第7話 §魔法大学校 学食で夕ご飯
石田と別れて、いつも真貴子先輩がポトフを食べている第一学生食堂に来たハルは、部活終わりの運動部の学生が大勢たむろしている中、真貴子先輩を探してキョロキョロしていた。
「おうい。ハル君じゃないか。どうしたの今日は学食?」
ハルに声をかけて来たのはハルと同じ学科の早川優香里と塩見瑠奈だった。ゆるふわ系の可愛らしいお嬢様タイプの優香里が笑う。
その隣に立っているのは、すらりとした長身にショートカットが似合う瑠奈だった。瑠奈は男性とも女性とも違う第三の性であるユニセクシャルだ。整った顔立ちに文字通り中性的な魅力があり男女問わず学生たちからの人気も高かった。この二人はお互いに気が合うのか、サークルも同じで、よく二人で一緒にいるのを見かける。
「この時間、ハルきゅんが一人で学食とは珍しいな」
瑠奈はからかうようにハルに言った。優香里は現役入学だったが、瑠奈は一つ飛び級で入っているので、同じ学年であっても二つ飛び級のハルより二人とも年齢が上になる。ただ瑠奈とハルは同じ年度に飛び級で入学してきた同士で、ガイダンスなどでも色々と顔を合わせることも多く、今ではお互いに冗談を言い合う気の置けない間柄になっていた。
「いいかげん『きゅん』は止めてよ」
「ハルきゅんは、みんなの合法ショタ王子なんだから仕方ないだろう」
「そんなの瑠奈が勝手に言ってるだけだろう」
ハルは内心で、瑠奈だって男装の麗人風じゃないかと思ったが口には出さなかった。現代魔法社会により新しく誕生したユニセクシャルという性別は、広くに認知される様になってから未だ年数がそれほど経過していないこともあって、ユニセクシャルという性別に関して社会的にもデリケートな部分があった。
「えー。そんな事無いよ。優香里もハルきゅんの事をそう思っているよね」
「私に同意求めないでよ。まぁハル君が天然ショタなのは認めるけれど」
「優香里ちゃんまで、そんな事を言う」
「ごめんごめん」
そう言って優香里は軽やかに笑った。そういう優香里の上品な笑い声にハルはかなわないなぁと思う。
こうやって普段通りに三人でからかい合っていると、しばし自分の喪失した下半身の問題を忘れる事が出来てハルには有り難かった。 ハルは取り敢えず真貴子先輩を探すのを諦めて、トレイを持って三人で学食のレーンに並ぶ事にした。
「ハルきゅんって寮生だろう。今日は寮のまかないはお休みなの?」
一品皿のコーナーでマカロニサラダが入った小鉢を取っているハルに瑠奈が尋ねる。瑠奈は学校の近くでワンルームを借りて一人暮らしをしており、優香里は実家から通っていた。
「そうじゃないけど。今日はちょっと寮には帰りたくない気分なんだ」
ちらりと時計を見たハルは、いつもならもう寮の食堂で夕食を食べている時間だなと思った。
「へぇ。ハル君もそういうアンニュイな気持ちになるんだ」
瑠奈の肩越しから優香里が聞いてくる。
「いや。そんなんじゃなくて、実は石田と喧嘩したんだ」
「ふーん。そうなんだ」
会計を終わらせて、空いているテーブルを探していると、窓際の端っこの席に座っている真貴子先輩の姿が目に入った。
どうもハルの知らない男性と一緒に居る様だった。楽しそうに何か喋っている真貴子先輩の姿にすっかり気後れしてしまったハルは、しばしその場に立ち尽くした。
「ハル君向こうのテーブルが空いてるよ」
「あっ、ああ」
優香里と瑠奈に急かされるままに、ハルは壁際のテーブルに腰を下ろした。ハルが腰を下ろした席は、柱の陰になっていて丁度真貴子先輩がいるテーブルから死角になっているのが、今のハルにとっては少し有り難い様に思えた。
「さっきの話だけれど、喧嘩した石田君ってあの体の大きい人よね」
テーブル席に着くなり優香里がハルに聞いてきた。
「まぁ体はデカイかな。野球部に入ってるし」
