第2話
「相変わらず大きいな、ここ」
ほぼ円形をしているリィンバームの中心。街で一番大きな屋敷であり、高さを除くなら、ボクはこれほどの巨大な建物を他に見たことはない。
今回、ボクがここを訪れたのは、市長さんからの招待があったからだ。本当はヴァスも一緒のはずだったけど、朝から姿が見えず、仕方なくボク一人で来たのである。
空から三連の太陽が姿を消そうとしていて、辺りは薄暗くなりつつあった。だが、屋敷からは煌々と灯りが漏れていて、眩しい。
正面玄関には、以前案内してくれたメイドさんがいた。
「お待ちしておりました、シュンさま。中庭にて、みなさま、お待ちしております」
メイドさんに連れられて屋敷へと入り、そのまま中庭へと向かう。そこにはたくさんのテーブルが置かれていて、ご馳走が盛りだくさんに置かれていた。周りには、何やら派手な服装をしている男女達が、品の良さを醸し出しながら、そこかしこで談笑している。
「うわぁ、ナニコレ……」
思わず本音が漏れる。ここまで来ると、もはや場違いを通り越して、針のムシロ状態である。だって、視線が痛いんだもの。
ボクの姿に気づいた人たちは、どこかニヤニヤとした表情を浮かべていて、ともすればクスクスという笑い声も聞こえる。
「こんなことなら、もう少しまともな格好すればよかった」
市長さんからの言付けでは、「普段通りで大丈夫」と言われ、いつもの服装できてしまったからだ。
だが、後悔は一瞬だけ。ボクが持っているのは、学校のブレザーがせいぜいである。あんなものを着てきたら、今度はどんな奇異な目で見られることやら。
ああ、もう! ヴァスさえいれば、断ってたのになぁ。
「あら、主役の登場ね。いらっしゃい、シュン君」
声をかけてくれたのは、エルレイン市長だ。見るからに上機嫌である。
「街を襲ったドラゴンを退治するどころか……まさか、従えてしまうなんてね。見込みはあると思ってたけれど……想像以上だったわ!」
「あ……ありがとうございます」
頭をポンポンと軽く叩かれる。
ボクの身長だって170センチはあるから、決して低いほうではない。けど、市長さんは、そんなボクよりもわずかに背が高い。だから自然と、頭に手が伸びるのだろう……悪い気はしないからいいけど。
「でも、こんな派手な……豪華なパーティーなんて……場違いじゃありませんか、ボクは」
「とんでもないわ! もしここにヴァストゥルガがいたら、とっくにご馳走を食い散らかしているはずよ。彼は、こういう集まりが嫌いだもの」
ヴァスならあり得る。
事実、ゲンダリオンとの闘いが終わり、街に帰ってきてからはお祭り騒ぎだった。ノールーツでは、三日三晩は飲めや歌えやの大宴会……おかげで、報酬の大半を使い果たすという有様になったのだ。そこで、誰よりも楽しんだのは、間違いなくヴァスだったろう。
でも、まさかボクの分け前まで使い込むとは思わなかった。おかげで、細かな仕事をコツコツと始める必要がでてきたわけで。先日の荷物運びも、その一つだったのだ。
「それでも……ここはやっぱり、ボクのいる場所じゃないと思いますよ。なんか、笑われているみたいですし」
「何を言っているの? 今日はあなたが主役なんだから。もし場違いがいるとすれば、むしろ、ここにいる他の人たちでしょ? そうよね、あなたたち!」
市長は大きな声で問いかけるように――もとい、叱りつけるように、その場にいた全員へと呼びかけた。
彼女の迫力のせいか、さっきまで口元が緩んでいた人々は、一気に顔色を悪くする。ボクに向けられていた眼差しはなくなり、ぼそぼそと小さな話し声が聞こえるだけになった。
やっぱり、怖いな……この人。
「いいんですか? ここにいるのは、みんな偉い人たちですよね? あんな言い方したら、気を悪くすると思いますけど……」
「そうね。ここにいるのは、リィンバームで大きな権益を持っている商人や、通商をしている国の外交官……はたまた、たまたま訪れていたどこかの貴族とかでしょう。特に招いた覚えもないのだけれど、耳の早い人間が多いのね。どこから聞いたのか知らないけれど、『ドラゴン退治の英雄を見てみたい』と言って、参加を申し込んできたのよ。だから、主役はあなたで、彼らは脇役……というよりも、野次馬なのよ。だから、あなたへの無礼は、絶対に許さないわ」
市長さんはニコリと笑いかけてくる。それはどこか可愛らしささえ感じる――遥かに年上の女性には失礼な表現の気もするけど――笑顔だが、その奥には明らかに『政治家』 の顔がある。
この祝賀パーティーも、何らかの意図があって開かれているし、そこにボクが招かれたのにも目的があるのだろう。ただ、それを自分から探ろうという気には、まったくならないけど。
「さあ、まずはあなたを紹介しなければいけないわ。主役が目立たないパーティーなんて、つまらないものね」
市長はボクを中庭の中央へと誘導する。大きな噴水があり、その前には一段高い台のようなものが設置されていた。
ボクがその上に登ると、市長が、パンパンッと大きく手を叩いた。
「さあ、皆さん! 今日の主役の登場よ! リィンバームを救った少年、ドラゴンを屈服させた男、シュン=ニカイドウ君よ」
「ど、どうも……」
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