89.懐かしの左へ



「こっち側に来るのは久しぶりだねぇ」

<ああ。探索休む前までは右の複雑な方ばかり行ってたし、そもそも探索自体、日数開けてたからね。確かに久しぶりだ>

「ドリアードは大丈夫?」

「テクト様のお力を疑うわけではありませんが……ほ、本当に襲われないのかと、少々、震えてしまいます」


カツカツ、とブーツを鳴らして薄暗い石畳の道を進む。私の肩にテクト、左手にはドリアードがくっついてる。全身は隠蔽魔法でキラキラだ。

今日は朝からフキの下処理をこなして、早めに昼寝をして腹ごしらえをしてから、ダンジョン探索に出かけてる。在庫はまだまだあるけど、宝玉の補充のためだ。トイレットペーパーやティッシュと同じで、在庫がたくさんないとソワソワァってなるんだよね。特に宝玉はうちの主力商品なわけだし。

朝ご飯をもりもり食べてお茶休憩をした後、私とドリアードはせっせとフキをまとめたり切ったりした。今は何事にも興味が湧く様子のドリアードは、とっても楽しそうにフキの根っこを落としてたね。ありがとう、助かります。

テクトには水樽にいっぱい湧き水が入るまで監督してもらった。ふっふっふ、家を建てる時ナビに水源から水引いてもらって正解だったよね。蛇口に新品のホース付けて先を樽へ落として、蛇口捻るだけ。後は樽一杯になるまで待って、テクトに水を止めてもらえば簡単水汲みの完了である。

いやー、本当に助かりますなぁ。外で雨が降ってても水汲みに困らないもん!私の仕事?樽の中の洗浄と、ホースのゴム臭がうっかり水に移らないよう、念入りに洗浄かけたくらいかな?洗浄魔法なら任せてくれたまえよ!むふー!

フキを全部タッパに突っ込んだ頃には、満杯になった2つの水樽の上でテクトがゴロゴロ寝転んでた。可愛い過ぎか……あまりの癒しに思わず拝んだ所で、テクトの尻尾にぺしぺしされたよね。ご馳走様です。

お昼休憩を挟んだ後は、探索のためにダンジョンへ来た。ただ意外だったのは、ドリアードが「私も行きます!」って言った事だ。今日は人に会う用事じゃなくて宝箱目当てにダンジョンに行くよって話したら、目を瞬かせて。


「そういえば、ダンジョンには宝箱があるんでしたね……どういったものなのですか?」

「んー。金属製で、大きくて……見た目はこの山型のパンに似てるかな?」

<パンと一緒にしないで?>


一斤で買った食パンを分厚く切りながら、ドリアードに見せる。彼女は小さく頷いた。

テクトには若干怒られたけど、ぼんやり輪郭は似てる気がしない?下側が四角くて上の方がまあるくアーチ状な所とか。


「中にお金とか、ポーションとか、武器とか防具、後は宝玉とか……入ってるらしいんだけど、私達が開ける宝箱っていっつも宝玉が入ってるんだよねぇ。ずっとそればっかで一時期悲鳴上げてたね、もはや懐かしい思い出になりつつあるけど」

<ああ、あの宝玉ばっかりの日々はさすがに僕も堪えた>

「まあ……宝箱巡りとは苦行なのですか?」

「いや、本来はゴホウビのはずなんだけど……私達の場合は逆に運が良かったのか悪かったのか……?」

<結果的に言えば、良かったと言えるんじゃない?今は大儲け出来てるわけだし>

「まあねぇ」

「……今日は、人に会う予定はないのですね?」

「うん?そうだねぇ、ルウェンさん達もまだこっち来れないだろうし、今日はお休みって100階の人達には伝えてあるから冒険者に会う予定はないねぇ。さすがに昨日今日で魔族の人達がまた来るとは思えないし、108階に人は来ないんじゃないかな」