「瑠奈も石田君の事は知っているよね?」
「うん。ハルきゅんといつも一緒にいる人だよね」
「寮でも同室だからね。一緒にいる時間は結構長いかも」
ハルの「同室」という話言葉に二人は反応した。
「ハル君は未だ大丈夫なんだよね」
「へ?「大丈夫」ってなにがだよ?」
「そりゃ優香里が言っているのは、ハルきゅんの「純潔」の事だよ。もうそんなものは無くなってしまっているのかも知れないけれど」
「瑠奈、先走らないで」
「えっ、えっ「純潔」って僕の?」
「いや、ハル君の性的嗜好がそういうのであれば、私達はどうこう言う資格は無いのだけれど」
「まっ。実際問題として、ハルきゅんがそっちの道に走るのも、僕としては有りだと思うけれどね。個人の生き方の問題だし」
瑠奈はそう言って学食の中華丼を食べ始める。当たり前の事の様に言う瑠奈の言葉にハルは慌てて否定した。
「無い無い無い無い。てか石田となんてありえない」
「じゃ誰ならありえるの?」
優香里がしつこく聞いてくる。
「だいたい僕はノーマルだよ。男はそういう対象じゃ無い」
下半身がもげているハルは心の中の不安を隠すように、やや強がってそう言った。
「でも、喧嘩したら落ち込むような間柄なんでしょう?他にそんな人いるの?」
優香里が、さらにハルに問いただしてくる。
「いや、それは」
「それって「好き」ってことじゃないかしら?」
「違うよ。石田は僕の友達だから気にしてるだけだよ」
「本当にそれだけ?石田君の方はハル君の事はどう思っているの?」
「知らないよ。そんなの」
そういうやりとりを聞いていた瑠奈が、食べていた中華丼のレンゲで軽くハルの方を叩くような仕草をして口を開く。
「ハルきゅんはさぁ。無自覚な所も魅力なんだけれど、その無自覚も過ぎると時には人も自分も傷つけてしまうことになるかも知れないよ」
瑠奈はこれまでになく真面目なトーンで言った。
「瑠奈大丈夫?」
優香里が心配そうに瑠奈の顔を覗き込む。
「え、何が?」
「いや、急に意味深ぽい事言うから」
「うーん。僕は自分自身がユニセクシャルってのもあって、人の色恋には色々と思う所もあるわけさ」
「瑠奈はハル君をおもちゃにしていただけじゃ無いのね」
「いや、おもちゃにはしてる」
「おいっ。こっちは迷惑だよ」
そう言い返すハルに瑠奈は笑いながら言葉を続ける。
「まぁハルきゅんは可愛いからね。生き物として可愛いからいじりたいと思っちゃうけど、ユニセクシャルの僕から見ると、中々恋愛の対象には見ることが出来ないんだよなぁ」
「ちょっと瑠奈。恋愛対象じゃ無いって少し失礼じゃ無い?」
「それは仕方ないよ。僕らユニセクシャルは、恋愛対象となった相手によって性別が移ろうわけだけれど、相手に合わせる形で完全に自分の性の立ち位置が動いちゃうわけなんだから。よく『主体性の無い性別』だなんて言われてるけれども、ハルきゅんみたいな人が恋愛の相手だとすると、自分が女性の立場から愛すれば良いのか、それとも男性の立場から愛すれば良いのか、ちょっと選べなくなってしまうもの」
瑠奈の話に男性らしくないと言われた様な気がしたハルは憮然として言い返した。
「僕はノーマルな男だよ。恋愛対象は女性だけだよ。恋人は女性じゃなきゃ困る」
「本人だけがそう思おうとしている所が、また可愛いよね」
瑠奈はハルの言葉を受け流す様にそう言ってケタケタと笑う。ふくれっ面になったハルを横目で見ながら優香里が瑠奈に尋ねる。
「でも。そしたら、もし瑠奈が本気でハル君と付き合ったら、今のユニセクシャルらしい瑠奈のまんまで恋愛出来るって事じゃ無い?」
「あっそうか。そういう愛の形もアリなのかな」
そう言って考え込む瑠奈に優香里はたたみかける様に言う。
「自分の本来の、ありのままのに近い形で恋愛できるんだから、瑠奈にとってハル君みたいな人は理想の恋人って言えるんじゃ無い?」
