理想の死に方
「さて、自己紹介も終わったことだし、早速今から自殺部のミーティングを始めようか」
一通り自己紹介したところで先生がそう言った。しかし、だからと言って誰かが話し出すわけでもなく、一瞬室内はシンとする。
「……でもミーティングって何すりゃいいんですかね」
たまりかねて、杉田が先生に訊き直した。
「さっきも言ったけど、例えばそれぞれどういう風に死にたいか、それに合った死に方は何かを話し合えばいいんじゃないかな?」
「あ、じゃあ俺からどういう風に死にたいか言いますね」
杉田が先生の返答を受けてハキハキと応える。地味なヤツだが、この中では一番能動的かもしれない。
「俺は、そうだなあ。とある人を制裁したい。だから、そいつにできるだけ迷惑を掛けられるような死に方をしたい」
「あ、もしかしてそいつが死にたい理由な感じー?」
福原が杉田の話に絡んでいく。それこそこの場でマトモに喋れるのはこの二人しかいない。
「福原さん」
しかし、福原が発言した途端、先生は鋭い声で福原の名を呼び、福原を睨んだ。いや、睨むという表現はおかしい。先生は始終、微笑んでいるのだから。
「え?……えーっと?」
「死ぬ理由を聞くのはルール違反です」
先生は細いのに眼力の強いその目を福原に向けながら、淡々と言葉を並べる。福原は冷や汗を垂らしながらも状況を理解したようで、「あ、あ~、そういうことね。すみません忘れてました、あはは」とでにるだけ軽く流した。あんまり険悪ムードになっても確かに面倒なことは面倒だ。
「でもでもー、あたしもそれに近いかもしんない。あたしもある人達に迷惑かけたいんだ。復讐ってわけじゃないけど……とりあえず迷惑かけたい」
福原が続けてそう言った。迷惑かけたいだけで死ぬのか……と訊くのも野暮だろう。
「ふっ、とりあえず迷惑かけたいだなんて、幼稚だな」
福原に食いついたのは、意外にも永沼だった。メガネを人差し指で直しながら、やれやれ、といった感じを前面に押し出している。
「はあ?何が幼稚だし」
「『とりあえず』だなんて、説明できないヤツが使う定型句じゃないか。無知を晒してるも同然だよ」
「あ、そう。じゃああんたはそれはそれは天才的な考えをお持ちなんでしょうね!」
永沼から絡んでおいて、福原のことをスンと無視し、永沼は自分のことについて話し始めた。
「僕は僕の名をこの世に知らしめたい。そして、僕の亡き後、僕の名が世界に残るようにしたい」
ナルシストはどこまで行ってもナルシストらしい。まあ、ナルシストと言っても実際に能力が伴っているのであろうからナルキッソスと同様に崇められるべきなのかもしれない。
――しかし、名を世に知らしめたいというのは共感する。むしろ……。
「はいはーい!明日香もぉ!明日香の名前をみんなに知ってもらいたぁい!あとぉ!みんなの前で死にたぁい!」
私が同調したにも関わらず、永沼はゴミを見るかのような目で私を見てくる。いや、私だってぶりっ子したくてしてるわけじゃないけども、だからと言ってそんな目で見られるのはアイドル魂が許さない。
永沼以外も、苦笑いもしくは愛想笑いを浮かべている。地獄絵図とはこのことだ。
「……まったく、アイドルってのは気楽でいいね~。それなのになんで死にたいのか……」
「気楽なわけないだろ!!!」
福原に言われた途端、私の中で何かが切れた。演技も忘れ、机を叩いて立ち上がり本気で怒鳴り声を上げた。場はさっきとは違う白け方をした。
福原も予想外だったのか、動揺して冷や汗を垂らしている。
「え、えと……地雷だったのかな?……あははー、ごめん」
福原は場を取り持とうと極めて明るく努めて私に謝る。なんか福原、今日は謝ってばかりだな。
私もいくらか冷静になって、ひきつった顔をいつものアイドル顔に戻した。演技を忘れて取り乱したのはこれが初めてかもしれない。
