可能性が疑われるのは目に見えている。頭の良さそうな先生のことだからそんなことはしない……か。

「でもそれじゃいずれ殺されちゃうじゃん!」

「だからそれを回避する方法を今考えているんだ」

 ……そうだったのか。最初からここまで考えてたナガヌマからすりゃ、あたしの最初の質問がうざく感じてもしょうがないかもな――気に入らないけど!

「で?なんか浮かんだ?」

 正直そんなことはあたしが考えても何か浮かぶわけがない。悔しいけどナガヌマを頼るほかないんだよね。

「まあ、助ける方法は、あるにはある」

「どんな方法?」

 ナガヌマは一呼吸おいてから、全員に目配せをして話し始めた。

「次こそは必ず自殺を成功させる、と宣言させるんだ。あくまでここは自殺部。自殺の意志がある限り先生も手を出さないはずだ」

 ……なるほど、まあそうか。しかも、先生が言い出しっぺなんだし自分からルール破って殺してやる……ってのはちょっと考えにくいしね。

「恐らく、あいつが芝居を失敗することはないだろうし、それに関しては特に問題はない」

 偉くもったいぶって喋りやがって……そういうまどろっこしいの一番嫌いなんだよね、あたし。

「問題は、先生が今何を話してるかだ」

「今?」

「そうだ。今だ」

 話の繋がりがよく分からない。さっきナガヌマが自分で「今殺すことはないだろう」って熱弁してたじゃん。

「殺すことはないにしても、今この時間に脅しをかけたり、あるいは犯行予告をしている可能性もある」

 犯行予告……確かにあの人ならそういうことしそうだな~。自分に酔ってる感じあるよね。実際スペックも高いんだけど。

「仮に犯行予告をしてるとなると、それを止めるのは難しくなる。後から何を言っても聞き入れない可能性が高い」

「え?じゃあどうすんの」

「できれば今何を話しているのか、内容が分かればいいんだが……」

 ナガヌマが珍しくゴニョゴニョ言っている中、急に「ガタン!」と大きい音がした。ススムがテーブルを叩いた音だった。

「それなら今すぐ行かねーと!こんなとこで話してる場合じゃねーよ!」

 ススムはそう大声で言い、そのまま入り口のドアに手を掛けた。

「待て」

 ススムがドアを開けた瞬間、ナガヌマがススムを呼び止めた。

「二人がどこにいるのか分かっているのか?」

「んなの知らねーよ!片っ端から捜してやる」

「そんなことだろうと思った。少しは考えでもしたらどうだ」

「なんだと!?」

 自殺部では初の険悪なムードで、ツキコちゃんは完全に縮こまっちゃってる。あたしもちょっと口を挟みづらい状況かなーこれは……。

「――先生はできることなら人に見られたくはないはずだ。恐らく二人はこの棟のこの階にいる。捜すならそこを捜せ」

 ナガヌマはススムの方を向かずに、でもススムに伝わる声の大きさでそう言った。ススムはそれを聞いて、見られてもいないのに大きく頷くと、ドアを開け放して飛び出していった。あたしとツキコちゃんは完全に置いてけぼり。

「話してる場合じゃねーよ、か」

 ナガヌマはその長いけど整った髪をわしゃわしゃと掻いて、部屋の隅を見つめて力なくそう呟いた。


※ ※ ※


 先生に連れてこられた場所は、部室のすぐ隣の倉庫だった。部室もそうだったが、この倉庫も、扉をピシャリと閉めると外の音が全く聞こえなくなる。

「……さて、君は自殺に失敗したわけだ」

 先生は背を向けたままそう私に語りかけてくる。やはり永沼の言う通り、先生は私に失望して私を惨殺しようとしているのだろうか。

「君はそれがどういうことか分かっているのかな?」

 振り返った先生の顔は口角だけでなく目尻もつり上がり、その表情はもう、悪魔のそれだった。

 先生はじりじりと近寄ってくる。その気迫に思わず後退ってしまった。

 数時間前までは先生を尊敬し、慕い、神だとすら思っていたのに、今は目の前の先生が黒く醜い怪物にしか見えなかった。

 ――いや、醜いのは私の方だ。私が醜態を晒したから、それに関して先生は怒っているんだ。

 最終的に壁際まで追い詰められ、先生は左腕の外側で私の首を壁に押さえつけた。

「君は僕の期待を裏切ったんだ……僕があそこまで手伝ってあげたのにも関わらずそれを無駄にした……僕だけじゃない、自殺部のメンバー全員の期待を裏切った……何より失敗したのにも関わらずのうのうと生きているのがこれ以上なく醜い!!汚らわしい!!」

 先生の腕がギリギリと私の首に食い込んでくる。これまで見たことがないほど、先生のスマイルは恐ろしい状態になっていた。

 ――と、どこから出したのか、先生は右手にナイフを持っていた。

「だから僕が君を殺して綺麗にして上げるよ。どんな殺され方がいい?」

 先生はナイフを私の首に近付けてくる。

「嫌……やめて……」

「首だけ切り取って校門に掲げてあげようか……それともはらわたを全部とって自殺部のみんなに美味しく食べてもらおうか……」

「やめて……助けて……」

 怖い。そう思った。

 自分で死のうとしていたのにも関わらず、死を望んでいたのにも関わらず、私はその感情に支配された。

 逃げようと足掻いても先生の細い腕はビクともせず、逆に食い込んできて気道を圧迫する。

 次の瞬間、先生がナイフを振り上げ、私目掛けて振り下ろした。

「ひぃいっ」

 ナイフは顔から数cmも離れていないコンクリートの壁を少し砕いた。数本の髪の毛がはらはらと床に落ちる。

「どう殺してやろうか!拷問をして泣き叫ばせてやろうか!レイプしまくって意識を失ってから殺してやろうか!ヒャハハハハハハハハ……」

 先生は叫びながら何度も何度もナイフを私の顔の真横に振り下ろした。

 ――本当に私、殺されるんだ……。

 もう身体は言うことを聞かなかった。膝はみっともなくガクガクと音を立てて震え、下半身は力が抜けて、太ももを生温かい液体が伝っているのが分かった。

 今更ながら、死にたいだなんて言っていたことを後悔した。後悔しても仕切れなかった。確かに、アイドルの仕事は嫌なことだらけで逃げ出したかったのは確かだったが、それでも今この瞬間味わっている死の恐怖は自分が思っていたものとは比にならないほど大きく、もう耐えられそうになかった。

「待って下さい!」

 半ば諦めかけたその時、金属の扉が音を立てて開き、聞き覚えのある声がした。

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