「確かに自分をあまり変えなくて良いって言うのは楽かも知れないなぁ。どう?ハルきゅん。試しに僕ら付き合ってみる?」
「嫌だよ。瑠奈となんて…………」
「ハルは僕のこと嫌いなのかい?」
瑠奈はハルの目をじっと見つめて言った。瑠奈にのぞき込まれたハルはその瞳に思わずたじろいだ。
「嫌いっていうわけじゃ無いけれど」
まっすぐ瑠奈に見つめられて焦って口ごもるハルに優香里はからかうように言う。
「ハル君には石田君がいるんだもんね」
「まだ言ってる」
「まぁまぁ。ハルきゅん。気が向いたら本気で僕のことを考えて見てよ。自分で言うのも何だけれど、僕は君となら本気になれるかもしれないよ。僕に本当の愛というものを教えておくれよ」
「なんか嫌な口説かれ方だな」
「えー。そうかなぁ。ご婦人方に受けそうな演劇テイストを少し意識したんだけれど。駄目か」
「うん。やっぱり僕は瑠奈とはつきあえないや」
そう言って三人で笑った。
「ところでハル君。今日は寮に帰らないんだって」
「うん。そのつもり」
「泊まるところはどうするの?」
「ネットカフェにでも行こうかと思ってるよ。ほら駅前のお店はナイトパックあったから」
「えーそんなのつまんないよ。だったら今夜は私達とオールで遊ぼうよ」
「へぇ優香里ちゃんも一晩中遊んだりするんだ」
「へへへ。本当はオールナイトで遊ぶとか未だした事無い。うちはお父さんが厳しくてさ。門限とか厳守なんだよ」
「優香里のお父さんって早川教授?」
「そうそう。ハルは講義とか受けてるの?」
「いや、専門分野とかはよく知らないんだけれど、寮の学校側の運営責任者をやられているのは知ってる。話しはした事無いけど」
「そっかぁ。ウチのお父さん厳しいよぅ。でも私は夜遊びとか、そういう学生ぽいのに少し憧れてはいるんだぁ」
「そしたら優香里は今夜ウチで勉強会するって事にしなよ。それなら大丈夫でしょう?」
瑠奈は優香里にそう提案した。
「まぁ瑠奈の事はうちの家族もよく知ってるし、日頃から魔法実験が大変ってアピールしているから瑠奈と一緒に勉強会って言えばお父さんも許してくれるとは思うけれど」
「じゃ決まり。今夜はハルきゅんと一緒に三人で遊ぼうよ」
「えっ?男は僕だけ?」
ハルは自分が未だ男であるという事を確認する様に言った。
「女は優香里だけだしユニセクシャルは僕だけだから丁度良いじゃん」
「でも、どっちかというと瑠奈は女性の様に思えるし」
「えー。ハル君は瑠奈の事、そういう風に意識してたんだ。瑠奈は女の子っぽい名前のわりにこんなのだから、名前負けしてるてよく言われるのに意外だね」
優香里がそう言って二人を冷やかしたのだが、瑠奈は優香里の予想外の反応を見せた。
「僕ちょっと嬉しいかも」
瑠奈はそっぽを向いて呟くように言う。
「いい加減からかうのはやめてよ」
ハルがそう言い返す一方で、優香里は横目で、顔を背けた瑠奈が耳まで真っ赤にしているのに気が付いた。なんだかんだ言っても実際の所、自分の恋愛に関しては奥手の瑠奈にしては今のが精一杯のアピールだったのかもしれない。しかし相手が天然ショタのハル君じゃ通じないだろうなと優香里は思った。ここは私が二人を後押ししてあげなきゃならないなと、優香里の中に勝手な義務感にも似た感情が芽生えた。
「ようし今夜は皆で遊ぼう。クラブとか行って踊ったりプールバーとかダーツバーとか回った後、夜景みてカクテルバーで飲もう。そんでカラオケして深夜にジンギスカン食べる!」
そう言って立ち上がった優香里は、ハルが持っていた箸と瑠奈が持っていたレンゲを取り上げた。食べかけの学食をそのまま返して、優香里は二人を追い立てる様に急かして、三人は学校の外へとくり出すことになった。
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