「明日香の方こそごめんねぇ~急に起こったりしちゃってぇ。明日香のこと嫌いになった?」
「いや、あたしの方が悪かったんだからさ。嫌いになんかならないって」
なんだこの茶番。お互いに本心じゃないだろ。いや、私が取り乱したせいでこうなったんだけども。
「……そうなると、後は津田さんだけだね」
杉田が話を元に戻す。なんだかんだ一番マトモなのはやはり杉田だ。
話を振られた津田はしばらくもじもじして口を開いた――けども何を言ってるか全然聞き取れない。隣に座っていた福原が耳を近付け、再び津田が口を開く。
「んーなになに?できるだけ周りの迷惑にならないように死にたい、だそうでーす」
「つまり俺らと真逆ってことじゃんかな」
確かに、杉田と福原が誰かに迷惑をかけて死にたいのならば、誰にも迷惑をかけたくない津田は正反対ということになる。でも、誰にも迷惑をかけないで死ぬって、実はかなり難しいのではないだろうか。
「さて、どう死にたいか、みんな共有できたみたいだね。それを今度は実行可能なレベルまで話し合おう」
久し振りに先生が口を開いた。こうして見るとどうやら普通に部活動している気になってくるのだが……。
※ ※ ※
「多分、迷惑をかけて死ぬってのは案外簡単だと思うんだけどねー、特定の人物に迷惑をかけるってのはなかなか……」
福原さんがソファの背もたれに寄りかかりながら、適当に意見を出す。まあ、確かにその通りで、正直自殺なんかすれば周りに迷惑がかかるのは当然で、問題はそれをどうやって一点に絞るかだ。
「まあ……普通に考えれば遺書に都合の悪いことを書いて死ぬって感じだけど」
俺も意見を出すと、福原さんは「うーん」と腕を組んだ。
「でも、例えばそれを捨てられたりもみ消される可能性もあるっしょ?」
まあそう言われればそうかもしれないが……でもうちの親ならわざわざそれを捨てることもしないだろう。いや、でも今は福原さんのも兼ねて考えてるんだもんな。福原さんの家庭環境が分からないんじゃ捨てられる可能性も捨てきれない。
「それならもみ消されないような人に遺書を預けるとかは?」
「あたしも今そう考えてたんだけどー……なんつーか、それが必ずしも『制裁』になるかっていうとなんか違う気すんだよね」
必ず制裁になるか……確かに、遺書で告発したって藤井が必ず被害を被るとは限らない。藤井の親に子供の将来がどうのと責め立てられれば、学校なども強気には出られないだろう。
「じゃあインターネットにバラまくとかは?」
「それも信憑性疑われて終わり。本人じゃありませんでした~って言われれば何もできないじゃん」
確かに……。うん、話が堂々巡りになってるな。
「だったら、そいつに殺されればいい」
唐突に、今まで黙りこくっていた永沼が口を挟んできた。
「殺される?」
「そうだ。殺人事件ならもみ消そうったって警察が許さない。そうすれば確実に殺人罪で裁かれるだろ」
「でも、殺してもらうなんて、向こうが引き受けるわけないじゃん」
俺も福原さんに同感だ。好き好んで殺人犯になるヤツなど居やしない。でも、永沼はそれを鼻で嗤って一蹴した。
「当たり前だろ。推理小説は読まないのか。何かしらのトリックを使って相手を殺人犯に仕立て上げればいい。日本の警察はある程度証拠が揃って、それに矛盾がなければそれ以上追求はしない。もちろん、一つでも計画の不備やミスがあればおじゃんだが、成功すれば確実に相手に鉄槌を下せる」
まあ確かに筋は通っている。だが、やはり現実味が湧かない。そもそも、推理小説は小説だから成り立つのであって、現実で再現するようなものではない。さらに言えば推理小説の中でもトリックは暴かれてしまっている。
「……次の話に移ろうか」
意外に自殺って難しい。この状況で俺は何故かそんなことを考え始めていた。
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