「ルイ」

「んー?」


切り終わった食パンをアイテム袋に片付けて、洗浄魔法をかけた手を払っていたら、ドリアードが思ってたより真剣な眼差しでこっちを見てたので思わずビクッとした。


「今日は雨が降っております」

「う、うん!ずっとやまないねぇ」

「植える場所の目安を立てられなければ、家庭菜園の計画も滞りましょう」

「そー……うだね!さすがに苗を何個買うかとか、大まかに数は決めておきたいね!無法地帯にはしたくないから、私の勢いで買っちゃだめだと思ってたんだ。ドリアードすごいやる気たっぷりだね!」

「はい。私は精霊としての力を十二分に発揮したいと、思うようになりました。正しく鍛錬を積む事、家庭菜園を豊かにする事、美味しく綺麗な果汁ゼリーを楽しみたい事、など……やりたい事がたくさんあります。たくさん出来ました」

「お、おお……!」


ドリアードの目に活力が……!メラメラと火が燃え盛ってるように見えるくらい力強い!


「私、ルイのお仕事についていってみたいです。人に会うのはまだ……ちょっと難しいですが、モンスターは平気ですので!」


何なら私戦いますよ!と、どこからか伸ばした蔓をぺしっとフローリングにたたきつけた。一瞬セラスさんの圧がある笑顔を思い浮かべたのは内緒だ。ドリアードはセラスさんほど圧はない。寧ろ必死な感じがあって可愛い。


「ドリアードが行きたいなら、私は構わないけど。モンスターと戦う事はないんだよ。ほら、テクトの隠ぺい魔法があるから」

「あ!そ、そうでしたね……!ルイがきちんと妖精に擬態出来ているかの方が心配で、失念しておりました」

「うん、そんな気はしてた」

<だろうと思った。でもまあ、いいんじゃない?魔法かけるのが1人増えたって、僕は疲れないから>

「テクトからの許可も出たし、じゃ、一緒に行こうか」

「は……はい!!」


というわけで冒頭の会話に戻るのである。

私の左手をぎゅうっと抱え込んだドリアードが、きょときょとと周囲を見回してる。初めてのダンジョンだから色々見回ってみたい好奇心と、この階層のモンスターすごいでっかいって聞いてから「モンスターなら平気!」っていう気持ちが搾んじゃったのとで、私から離れたくないけどダンジョンの壁や床も気になるって感じに落ち着いてしまった。森のモンスターは魔獣より小さいものが多くて、その魔獣も108階の廊下の半分以下の高さくらいなんだとか。え?安全地帯に繋がってる廊下、他の道よりは狭くて低い方なんだけど?みたいな対応したら縮こまってしまった。ドリアードにとっては未知の領域だ。これはしょうがないわ。

もちろん、彼女にも隠蔽魔法がかかっているから私の傍にいなくたって平気なんだけど、まだモンスターに出会ってないから実感が湧かないようだ。私にぺったりくっついて離れない。ふふ……た、頼られてによによなんてしないからね?怖がってるドリアードに失礼じゃないの。

いやね、わかる。私も最初怖かったもん。テクトの力を疑ってるわけじゃないんだよ。結界の加護はめっちゃ大活躍してたから、テクトのすごさはビシビシ伝わってた。でも実際の効果を見るまでは、ね?恐怖の方が勝るよね。


「もう少ししたらオークがいっぱいいる所に出るよ。そしたらちょっと臭いけど、隠ぺい魔法の効果が良くわかると思う」

「は、はい!」


T字路に出た。ここを右に行けば、魔の異臭オーク地帯だ。うーん、久々だし、あの臭いに近づくのはちょっと勇気がいるなぁ。吐き気催す臭さだもんなぁ。あの形容しがたい臭いが消えてくれたら、右側の方ももっと探索しようって思えるんだけど……


