18.歯磨きと寂しいプラネタリウム



夕飯後の歯磨きを忘れてたので、何でかぼけっとしてるテクトを呼んで、前に立ってもらう。

いやー、薄ぼんやりとしか見えないからね!「まえにいる!?いるよね!?」<いるいる。ちゃんと目の前に立ってるよ>っていうやり取りがあったけどそこは省いて。くすくす笑いながら私の手を握るテクトさんお願いですちょっと省いておいてね!

歯磨きと言っても、歯ブラシは買ってない。磨くのはいいんだけど、その後のうがいをした水はどこに捨てるんだって話だし。洗浄魔法で真水に戻るなら、歯磨き粉つけた歯ブラシで磨いていいと思うんだけどね。私の熟練度じゃ、まだ不安なんだよ。皿綺麗にするのも1分以上かかるし。

魔法の習得や熟練度の上昇率はステータスアップに含まれないから、正真正銘、現状が私の実力だ。生活系統の魔法は威力と結びつかないからね。攻撃魔法覚えられたらステータスアップの恩恵を特に受けれたんだろうけど……実際、威力のある泡とか受けたら私気絶するどころの話じゃないから、結びつかなくてよかったと心底思います。ほんとに。

加護の恩恵を得られないからこそ、地道に魔法を使ってくしか浄化の精度を上げてく方法ないんだよねぇ。ダァヴ姉さんの洗浄魔法は、油汚れやら埃やら、ダンジョン内に年々積もり積もってこびりついたたくさんの汚れを、一瞬で綺麗にしてみせた。しかも、小ホール規模の決して小さくはない部屋を丸々と。レベル1な私と比較するまでもなく、ダァヴ姉さんが洗浄魔法をかなり使い込んでるのがわかるね。綺麗好きなんだろうなぁ……きっと。教えてもらわないと覚えられない魔法を覚えてるって事は、そういうことなんでしょう。閑話休題。

朝ご飯の後、いつもの日課で歯磨きしようとした私は、その後の排水問題に困った。悩んだ末に自分を見下ろして、はたと閃いたのだ。洗浄魔法を自分の口に使ってみたらいいんじゃない!?これがうまくいけば何の心配もいらない!って思いきったわけですよ。やっぱり、口の中綺麗にしないと落ち着かないしね。

歯磨きの感じー、口の中綺麗になれー。と念じながら、私が口を大きく開いて洗浄魔法の泡を入れてくのを、じーっと下から覗き込んできたテクトはほんと天使だった。天使すぎて思わず口から涎を垂らしそうになるくらいだったよ……可愛いって罪深いね。慌てて拭ったけどさ。


<洗浄魔法を咥内に使う人初めて見た>

「ひょお?……んん、うん。きれいになった、かな?」


泡が全部消えたので、舌でさらっと口の中舐めてみる。食べかすとか、歯垢のざらっと感はない。いつもの歯磨きの後の、つるつるな滑り心地。ふふふふ……!

よおおおし!歯磨き問題解決ううう!!洗浄魔法って素晴らしい!!悩みが一気に解決した!!


「テクトもやってみる?」


昨日はうっかり忘れたけど、食べ物食べたら口の中綺麗にしないと。虫歯や口臭の原因になるからね。

きょとん?とした顔で首を傾げるテクト。ただの天使だった。


<虫歯?>

「はをとかして、あなをあけちゃうこわーいびょうき」


飲食の際めっちゃ染みて痛いし、放っておくと歯を抜くはめになる、食べ物大好き人間からしたらとっても恐ろしい病気だ。食べたら歯磨きをするのは、虫歯の原因である酸を作らせないためなんだよね。それを絵付きでおどろおどろしく説明された幼い頃の私は大号泣だったわけだけど、まあ一旦脇に置いといて。

食べ物を美味しく食べられなくなる!と知ったテクトは僕にもやって!と、私と同じように口を大きく開けたわけです。ほんと可愛かった……!うふふふふ。

あ、朝の事思い出しにやにやしてたら手を叩かれた。無言の抗議ごちでーす!まったく痛くないのがテクトの優しさだね!


「テクト、くちあけたー?」

<開けたよー>

「よーし!きれいになーれー、きれいになーれー」

<ん、泡入ってきた>

「じゃ、つぎわたしー」


ついでに全身も綺麗になーれー。今日はいっぱい歩いたから、汚れたなぁ。服の上からでも肌がさらさら綺麗になるのは、私の想像がお風呂に入ってる感じだからかな。服は洗濯にかけるようにーって思ってるんだけど。洗浄魔法だと汚れだけ取れて、一切濡れないんだよね。そこは実際の洗濯機とは違うけど……まあ、想像力大事って言ってたし。これでいいんだと思う。服ごと濡れてたら風邪引くもんね。


「テクトのからだもやるからね。じっとしてー」

<んー>


テクトもいっぱい歩いて汚れちゃったからなぁ。さっきは急いでたから手だけやったけど、今度から夕飯作る前に全身綺麗にしたいね。私もテクトも念のため。大丈夫だと思うけど、体についた汚れが料理に入っちゃうかもだし。エプロン準備しなくちゃだなぁ。んんー、テクトの全身も綺麗になーれー。

