羽化
彼が深い眠りについて、幾日かが経った。太陽は昇り、月は沈んだ。彼は自らが編み上げた硬い殻の中で眠っていた。壮大で美しいこの世界に見合うような存在になりたくて、目覚めればきっとそうなれると信じていた。少なくとも、どろどろと眠りに落ちるその
ふと、ふるりと蛹が震えた。暖かな太陽の光が蛹を透かして、黒い影が蠢くのが見える。黒い影はもぞもぞと蛹を揺らし、やがてバリバリと音をたてて硬い蛹を食い破った。黒く大きな瞳に、鋭い顎、薄い羽。それは彼の夢見た姿とは余りにも異なっている。しかし、蛹の中にはそれ以外何もない。
彼はもう、何処にもいなかった。
彼を守るための硬い蛹は彼ではなく、彼に託された何かを守っていたのだ。彼は自分を守るための揺り籠の中で、成すすべもなく何者かの糧となった。
彼の夢は空を飛ぶことだった。アゲハの姐さんのように、美しく気高い蝶になって、このきらびやかな世界を構成する一部として。
その夢が叶うと信じて疑わなかった。
けれども、彼の憧れも彼の夢を保証した者も、夢を見た彼自身も今はもう何処にもいなかった。
彼が初めて自らこの世界に生み出した夢のカケラから這い出た何かは、ゆっくりと羽を伸ばして悠々と飛び立った。
大器は果たして晩成するのか 紅野 小桜 @catsbox
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