「……あ」

「どうしました?」

「やってみたかった事、思い出した!テクト、オークが集まってる所ギリギリ近くに、壁作るみたいに隠ぺい魔法かけてくれる?」

<いいよ>


テクトの手からキラキラが溢れてきて、廊下の先へと進んでいく。きっと、オークの前が煌びやかになってる事だろう。

探索中のお昼時に活用してた、小部屋まるごと隠蔽してみよう作戦の廊下バージョンだ。これで、私達がこっち側で何をしてようと気付かれないし、

ドリアードとテクトに小さいマスクを渡して、私も装着する。綿をいっぱい詰めて乾燥ラベンダーを入れた特製マスクだ。いやー、作っといてよかったー。この廊下に出てから異臭を感じ取ったドリアードの顔が、そりゃもう心底不快ですって感じになったので私の行動は早かった。ラベンダーの匂いに癒されたのか、ドリアードは胸に手を当てて深呼吸してる。わかる、そうなっちゃうのよくわかる。何なら私も今してる。

<僕はそもそも呼吸を止められるからいらないんだけどねぇ>なんて言ってたテクトも、ラベンダーの香りはお気に召したらしい。同じように深呼吸してた。

さて、胸の不快感も減った事だし。テクトの隠蔽魔法と、私の洗浄魔法の効果、しっかりとドリアードに見てもらおう!

まずは小石を拾って、オークの傍まで近づく。今日はジェネラルと部下達そろい踏みだった。こりゃくっさいはずだわ。うげー。

ドリアードはオーク達の大きさに目を見開いてる。そして、次に視線が行ったのは自分と同じ魔法がかけられている廊下。広くて高い廊下に満遍なく広がるキラキラは、テクトの隠蔽魔法だ。うん、私の想像通り!さすがテクト!

テクトに私自身にかかってる隠蔽魔法を外してもらって、ドリアードの目の前で小石を投げる。隠蔽魔法の壁よりこっち側に転がるように、横へ優しく。

コンッカンコン。

そんなに大きくないけれど、こんなに近ければ気付かないはずのない距離で鳴る音に、整列するオーク達も、仕切ってるオークジェネラルも、一切反応しない。


「と、こんな感じに気付かれないんだよね」

「なんと……まあ……本当に、本当にテクト様は素晴らしい力をお持ちなのですね」

<まあ、聖獣だし?これくらいは出来るよ>


私達が隣で話していても、オーク達の耳はピクリとも動かない。次元のズレを挟まれると、モンスターは私達に気付けないんだ。

ここからは初めての試み。テクトの隠蔽魔法越しに、洗浄魔法をかけてみる!

とりあえず、キラキラよりこっち側だけ……臭いよ消えろー!消臭剤に吸われろー!と念じながら魔法をかければ、異臭がどんどん薄れてく。

すると、ふごっふごっとオーク達の鼻が動き出した。けど、見当違いな方向ばかりを気にするので全然怖くない。


「臭いはさすがに、薄まれば気付くみたいだね」


オーク達の臭いが酸素と一緒に次元を越えた私へ届くように、私達の存在は隠せてもここら一帯の空気は誤魔化せないみたい。音は隠せるのになぁ。いや、ここは寧ろ魔法かけられてる間も呼吸が出来る事を喜ぶべきなのか。


<この臭い自体に僕が隠蔽魔法をかければ、気付く事もなくなるだろうけど。気は進まないな>

「そうだねぇ」


廊下に漂ってる形のない臭いに対して、ちまちまと魔法をかけてくのを想像したけど、すぐさま首を振った。ないわ。労力の無駄遣いですわ。

オーク達が不思議そうにしてるうちが花、っていう事で空気の洗浄はこれでおしまい。マスク越しでも僅かに感じた異臭もなくなったし、呼吸も楽だ。これくらいならオーク地帯の先へも行きやすい。

ドリアードは笑顔のまま、すごいすごいと言ってくれてるし……このまま進んでも大丈夫そうだね。

ただ……


「……今日もみちみちしてるね」

<オーク勢揃いだからね>

「臭い消す事ばかり考えてたから、10匹分のむっちり圧は忘れてたよね……」


通れる場所が少ないんだよねぇえええ!前は這って進んでたのに、何で忘れちゃうかな私は!!ダンジョン初心者のドリアードに、あんなオークむっちりに飛び込めとは言いづらい!