それからしばらくして、泡が弾ける音がなくなった。ふー、5分から10分くらいかな?結構かかるなぁ。


<うん、前は別にいらないかなって思ってたけど……こうして洗浄魔法かけられてみると、爽やかな気分になるね。ありがとうルイ>

「どーいたしましてー!くちのなかも、だいじょーぶ?」

<うん。ざらざらしたところはないよ>


テクトの歯は、人のように綺麗な歯並びだった。ウサギ顔の猫目でリスの体だから、てっきり舌はざらざらしてるか、前歯がちょっと長いかと思ってたけど。芸能人もびっくりなくらい、綺麗で真っ白な歯とピンクのなだらかな舌だった。めっちゃくちゃ羨ましいくらい綺麗だったよ……食事中は大きな口と豪快な食べっぷりに目が行ってて、気づかなかったよね。いやほんとギャップ萌えですわぁ。


<さて、もう夜だ。子どもは早く寝なきゃね>

「はーい」


成長にも影響するからね。疲れてるし、いっぱい寝ないと。靴を脱いでテントに入り込む。

日が落ちた後気温が下がって肌寒かったけど、テントの中は風が防がれるからかほんのり暖かい。広げられた寝袋に潜り込むと、すうすうしてた背中がほっこりしてきた。

うん、寝袋って全身布団に包まれてるみたいな感じだから、安心感半端ない。


「テクト、ありがとう。よくねれそうだよ」

<それはよかった。おやすみ>

「うん。おやすみ……」


早く寝ようと目を閉じた。この世界に来て、初めて自分から寝ようとしてちゃんと寝袋に入ってる。寝落ちなかったのは進歩だね。

それにしても今日は色々あったなぁ。ダァヴ姉さんに怒られて、色々教えてもらって、箱庭と懐中時計貰って、聖樹さんと会って、ちゃんとご飯食べて、ダンジョン探索して……オークジェネラルは怖かったなぁ。でっかいダンゴムシはよくわかんない。まだ襲われてないからだろうけど、グランミノタウロスやオークジェネラル程恐怖は感じてない。普通のちっちゃいダンゴムシは可愛くて好ましいやつだと思ってるから、それが原因だと思う。できれば誰かを襲ってる姿を一生見たくないなぁ!一生雑草食べててほしい!!ダンジョン内に雑草増やしてやろうか!!


「…………」


目を開いて寝返りを打つ。テントは入り口を開けたままだから、寝袋の中からでも空は見える。

真っ暗な墨汁の空に、星の光が小さく散らばってる。これはこれで実家を思い出すくらい綺麗だけど……月が出るまでは、すべての星が息を潜めるように光を弱めるんだそうだ。月が出てきたらどれだけ星明りが強くなるんだろう。

暖かい寝袋に包まれてるのに、一瞬背筋がぞわりとした。


「……テクト、ちかくにいる?」

<テントの前にいるよ>

「…………」

<どうしたの?眠れない?>

「ひるねたっぷりしたからかな。ねるきはあるんだけど……」


何だか眠れなくて。

興奮してる訳じゃない。聖樹さんの効果か、お腹いっぱいだからか、寝る準備は出来てる感じがするんだよね。身体はだるいし。

ただなんとなく、寝る気になれない。

ぼけっと空を見上げていると、ふわっと頬に感触が。テクトの体かな。手は作業しやすさのためなのか、体のふわふわ感の割にほとんど毛ないし。


<顔だよ。鈍感だって言われてる僕でも、人の顔にお尻を向けるような失礼

はしないからね>

「あはは、ごめんごめん」

<……昼間の元気はどこに行ったの?ちょっと、声に張りがない>

「そうかな」

<暗闇の時間に怯えているの?大丈夫だよ。外はモンスターが活発化する時間だけど、箱庭に君を害するものは入ってこないから>

「うん。それはわかってるんだけど……」


なんかこう……落ち着かない。そわそわする?


<そわそわ?>

「なんて言ったらいいのかなー。んんー。とにかくおちつかない!」

<ふうん……>

「テクトはねないんだっけ?」

<寝るって動作がわからないからなぁ……聖獣は魔力があれば寝る必要ないし>

「ああー。チートせいのう」


ん、あ。なんか寝れそうになってきた。瞼が重たい。


<本当?>

「うん……あ、そっか。わかった」

<原因が?>

「そう。さみしい、だ……」


この箱庭の生き物は、私と、テクトと、聖樹さんだけだ。虫も、小動物もいない。時々湧水の流れる音が聞こえるくらい。

田舎ならどこからともなく聞こえる小さな虫の動く音、鳴き声。都会なら僅かに聞こえる隣人の生活音、車の音。そういうのが一切ない。

風が吹いた。夜の風はごおっと唸る音がする。それが嵐の前触れに似て、縮こまった。

生き物の音がしない。それが、こんなに寂しいだなんて。


「テクト……テクト」

<なぁに?>

「ごめんね。おねがいだから、わたしがねるまで、おしゃべりしてくれる?」

<いいよ。何を話そうか。神様のうっかり話とか聞く?>

「ふふ、なにそれ。おもしろそうだね」

<そうでしょ……大丈夫。僕はここにいるからね。ルイが寝ても、起きるまで、傍にいるから>


寝袋の中にテクトの手が入ってくる。小さな手をぎゅうっと握った。胸にじんわり広がるあったかさに、涙が滲んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る