神出鬼没
……どこに連れられていくのかと、内心ハラハラしていたが、あまり時間を置かずに石井がどこを目指しているのか分かった。
「なんで今から学校に戻るんですか」
そう、その道順はどう考えてもさっき藤井と通ってきた道を逆に辿っていた。
「ああ、あれですか。相談室にでも連れて行くんですか」
「いや?違うよ。そんなことしたら自殺を思い留まっちゃうじゃないか」
「……は?」
石井の言い方だと、まるで俺が死ぬのを石井が望んでるみたいじゃないか。仮にも教師だぞ。あり得ない。
学校に戻った時にはまだまだ真っ昼間で、空は真っ青だった。春だから雲一つない――とまではいかないが、ポツポツとわたあめみたいのが浮かんでる以外は実に清々しい晴れだ。
石井は教員昇降口で靴を履き替え、生徒昇降口まで俺を迎えにきた。正直、入学したばかりで教室配置は全然分かっていないが、とりあえずHR教室のない方向へ歩いていっているのは理解できた。
――第2準備室、第2多目的室、第2倉庫……と使う用途すら分からない、もはや使っていないであろう教室を通り過ぎ、辿り着いたのは東校舎四階、一番奥の部屋だった。プレートには「旧校長室」と書いてある。
「さ、ここだ。入ってどうぞ」
石井に促されてドアを開ける。埃臭いかと思ったが、部屋の中は整理され床にはゴミ一つ落ちていない。部屋の真ん中には茶色の二人掛けのソファが3つ、テーブルを囲んでコノの字型に並んでいた。
「あの、ここってなんですか?」
たまり兼ねて聞いてみた。こんなところにわざわざ呼び出す要件が分からない。
「まあそう焦らないで。全員が揃ったらちゃんと話すよ。今連れてくるから待っててくれるかい?」
そう言い残し、石井は俺をよく分からん部屋に置いて行ってしまった。立っているのもあれなので、茶色いソファのうちの一つに座る。「旧校長室」にしてはソファも綺麗に保たれている。石井が全てやったのだろうか。
石井は全員揃ったら、と言っていた。つまり俺以外にもここに連れてこられるということか。ますます理由が分からない。
そうして深く思考を巡らそうとしていたのだが、十分もせずに入口の扉が開いた。予想以上に早い帰りに驚いてその入口に目をやると、そこに立っていたのは小柄でおかっぱな女子生徒だった――。
※ ※ ※
先生に引っ張られるままについてきちゃったけど、今になって不安になってきちゃった……。小包玄関に起きっ放しだし。せめてお父さんに一言言ってから――と思ったけど、そうだ、私怒られたばかりだったんだ。なんか言えばまたぶたれてたに決まってる。
私の手を引っ張る先生の顔は、見えない。さっきは先生の顔、ちょっと怖いなって思ってたんだけど、でも、怒ってるお父さんから引き離してくれたのは嬉しかった。できればこのまま先生がずっと引っ張ってってくれたらな~、なんて……ダメダメ!私ったらいけない子……。
そのうち、先生がどこを目指してるのか、鈍感な私でも分かった。
「せんせ……もしかして……」
「うん、学校に向かってるよ」
先生は一回で私の声を聞き取ってくれた。やっぱり学校に行こうとしてるんだ……って、もしかして児童相談所とかに連絡されちゃうのかな!?先生、私がお父さんから暴力受けてるの、知ってるみたいだったし。
「あの、せんせ、私のお父さんのことなら、その、大丈夫だから、他の人には言わないで」
頑張って口にしたけど、でも口ごもっちゃったし聞こえてないかも……。
「何か勘違いしてるようだけど、僕は誰かに津田さんちの事情を話そうとはしてないよ?津田さんのお父さんは、いいお父さんだよ」
聞こえてた……!
……でもそうじゃないなら、なんで学校に行くんだろう。お父さん絡みじゃないんなら、別に学校じゃなくてもいい気がするし。誰かに話そうとしてないってことは、先生が1対1で話を聞こうとしてくれてるのかな。
学校に着いた時には辺りは真っ暗だった。六時ってこんなに真っ暗だったっけ?その暗闇にぼんやり浮かぶ校舎が変な存在感を放ってる。今にも動き出して、人を食べちゃいそうな……ううん、なんでもない。別に怖くなんかないもん。
先生は職員昇降口で履き替えて、すぐに生徒昇降口まで私を迎えにきた。昼間はそんなことなかったのに、蛍光灯の灯りしかない廊下は一人でいるのが怖い――ううん、怖くない。
部活をやってる体育館なんかは明るくて騒がしそうだけど、校舎内は結構薄暗い。ところどころ電気消されてるし。その廊下を先生はずんずんと進んでく。
「さ、ここだよ」
案内されたのは東校舎の四階の、一番奥の部屋だった。プレートを見ると「旧校長室」と書いてある。こんなところに何があるんだろう。
「し、失礼します」
曇りガラスで中が見えないけど、先生の前でビクビクしてるわけにもいかないから、引き戸の引き手に手をかけた。そして、意を決して引き戸を引くと、綺麗に整頓された部屋の中に、一人男の子がぽつんとソファに座ってた。
男の子はあんまし身長高くない――もちろん私よりは全然おっきいよ!?その、男の子の中では小さい方というか、そのくらいの身長で、上履きの色からして、私と同じ一年生みたい。
「こ、こんにちは」
「ん?」
――聞き返されちゃった……。さっきまで先生と普通に話せてたからイケるかも、って思ったけど、挨拶すらも聞こえないなんて。
「君も石井――先生に呼ばれてここに?」
私は首を大きく上下に動かした。だって、返事しても多分聞こえないもん……。というか、先生なら今ここに――。
そう思って振り返った廊下には誰もいなかった。電気もついてない廊下に非常灯の緑が反射してるだけ……。
「まあ、いいから座んなよ。立ってたってなんもないんだからさ」
先生がいなくなったことに呆然とする私に、男の子はそう言った。確かに、立ってたって何も始まらないよね!――とか言ってただ足が疲れたのもあるんだけど、私は入口のドアを閉めて男の子の向かいのソファに座った。
……その後、ちょっとの間沈黙があって、男の子がまた口を開いた。
「ねえ、君確か同じクラスだよね?」
そう聞かれても、まだ今日初めてクラスのみんなの顔見たばかりだし、特に男の子の顔なんて覚えてないよ……でもこの男の子は私のこと覚えてるんだもんな。そう思うとちょっと嬉しいかも。
「あの先生、マジで何考えてるか分かんねえよな……なんて言ったらいいか、掴み所がないというか」
確かに、それは私も強く感じた。心の底から心が読めない。そんな人だと思う。
「俺たち集めて何するつもりなんだろうな」
――この子もなんで呼ばれたか知らないんだ。意味深なこと言われて連れてこられたけど、ここに着いてからますます意味が分からなくなった。
……と、男の子が一方的に会話を持たせてくれていると、入口のドアが開いた。ドアを開けたのはちょっと髪の毛の長い、メガネをかけた男の子だった。
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