きょとんと愛らしい顔で見上げてくるドリアード。うん、絶対言えない!


<僕が運んであげるよ?>


あ、テクトの筋肉こぶを見せるポーズも久しぶり。

是非ともお願いしまぁああす!


















ガチャ。


「安定の宝玉だなぁ」

<またいっぱい集めた頃にポーション来るんじゃない?>

「その確率収束しときました理論やめよう……悲しくなってくる」


ソーシャルゲームにハマってバイト代をほとんどつぎ込んでた友達が、事あるごとに「当たらねぇえええ……何でだ。この前は素直に出てくれたじゃん……頼むよう。欲しいよう……はっ、この演出は、まさか……いらっしゃい二度目ましてこの野郎!同じ!レアなら!まだ出てない奴ください!」とすすり泣いていたことを思い出す。あまりにも見てられなくて、よくおやつを差し入れたなぁ。心のオアシス!って泣き付かれたっけ。閑話休題。

宝箱から白い宝玉を取り出して、興味深そうにしてるドリアードに渡す。宝玉の使い方は教えたので、うっかりキーワード言わないようにね、と一言添えて。

ドリアードは目を煌めかせて、宝玉を上から見たり、下から覗き込んだりしてる。大変、可愛いです。


「ダンジョンは不思議ですね。この宝玉で移動したり、テクト様の隠蔽魔法のような事ができるのですか?」

<僕と同じとは思わないで。あくまで、その白い宝玉はこのダンジョンのモンスターにしか効かないものだから>

「出入り口を隠ぺいするなんて、テクトしかできないもんね」

「はい!素晴らしい魔法を、こんなにも繊細に操る事が出来るなんて、素敵です!」

<ま、まあね!それほどでもあるかな>


テクトはドリアードに褒められてどや顔だ。私が褒めてもツンツンしてる事が多かったのに、むー。

さっきオーク地帯で壁作った後に思いついた事なんだけど、宝箱を開ける時に隠蔽魔法を解くんじゃなくて、部屋に入った時点で出入り口に隠蔽魔法かけた方が安全だよね?って。実際やってみたら宝箱はゆっくり開けられるし、中身は(もちろん宝玉だけれど)ちゃんと確認してからアイテム袋に入れられた。あんなに急いで開けて片付けて魔法かけて、ってやってたのに。今じゃドリアードがじっくり観察してても問題ないもんね。もっと早くに気付けてたらよかったぁあ!


「ルイ、私も宝箱を開けてみたいです!何が入ってるかわからない高揚感、楽しいです!手ずから味わいたいです!」

「うん、じゃあお願い。力が足りなかったら、テクトに助けてもらってね」


宝玉でもこんなに喜んでもらえるなら、ドリアード連れてきてよかったなぁ。私達はもう、苦痛を乗り越えて無の境地っていうか……慣れちゃったっというか。流れ作業みたいな所あるよね。欲しいから入ってたら嬉しいけどね。またか感は拭えない。

モンスターを素通りして、カメレオンフィッシャーが潜んでない宝箱部屋に入る。テクトが出入り口を隠蔽して、私達の魔法を解いた。


「何が出るでしょう……胸がすごく跳ねてきました」

「たぶん宝玉だと思うけどねぇ」

「宝玉だとしても、今日はまだ緑色の宝玉を見てません。もし入っていたら、全色揃いますね!」

「テクト、ドリアードの笑顔が眩しい」

<僕らにはもうこんな輝かしい笑顔は無理だ>

「お2人とも元気を出して……あら?」

「ん?」


ぱかっと宝箱を開けたドリアードが、小首を傾げた。どしたの?ドリアードが手招きしてるので、近寄って宝箱を覗き込んでみると。


「ほ?」

<んん?>

「宝玉以外も入っていましたね」


テレビで見たダチョウの卵のような、大きくてほんのり青い卵が。

宝箱の中にころんと転がっていた。


「え、えええええええええええええ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る